がさがさと鞄から袋を取り出して、メイコはそれを机の上に置いた。その中からメイコが取り出したのはオレオの袋。メイコがそれを開けてかじり始める。
「食べる?」とメイコは袋ごとあたしに差し出してくれた。
「じゃあ一枚だけ」手に取って口に放り込む。歯ごたえのある少し苦めのクッキーの香りが鼻に通り抜ける。合間にあるミルクが苦味をおいしくひきたててくれる。
「メイコ、オレオ好きだよね」
メイコはオレオを次から次へと口に放り込んでいる。二、三枚一気に頬張ることもあった。
「夏にさ、アイスでチョコクッキー乗ってるやつあるじゃん? あれもいいんだよね」
あたしはふうんと言って目の前のノートに視線を落とした。真っ白である。
「メイコ、せっかく来たんだから勉強、しようよ」
あたしはメイコの袖を引っ張る。
「ん、ああ、そうだね」
ティッシュを取ってそれでメイコは指を拭いた。
試験前になると、いつもメイコはあたしのうちにきて勉強をする。あたしに教えてもらうのが一番分かりやすいのだとか。あたしが教えるのが上手いのかどうかは分からないけれど、あたしはそれがちょっぴり嬉しかった。けど。
「アユミはオレオ食べないの?」
「うん、ありがとう、今はお腹すいてないからいいや」
あたしはオレオがあまり食べられない。美味しいと思うんだけど、けっこう好きなんだけど。いつもオレオはメイコからもらって食べる。でも食べたらなぜか胸が痛くなっちゃうんだ。
初めて食べたオレオはメイコがくれたものだった。食べたらなぜかちょっぴり胸が痛かった。メイコがせっかく持ってきてくれるのに、食べられないのがちょっと悲しかった。
「さ、始めよう」
ノートにシャープペンシルを立てる。真っ白な紙面に文字が書かれていく。オレオはあまり食べられないけれど、こうしてメイコと一緒に勉強できる時間が、あたしは好きだ。だから今日はもう一枚、オレオを食べてみようかな。
やっぱり、ちょっと苦い。それにきっとまたあとで、胸が痛くなるんだ。でも、たぶん、それがいいんだ。
沈黙は雄弁に語ると言うが、本作ほどそれを体現した作品は他にはないだろう。日本の俳句も良い線をついているが、本作ほどではない。タイトルから本文までを含めても9文字だ。しかも、それらがすべてシンメトリックに配置されている。これを上回れるものは『4分33秒』しかあるまい。ただし、あれは静かすぎる。
が、驚くのは本作が持つ非存在の存在性ではない。そうではなく、本作のジャンルがSFとなっている点だ。
サイエンス・フィクション。
つまり、本作のオレオはオレオであって、オレオではない。少なくとも私たちの地球上にあるオレオではない。それは特異な力を持ったオレオである。黒々とそびえ立つモノリスがイメージできるだろうか。本作のオレオはそれに匹敵する存在なのだ。万物を生み出し、あらゆるコミュニケーションの根源となり、すべてを吸い込む力を持つオレオ。その力は、畏怖の念と共に読者の脳裏にありありと刻まれるだろう。
しかしオレオは去ってしまった。その力を求める別のβ宇宙線に導かれ旅立っていった。それが宇宙の摂理であり、私たちのルールでもある。私たちは私たちだけで生きていくしかない。オレオがないこの宇宙で。
きっとオレオの旅立ちを見送る私たちは、呆然と立ち尽くすことだろう。この小説を読み終えた私たちと同じように。