世界最強の宅配便

うろこ雲

世界最強の宅配便

「げほげほっ……はぁはぁ……はぁはぁ」


 地平線まで見渡すことの出来るどこまでも続くかのような、ゴツゴツした広い荒野。


 息も絶え絶えに勇者は手に持った聖剣を地面に突き立て、それでなんとか体を支えながら、目の前に広がる地獄絵図を睨みつけた。


 勇者の周囲には既に息絶え、ぐちゃぐちゃになった魔物の山がうず高く積み上がり、大量の血と肉の焼ける強烈な臭気が辺りに漂っている。

 そしてその山の向こうにはどこまでも広がる地平線……ではなく、地平線を覆い隠す黒い異形の塊が蠢きながらゆっくりとこちらに迫ってくる。

 仲間と共にもう3万体は倒した筈だが、奥から次々と湧き出てくる魑魅魍魎ちみもうりょうの群れは少なく見積もってもまだ2万体以上はいるようで、広い荒野を埋め尽くし、こちらに向かってくる。

 一緒に戦っていた仲間達は魔物との戦いで重傷を負ったり、魔力切れになったりして、息も絶え絶えに勇者の後ろで倒れている。

 幸い誰も死んではいないものの、それは時間の問題かもしれなかった。

 今この場においてまともに戦えるのは勇者唯1人だけ。だが、戦闘で負った決して浅くない傷と、大量の魔物を相手に長時間戦い続けたことで体力は底を尽きかけている。

 神の加護を受け、超人的な体力と戦闘力を持つ勇者だが、流石にもう2万体の怪物を相手にする程の力は残っていない。


 状況は絶望的だった。


 当然、怪物共はそんな事情を察してくれるはずもなく、本能の赴くまま新鮮な血肉を求めて勇者達のいる方へ、つまり王都のある方角へと向かって歩を進めている。


「「「グルルァァァァァァァアアアアアア!!」」」

「「「GYYYYAAAAAAAAAAAA!!!!!!」」」


 新たに死屍累々たる仲間の山を掻き分け、30体程の魔物が勇者達を目掛けて飛びかかってくる。


「うぉぉぉおおおおおおお!!!!!」


 勇者は裂帛の気合と共に聖剣を振り抜き、迫り来る凶刃を全て物言わぬ肉塊へと変えた。

 だが休んでいる暇などない。

 より数を増した新たな魔物が血と肉の山を越えて次から次へと襲いかかってくる。


「はあはあ……ここは…はあ…何があっても通すわけには行かないんだよ!!」


 勇者は今にも飛びそうな意識を、その強靭な精神力と気合でなんとか奮い立たせ、手に持った聖剣の柄を握り直し、迫り来る魔物の群れを迎え撃った。


「うらぁあああああああああ!!!!!」










 数時間後。


「ッッ……はぁはぁ……ぜぇぜぇ」


 あれから襲ってくる無数の魔物を切り伏せ、その度に返り血を浴び、血でベトベトになって重くなったローブを脱ぎ捨て、なおも湧き続ける怪物達を叩き伏せた。

 千から先は数えていない。

 おそらく数千、いや一万を超える魔物を殺した筈だが、向かってくる魔物の群れは一向に数が減らない。


 勇者はまだなんとか立ち続けていた。

 片目は潰れ、食いしばった歯は砕け、喉が潰れている。利き腕の左は肩から下があらぬ方向へと折れ曲がりひしゃげ、力なく肩からぶら下がってもはや使い物にならない。膝はガクガク震えて立っているのがやっとである。


