友情と恋愛と

~Last Episode?~



「2回目、だよね……」

女の子ってパワフルだよなーと思うことがある。2回目ならまだ良いほうで、オレが覚えているだけで5回告白しに来た子がいる。途中で数えるのもうんざりしてしまったから、たぶんもっと多いはず。

なんで駄目だ、ってわかっているのにまた来るのだろう?

どうしても諦めきれないから?

誰かが、女の心はプラスチックでできていて、男の心はガラスでできている、と言っているのを聞いたことがある。

男は小さな衝撃には強いが、大きな衝撃の際には立ち直れないくらい心が砕け散るのだそうだ。

逆に、女は小さな衝撃で細かい傷がつくが、大きな衝撃の際には粉々に砕け散ることがないのだとか。

まー、あたっているような気も外れているような気もする。その判断がつくほど人生経験は多くないが、何度も自分の前に訪れる彼女達は、心がプラスチックでできているような気がした。

(オレ、宮野に振られていたら、もう一度再チャレンジとか絶対無理……)

 オレの心はガラスだよね、と思いつつ、彼女を見る。

「どうしても駄目?」

「どうしても、駄目なんだけど……」

 彼女は隣のクラスの子だ。宮野と同じクラスの……名前は思い出せない。

でも、宮野とよく一緒にいるのを見かける。

こんな日も宮野は遠くからこの現場を眺めているのだろうか?

さすがに友達だとわかれば見ないのだろうか?

もしまだ学校に残っているようであれば、あとで尋ねてみようと思う。

「斉藤くんって、彼女いないよね?」

 目の前の彼女が迫ってきた、とかではないのに半歩あとずさった。

宮野からはなぜか付き合っていることを口外しないようにと言われていた。理由は、オレがラブレターを貰うのが嬉しいから、とか言っていたがたぶんそれはウソ。本当のところはもっと別にあるとオレはふんでいる。

だから、うっかりオレが宮野と付き合っているって高平以外に言って、蔓延しようものなら宮野は真っ赤になって怒るだろう。それはそれで、きっとかわいいと思う。

だが、自分の欲望のためだけにそんなことをしては、宮野に嫌われる可能性もある。

何より、本当の理由がわからないのにうかつな真似をして、宮野が困る状況になるのでは元も子もない。

「い、いないけど……」

 頭の中でいろいろと考えながら対応したせいか、ぎこちない返答になった。怪しまれたかもしれない……。

「じゃ、なんで駄目なの?」

(今日は随分食い下がるなー、宮野の友達……)

「なんでって、好きでもない子の彼氏になるなんて無理だよ」

「急に好きになってくれなんて言ってないじゃない。これから好きになってくれたらいいから」

(そんなムチャクチャな……)

 これから嫌いになる可能性だって残っているのに。ましてや、すでに“めんどくさい”と思っている子を好きになれる自信もない。

(誰か助けて……)

 オレは心の中で助けを求めた。

もし助けてくれるとしたら宮野しかいないと思うが。

「ごめん、無理なんだ。とにかくごめん」

 オレは、もうその場所にいたくなくて、走って逃げ出した。


 全力で走ってきたせいか、宮野はオレの教室にはいなかった。

自分の机に座って、あがってしまった息を落ち着かせようとする。

にしても、今日は宮野、いなかったのだろうか?

やっぱり友達の現場には居合わせたくないのだろう。

そう思っていたが、遠くの方から宮野の声がした。

誰かと話をしているようだ。

「なんで走って逃げたのかしら。すごく失礼じゃない!!」

 相手は先ほどの宮野の友達らしい。

しかも、どうやら怒っているらしく、「もう、わかったって」と宮野がそれはもうミミタコですと言わんばかりの返答をしている。ずっとあの様子なのだろう。

おや? と思った。ということは、今日もあの現場にいたのか、宮野は。それでは一部始終知っていることになる。

なんだか、宮野がオレと付き合っていることを公言したくない理由がわかった気がした。

原因は、たぶん彼女。宮野の友達だ。

宮野は、友達にオレと付き合っていることを言えずにズルズルきているに違いない。

(それって、ひどくない……)

