キモチ

「斉藤ってさ」

 学校を背にして、思い出したかのように、高平はオレの名を呼んだ。

「宮野と一緒に帰らねーの?」

 多分、高平にしてみたら何気ない一言だったのかもしれないが、オレにはそれが痛く、そして深く、心に突き刺さった。

そうだ、オレは付き合い始めて3ヶ月、宮野と一緒に帰ったためしが、ない。

別に一緒に帰るのはやめようとか、付き合っていることを隠そうとか、そんなつもりは毛頭ないし、そんな口裏合わせもしたことも、ない。

でも、宮野とは一緒に帰ったことがない。

そうでなくても、宮野とはクラスが違うから、普通に学校にいても接点が殆どない。

あるとしたら、オレが誰かにラブレター貰ったときぐらいか……。

何でそんなタイミングはわかるのに、オレが帰るタイミングはわからないのかと思ってしまう。

多分、ばったり玄関で会えば、そのまま普通に話しながら帰ると思うが、ばったり玄関で出会ったためしもない。

(実はオレ、避けられてるんじゃ……)

それが、オレの最近の悩みだったりする。


 高平に言うこともないのだろうが、先程の言葉は心に痛く刺さって、未だその痛みから解放もされないので、ちょっと愚痴をこぼしてしまう。

「本当は、宮野、オレのことすっげー嫌いなのかもしれない……」

 多分、すげー嫌いってことはないと思う。ただ、とりあえず悲劇ぶって高平に言ってみた。

高平の方は、とても冷静だった。

「『すげー嫌い』なら、お前と付き合うなんて言わないだろ」

 高平が細い目で、オレを見る。

「確かに。でもさ、やっぱりこの3ヶ月で嫌いになったのかもしれないでしょ」

 言ってから、なんだか寂しくなって、オレは空を見上げた。

別に今日は澄み切った青空と言うわけでもなく

だからと言って曇っていると言うわけでもなく

それでも、今日は晴れていた。

「接点がないから、自然消滅型か」

 高平は、いたって冷静だった。

「そうだね」と言って、オレは視線を足元のアスファルトに落とす。

 このいたって冷静な友人には、何を言っても駄目なような気がした。

たまに、こいつは人造人間なのではないかと思うほど、冷徹で冷静且つ的確であった。

(オレの周りって、変なヤツばっかり……)

そう思うと、類友で多分オレも変なヤツの部類に入るんじゃないかと思い、大きな溜息が出た。


「メールも電話もしているんだろ?」

 暫くして、高平が言った。

「まーね」

 連絡をまったくしていないわけではないので、そこは肯定しておく。

ただ付け加えるならと思って、ボソッと付け加えた。「オレからね」と。

「はぁ?」

 ボソッとの方も聞き取って、高平が顔を歪める。

宮野から連絡があったことがない、といえば当然ウソになる。

ただ、定期連絡はその90%近くがオレ発信だ。

「やっぱり、宮野、お前のこと好きじゃないんじゃない?」

 高平は、やっぱり冷静に冷酷に、オレの心に槍を突き立てたのだった。


 それから何日か過ぎたある日の放課後。

(あれ?)

高平と宮野が図書室の窓際で話をしているのを偶然見つけた。

宮野がめんどくさそうに立て肘ついて、そっぽ向いて話を聞いている。

高平が、暖簾に腕押しなのはよくあることだが、その高平が、宮野相手に暖簾に腕押し状態なのだろう。イライラしている。

どんな話をしているのか気になって、オレは二人と一番近い本棚の影から様子を伺うことにした。

直接聞いてもよかったんだけど、オレはなんとなく隠れて聞き耳を立てたかった。

(宮野が告白現場で隠れているのは、きっとこんな気分なんだな)

なんて、どうでもいいことを思ったりして。

「だから、どうしてなんだって聞いてんだよ」

 イライラした高平の声。

「そんなこと、高平に言う必要ないでしょ」

 めんどくさいが声ににじみ出ている宮野。

暫く2人の間に沈黙が流れた。

そして、高平が「確かに」と息を吐くように呟く。

途中から聞いているせいか、結局2人は何の話をしているのか、全然わからない。

「たださ、お前のこと本気なんだって」

 高平の熱く熱のこもった声。

(え……?)