 オレにも友達にも。言いにくいのはわかるけど。

オレはちょっとムッとした。

理由がそれなら、ちょっと仕返しだ、と思って、オレは教室の扉に手をかけて、廊下に出ようとした。

が、先に扉が開いて焦った。

目の前には宮野が立っている。その横には、先ほどの彼女が。

「斉藤」

 何も言わずに向かい合ったままの状態から、宮野がオレを呼んだ。

「何?」

 うっかりちょっとムッとした声が出てしまった。

その様子を察知したのだろう。宮野が渋い顔をした。

「あ、あのさー」

 上目使いで宮野がオレを見た。そして「気付いちゃったよね?」と呟く。

「たぶん。でもそれってさ……」

 言いかけたオレを、宮野は遮った。

「ごめん。ごめん」

 宮野はオレと友達に頭を下げた。

友達のほうはよくわからないといった感じだ。

宮野は友達のほうを向いて、申し訳なさそうな顔をして口を開いた。

「由佳子、あのね……」

 宮野が俯いて黙った。友達も何か気がついたのだろう。「そういうこと」と言った。

怒りの矛先が、オレから宮野に変わったのは明白だった。

女って恐ろしいと思う。友達は、宮野に言葉の槍を投げ続ける。

「どうして言ってくれなかったの」から始まり、よくそんな被害妄想的なことまで思いつくなーということまで、放課後の人気のない廊下で彼女は一方的に宮野を責め立てた。

いたたまれなくなって、オレはとうとうふたりの間に割って入った。

「もういいんじゃない? 宮野の気持ちだってわからなくもないでしょ?」

 そう言ってから、口をはさむべきではなかったと後悔した。宮野の友達にキッと睨まれる。

「わかるわよ。でも、そんな遠慮されたくない」

「そうだよね」

 オレと宮野の呟きが被った。

結局、それが引き金になったらしく、彼女は怒り心頭のまま帰っていった。

残されたオレと宮野は教室の窓際で外を眺めた。

「駄目でしょ」

 ボソッとオレが言うと、宮野は「ごめん」と俯く。

「私、卑怯だよね。でも、由佳子には自分で言わないとって思ってたの」

 何を言っても言い訳にしかならないけどね、と付け加えて宮野は自嘲する。

「私のこと嫌いになった?」

 不安げに宮野はオレを見上げた。

「なんで?」

 それはちょっとムッとしたけど、別に宮野を嫌う理由にはならない。といえばウソになるかもしれないけど……。

「それも、宮野の優しさでしょ」

 オレがそう言ったことに対して、宮野は口をきつく結んで首を横に振った。

「違うよ。私、逃げてたんだ。由佳子との友情が壊れるのが怖くて」

「わかっているんだったら、それでいいんじゃない?」

 オレは宮野の頭をクシャクシャッと撫でた。

「斉藤?」そう言ってオレを見上げた宮野は、すごく不安げで、すごく脆く見えた。


 それからしばらく、宮野は元気がなかった。あの友達とうまくいってないのも明らかだ。

定期連絡も100%、オレ発信になっていた。かけてもすんなりつながることはなくて、何かをためらっているのがわかった。

宮野のことになると、気持ちが落ち着かないオレは、ある日の電話口でとうとう言ってはならないであろうひと言を口にした。

「じゃ、別れる?」

 付き合っているといっても、電話とメールしかないのだ。別れるも何もあったもんじゃない。言ったときはそう思ったのだ。

でも言ってしまってから、宮野が電話口で何かを思い悩んでいるのを察して、オレはしまったと思った。宮野がそれを受け入れてしまったら、オレはいったいどうするつもりなのだろう、と。てっきりNOと言ってもらえると思っていたが、そうじゃない場合もあるのだ。自分から宮野と距離をとってどうする、オレ……。

宮野のことになると、後先考えない行動に出るのはやっぱり宮野が自分の中でどんどん大きくなっているからで。

そのことを痛感して、オレはため息をついた。

電話口で、宮野がそのため息をどのように理解したのかはわからなかった。

ただ「ごめん」と言って、電話が切れた。

(どういうことだよ!?)

 オレは宮野の言葉の意味がわからなくて、結局その晩はあまり眠れなかった……。


 ある日、校内で宮野とすれ違った。

宮野とすれ違うなんて、付き合い始めて初めてのことかもしれない。

おそらく、宮野は友達にバレないように随分オレのことを避けていたのだと思う。

「宮野」

 結局あの夜から電話に全く出てもらえなくなって、何がどうなってしまったのか、理解できない状態が続いている。

「あ。斉藤……」

 なんで出くわしたのだろう、とでも思ったのか。宮野はオレを見て驚きの表情を浮かべたあと、ため息をついた。

「ごめん」そう言って、彼女はオレの横を足早に過ぎて行く。

「とうとう嫌われたか?」

 うしろから来た高平が、すれ違った宮野の後ろ姿を見ながら、オレに言った。

「どうなんだろう。女心はわからない」

 オレは大きなため息をついて、窓の外を眺めた。


「なんの用ですか?」

 まさか今この状態で3回目の告白、ということはないだろう。

宮野の友達の坂下さんに呼び出された校舎裏。

「聞きたいことがあるの。菜々と別れたの?」

 菜々って誰だ? と思ったが、宮野のことだと思い出し、「どうなんだろう」と曖昧に答えた。

もうオレにはその判断がつかなくて、それ以上の返答のしようがなかった。聞くなら直接宮野に聞いてほしい。

「何よ、それ」

 坂下さんは、かなりムッとしてオレに突っかかった。

迫力があり、オレは半歩あとずさる。

「菜々、元気がないの」

 それはオレも知っている。でも、それはたぶんオレのせいではないと思う。そう思いたい。

「私のせいだと思う?」

「えっ」

 なんでそんなことをオレに聞くのか。究極の選択みたいな質問をオレにしないでほしい。

「それって、オレのせいだってこと?」

 言ってから、オレも究極の選択を彼女にしてしまったことに気がついた。お互い自分のせいではない、と思っているようで。いや、自分のせいとは思いたくないってことか。

オレは大きなため息を漏らした。

聞けば、坂下さんもはじめは気づかなかったものの、宮野に彼氏がいるのではないかとうすうす感づいていたらしい。その相手がオレではないかと最近の宮野の様子を見て思っていたそうだ。

だから、もういいのだと宮野に伝えてみたが、どうも彼女の中で何かがシャットダウンしているらしく、話にならないのだとか。

「で、てっきりオレに振られたんだと……」

 そんなわけないだろう……と、オレは小さくため息をついた。

最近はため息をつくことが多くなった。全部宮野のせいだ。

「オレも今締め出しをくらっているから、わからない」

 校舎に背を預けて、オレは空を眺めた。

「たぶん、オレじゃ無理。オレ、宮野のこと何も知らないもん」

 あの日、最後に電話した夜に、オレが宮野に大打撃を与えたのかもしれない。

――じゃ、別れる?――

あのひと言が、宮野の心を粉々にしたのかもしれない。彼女の心はガラスだったのかもしれないと、どうでもいいことを思った。


 その後、オレはいつぞやの公園に通い、宮野がその前を通るのを待った。

宮野が帰るタイミングがわからず、何日も待ちぼうけをくらった。

電話がつながればそんなことにはならないが、着信拒否されていないだけまだマシで、一向に出てもらえる気配はなかった。

雨の日は、待つのも嫌だった。ずっと立ちっぱなしになるし、何より必要以上に怪しまれる。

ベンチに座ってさりげなく道行く人を眺めているだけなら怪しまれもしないが、雨の日は公園に立ったまま何をするでもなく通りを見つめているだけなので、不審者のように見えるらしい。

雨が続いて3日目のことだった。

宮野が通りを歩いている姿が見えた。

「宮野」声をかけて近づいていくと、オレを確認した宮野は、どういうわけか逃げ出した。

(なんで逃げる!?)

 意味もわからないまま、オレは必死で追いかけた。

足の長さの違いか、それとも単純に信号が赤に変わったせいか、オレは宮野に追いつけた。

「なんで逃げるの?」

 息が上がってうまくしゃべれない。

とにかく逃げられないように、オレは宮野の手をしっかりと握った。

(冷たい……)

 雨で濡れているせいかもしれない。たとえそうであったとしても、オレにはその冷たい手が、今の宮野の心を映しているような気がした。

「坂下さんから話も聞いた。坂下さん、てっきり宮野がオレに振られたんだと思ってたみたいで」

 息が上がっているせいで言葉が続けられず、オレはそこで一旦言葉を切って、息を吸う。

そして「オレ、凄いショックだった」と続けた。

「えっ」

 宮野が驚いてオレを見る。

その驚きが、オレが宮野を振ったと坂下さんが勘違いしたことなのか、それともオレが電話口で言った余計なひと言のせいなのか。たぶん後者だと思ったけど、オレはわからないふりをした。

「宮野はさ、オレとどうしたいの? 坂下さんとどうしたいの?」

 傘で表情は見えないけれど、宮野が明らかに動揺しているのはわかった。

「オレと別れてもいいけど、坂下さんとは駄目でしょ」

 坂下さんに聞いたら、どうやらふたりは幼なじみだそうで。

そんな関係が、こんなことで簡単に崩れてしまっていいわけないし、何より自分で崩そうとする宮野がどうかしている。

しばらくして、かすれた細い声が聞こえた。

「なんで、どっちも優しいの?」

 それが宮野の声だと気がつくまでに時間がかかった。

「なんで、どっちも私のこと罵ったりしないの?」

(そういうわりには、坂下さんはかなり捲くし立ててたけど……)