これは、なんか聞いてはいけない現場に遭遇したのではないかと、オレはドキドキした。

まさか、高平も宮野のことが好きだったなんて……!!

「わかった。わかったよ。って言うか、高平からそんな事言われなくても知ってますぅ」

 ちょっと顔を赤くして、唇を尖らして、視線は窓の外に向けて、宮野はふて腐れたように言い放った。

「じゃ、宮野は斉藤に言ったことあるのかよ、好きだって」

 高平から急に自分の名前が出てきて、オレはビックリした。

(オレの話してたんですか……)

それなら、何だかホッとできる部分もあるが、そうでない部分もある。

「宮野は、結構前から斉藤のこと好きだったんでしょ」

 涼しい声で言った高平の言葉に、オレも宮野も同時に「なっ!!」って声にならない言葉を発した。

声を出してから、オレはヤバイと思って口を手でふさいでみた。

もう出てしまった声は隠しようがないのにもかかわらず……。

何とか、2人にはオレの声は聞こえなかったようだ。

「な、な、何、何、何、言ってんの……」

 明らかに宮野が動揺してた。

してやったりと、高平はニヤリと笑う。

「だから、たまには言ってやってよ。付き合ってんでしょ? だったらおかしくないわけだし」

 一呼吸おいて、オレのいる本棚の方を見ながら高平は続けた。

「日に日に思い悩む斉藤は、見てるこっちも痛いからね」

そして、「じゃ」と宮野に言って、高平はその場から去って行った。


 宮野が以前からオレのこと好きだったかもしれない事実は気になる。

しかしそれ以上に、今一番オレが気になっているのは、ここにいることが高平にバレていたかもしれない、ということだった。


 その日の夜。

オレがいつもと同じく宮野に電話をしようとしたが、どうも彼女は話中で繋がらない。

時間をあけて、何度かけても話中だった。

やっぱり、オレがあそこにいたことは宮野にもわかっていて、今日は声も聞きたくない状況なのかも知れない。

そう思い、今日はもう電話しない、と決めてオレはベッドに身を投げた。


 それから、何日も何故か彼女はずっと電話中で……。

とうとう、本格的に嫌われたのかと思ったある日。

玄関で、バッタリ宮野に会った。

同じ学校にいて、クラスも隣なのに、何日かぶりに宮野に会った。

「斉藤」

 宮野はオレの名を呼んで、それから視線を足元に落として、口を結んだ。

黙り込んだかと思ったら、「じゃ」と言ってオレの前を離れていく。

「ちょ、ちょっと待って!!」

 オレは慌てて下足に履き替えて、足早に校門へ向かう宮野を追いかけた。

宮野が早足なら、オレは駆け足だ。

当然オレの方が速い。宮野には直ぐに追いついた。

「ちょっと待ってって」

 オレは宮野と同じ速さで歩いた。

彼女の早足は、オレにとっては意外と普通だった。

そんなこと、今まで知りもしなかった。

いつも普通に横を歩いているように見えたけど、宮野は必死だったのかもしれない。

そんなことも気が付かなかったなんて。

悔しくて、悲しくて、寂しくて、ついオレの口から言葉が漏れた。「ごめん」って。

「えっ」

 宮野はビックリして立ち止まり、オレを見た。

「何で謝るの? 何も悪いことなんてしてないでしょ、斉藤は」

 ビックリしているせいか、宮野の声はいつもより大きい。

その声に、生徒が振り返って、通り過ぎていく。

その視線に気がついて「ごめん」と、宮野は赤くなって俯いた。

「いいよ。確かに宮野の言う通りかも。」

 隣で俯いて歩く宮野は、いつもより歩くのが遅かった。

これが彼女の普段の速さなのかもしれない。

(そんなことも知らなかったなんて……)

オレ、宮野のこと何も知らないんだな、って思った。

知っているのは、何故かラブレターの気配を察知することぐらいかもしれない。


 それからオレたちはずっと無言だった。

公園の傍を通りかかって、寄って行くことにした。

2人で並んで公園のベンチに座った。

そして、また無言。

言いたいことは、たくさんあるような気がしたけど、何もない気もした。

ただ、同じ空間にいるだけで、何だか満足だった。

オレは幸せいっぱいだった。だから、隣に座る宮野を見て「え?」と思う。

(何だか、不機嫌そうですが……?)

オレには理由がわからない。

オレだけが満足そうにしていたのが、気に入らなかったのだろうか?

「ねえ、斉藤」

 宮野はブラブラさせている足を見つめながら言った。

「最近、ずっと電話中だよね……」

 何だかちょっと寂しそうな宮野の声。

だが、オレの心の中は驚きと疑問が入り混じる。

「ちょ、ちょっと待って」

 何を待つのかわからないが、オレはそう言った。

宮野が言っている意味がよくわからなくて、オレは暫く考えた。

(『電話中だよね』ってことは、宮野がオレに電話してくれていたってこと?)

(でも、『最近ずっと電話中』なのは、宮野の方で……)

でも宮野はオレに電話してくれていて、でも宮野は電話中で……と、オレの頭の中で何度も何度も同じフレーズが行きかって「もしや?」と思う回答に出会った。

「あ、あのさ、宮野……」

 オレはおずおずと宮野に声をかけた。

「最近ずっとオレに電話してた?」

「そうだよ」

 チラッとオレを見る。

「オレも宮野に電話してた」

「うそ~ぉ」っと、宮野は怪訝な顔をした。

 もしかしたら、オレとは違い瞬間的にその意味を理解したのかもしれない。

宮野は、信じられない、といった顔をしてオレを見て、再び俯いて、「あり得ない、あり得ない。そんな何日も……」と呟いた。

「息、ぴったりだね、オレたち」

 オレは笑ってそう言った。

「えぇ、ホントに~ぃ」

 まだ信じられないといった感じで、宮野はオレを見た。

「てっきり、もう別の彼女ができたのかと思った……」

「そんなわけないじゃん」

 オレは苦笑いを浮かべて、宮野の頭をなでた。

宮野の瞳から涙が溢れそうな気配がした。

「電話つながんないし」と、ボソッと呟いて俯く。

零れたかもしれない……。

そう思ったら、急に宮野が急に愛おしく思えて、オレは俯いたままの宮野の肩をギュッと引き寄せて、呟いた。

「オレも、宮野に嫌われたかと思った」

「そんなわけないじゃん!!」

 宮野は顔を上げて、オレを真っ直ぐ見た。

「あり得ない、絶対ありえない!!」と宮野は大きくかぶりを振る。

「だって、斉藤は私の自慢の……」

 しばらくの空白の時間があって「彼氏だし……」と、宮野は小さな声で付け加えた。

俯いて耳まで真っ赤にして。

(今、何て言った?)

聞き逃したわけではないのに、オレの頭は一瞬その言葉の意味が理解できなくて、思考が止まる。そして、ジワジワと嬉しい気持ちが沸いてきた。

「オレ、宮野の自慢の彼氏?」

 宮野はオレを見上げる。

オレは、ニコッと笑って、「どうなの?」って宮野に無言で問いかける。

キョトンとして、それから宮野はオレとくっついている方の手を、オレの背中にまわした。

さっきよりも、ずっと2人の接地面積が大きくなって

さっきよりも、ずっと宮野の体温が伝わってきて

オレはドキドキした。

「そうだよ」

 満面の笑みで頷いて、宮野はオレの耳元で「大好き」って、ささやいた。

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