 オレは苦笑いした。

「宮野」

 オレは、手にしていた傘を閉じて、宮野の傘を奪う。

傘越しに話をしているのでは、何も伝わらないと思った。

「あっ」

 宮野は傘の中にオレが入ってきたことに驚いて一瞬顔を上げたが、すぐにまたアスファルトへ視線を戻す。

「宮野の気持ち、わかるからじゃない」

 俯いたままの宮野に何を言っても通じない気がした。

それでも、彼女のこと大事だって思う。泣いているのは見たくない。ひとりで悩んで苦しんでいるのなんて絶対に嫌だった。

「今の宮野の気持ちが、そのままオレと坂下さんの気持ちだと思うよ」

 小さく肩を震わせて、泣いている宮野。

なんで何も言ってくれないのか。でも、なんで何も言えないのかもわかる。

「でも、オレも坂下さんも、宮野の気持ちわかるよ」

 友情と恋愛、どちらかが自分の手から零れ落ちてしまうのではないかと不安になる。

どちらも手に入れられるだけの器を、まだオレ達は手に入れてないってことだよね?

「だから、もういいんだって。あとは、宮野が自分のこと許してあげたら、元通りだから」

 何もなかったようにはならないかもしれない。ただ、それが良いように転ぶか悪いように転ぶかはこれからのことで、今はそんなこと心配しても仕方ない。

「早く戻って来い」

 オレは、宮野をギュッと抱きしめた。


 その夜。宮野から電話がかかってきた。

久しぶりにかかってきた電話に、オレは躊躇した。はっきり言って怖かった。

別れるとか言われたら、たぶんオレはしばらく浮上できない……。

宮野に振られて落ち込んでいる自分を想像したら、なぜかオレを迷惑そうな顔で見る高平が浮かんだ。

(高平、ごめん!!)

 それでも電話に出たいと思うのだ。迷惑そうな高平に心の中で謝って、オレは通話ボタンを押した。

「どうした?」

 そっけなく言ってしまい、気が利かない自分に、オレはがっかりした。もっと気の利いたセリフがあったはずなのに。

意外にも、宮野は普通だった。この場合の“普通”は、宮野が無理しているってことだろうけど。

「ううん。どうもしないんだけど……」

 さっきのオレの言い方じゃ、何もなかったら電話してきちゃ駄目みたいじゃん。電話口でひとり勝手に肩をガックリ落とした。

「あの、あのね……」

 何か言おうとしている宮野を遮って、オレは「ひどいこと言ってごめん」と謝っていた。

「オレ、別に宮野と別れたいとか思ってないから」

 むしろ、そんなことになったらオレのほうがどうかしてしまう。

「うん。わ、私も、そ、そ、そんなこと、思ってない」

 電話口で宮野が言い淀んだ。

「さ、斉藤のこと、前よりも、ずっとずっと……」

 宮野が大きく深呼吸する音が聞こえた。

「いっぱい好き、だから……」

 「い」があまりに大きくて、一瞬携帯を耳から離したせいもあったかもしれないが、徐々にフェードアウトしていって、本当に大事な部分は逆に聞き逃しそうになった。

耳まで真っ赤にして、携帯電話を握り締めているかわいい宮野を想像すると、自然に笑みがこぼれてしまう。

「オレも、宮野のこといっぱい好き」


天気の良い日は、高平と屋上で昼飯を食べることにしていた。

「いた」

 けれど、そんなこと誰かに言った覚えはない。だから、この時間、聞こえてくるはずのない声がして、オレと高平は一瞬顔を見合わせた。

声のしたほうを見たら、女子が2人歩いてくるのが見えた。

「宮野……、と、坂下さん……」

(坂下さんは、どうも苦手なんだけど……)

宮野の隣にいる坂下さんを見て、オレはちょっと苦い顔をした。

宮野はオレの隣に座ると、「一緒に食べる」と言って弁当をバックから取り出した。

坂下さんもその隣に座り、同じように弁当を広げ始める。

隣の高平を見れば、安息を邪魔されたような顔をオレに向けている。

「え、何、オレのせい?」

 楽しそうに弁当を食べ始めた彼女達とめんどくさそうに横になった高平を交互に見ながらオレは苦笑した。


 友情も恋愛も手に入れた宮野とは裏腹に、オレには友情と恋愛の両立は難しいような気がした。

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ラブレター わがまま娘 @wagamamamusume

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