 もはや彼は一歩も動ける状態ではなかった。


 神経は痛みを感じなくなり、圧倒的な倦怠感が全身を包み込む。

 少しでも足を動かせば途端に倒れてしまいそうなほど、気力と体力は限界に近かった。


 次なる新手が山を越えてやってくる。それを視界に捉えた勇者は、まだ使える右腕一本で殺傷圏内に足を踏み入れた魔物を斬り捨てていく。

 その姿にもはや知性の欠片はない。

 わずかに残った気力を振り絞って、近づいてくる魔物を機械のように条件反射で斬っているだけだ。


 だがついにそれにも限界が訪れた。


 ドサッという音と共に、勇者は固い地面に倒れ込んだ。

 限界を超過した体は呼吸もままならず、指一本動かせなくなっていた。

 もう最後の特攻をかける気力すら残っていない。


 だが無情にも視界の端に一際大きな魔物がこちらへやってくるのが見えた。


「ちく…しょう……こ、ここ…まで……か」


 一歩一歩、着実に近づいてくる死の足跡に、もうどうすることも出来ない。


 魔物の巨大な影が倒れ伏す自分の目の前で止まり、その巨大な腕をゆっくり振り上げた。

 その質量と魔物の怪力が合わさって振り下ろされれば、いくら勇者といえどその体は容易く肉塊へと変わってしまうだろう。欠片も残さず散ってしまうかもしれない。

 巨大な腕が迫り、それを力なく見つめる勇者は自分の死を確信した。


 死神の鎌がその身に触れる数瞬の間に勇者はこれまでの人生を幻視した。


 幼少期に家族とよく旅行に行ったこと

 悪ガキだった小学校時代

 初恋をした中学時代

 高校に入って初めて出来た彼女

 突然、恋人と一緒にこの世界に召喚されたこと

 勇者となるためにしてきた血の滲むような修行

 くぐり抜けた数々の冒険

 強い絆で結ばれた仲間達との思い出

 王都に迫る魔の大群の知らせ

 大勢の民に見送られる自分と仲間達

 そこから伝わってくる不安と希望

 そして地獄の戦場


 ああこれが走馬灯か、とどこか冷静な自分がいて。

 だけど、同時に悔しさと不甲斐なさが溢れ出してきた。

 俺が殺されれば、次は後ろの仲間の番だろう。

 そしてその中にいる恋人も殺されてしまうのだろう。

 王都にいる人々にも魔物は襲いかかるはずだ。


 絶対守ると、全てを守りきってみせると誓った昨日の自分。


 だけど守れない。


 もう愛する人も大切な仲間も恐怖で怯える力なき王都の住民も守れない。


 誓いを果たせない。


 死の間際で、彼は恐怖を感じていなかった。ただ後悔と懺悔を口にした。


「王都の人達、後ろの皆、紗夜……守れなくてごめんな。本当にごめん」


 そして巨大な腕が容赦無く勇者へと振り下ろされた。








 ドガァァァァァァァァアアアアン!!!!!


「GYYYYAAAAAAAAAAAA!!!!!!」


 聞こえた魔物の断末魔。


「な……なんだ?」


 勇者は生きていた。


 むせ返るような血の匂いも、鼻を覆うような魔物の焼ける臭いも感じることができる。

 数瞬前に迫ってきた魔物の巨大な影が今は見えない。

 体が思うように動かないので今の状況が分からないが、ひとまず自分はなんとか命の糸を切らさずに保っているらしい。


「ふうう〜着いたぁ〜。あっやばい、今なんかにぶつかっちゃいましたが大丈夫ですかね〜?」


 阿鼻叫喚の戦場に似つかわしくない、そんな間の抜けたつぶやきが前から聞こえてきた。


「ん〜?あの剣は……間違いないですね。よかった〜。無事仕事を完遂することができそうですね」


 スタスタと何者かの足音がこちらへと近づいてきた。


「だ…誰か……いるの…か?」


 その問いかけに答える様にフッと勇者の前に影が差した。



「もしも〜し?気持ち良くお休み中に誠に失礼ですが、勇者のダイドウジムツル様でお間違いないでしょうか?」

「あっああ……そうだ」


 うつ伏せに倒れている勇者からは相手の姿は見えないが、声の高さからどうやら若い男のようだった。


「良かった〜。いや〜聞いてくださいよ〜ここまで来るのに本当大変で。なんか隣の国は国全体で夜逃げの準備してるから交通手段死んでるし情報くれるギルドは人っ子一人いないしゴーストタウンかと思いましたわ。おまけにここまでくる時うねうねした動物が道を塞いでるし……」

「あ、あんたは……助けに……来てくれたのか?」


 なんだか知らないが死にかけた自分を助けてくれた目の前の人物は救世主に違いないと思った。


「助け?いやいや違いますよ?私はただのしがない宅配員です」

「たくはいいん?」


 およそ戦場に似つかわしくない相手の職業に思わず問い返す。


「はい!天界から地の底までいつでもどこでも配達!毎度お馴染み『へのへの配達』です!ダイドウジムツル様、あなたに宅配便が届けられていますよ?」

「へのへの…配達?…たくはいびん……?」


 毎度おなじみとか言っているが、『へのへの配達』なんて名は聞いたことがなかった。


「はい!匿名の方から回復ポーション各種30本、殲滅用魔導具4点が届いています。よろしければこちらへとサインをお願いします」

「いや…魔物が……きてる…から……ここから……にげろ…」


 ここは危ない。今は何故か魔物が来ていないが、最前線のここはいつあれらが襲いかかってくるか分からない。

 そう必死に伝えようとしたが、喉が潰れた状態では声を出すこともままならない。


「えっ魔物?ここに来る途中にいたうねうねした色んな種類の動物達の事ですか?それなら今向こうで止まってますけど」

「どういう……ことだ?」

「ほら後ろの……っていうか今寝ているから見えないですね」

「ねてない…倒れてうごけない…だけだ。よければ……起こしてもらえるか?」

「え?いいですよ」


 男は勇者の後ろにいくと、脇の下から手を回してゆっくり持ち上げた。


「んぅうう!?」


 優しく持ち上げられたのにも関わらず、全身ボロボロで当然何十箇所も骨折しているのせいで全身に激痛が走る。


「あっ大丈夫ですか?なるだけゆっくり起こしたつもりなんですけど」

「はあ……大丈夫だ。ありがとう」


 礼を言いつつ男の方を見ると、そこにいたのは十代後半くらいの若い青年だった。

短く切った黒髪に中性的な顔立ち。背は165センチくらいの細身でこの世界の男としては低めだ。服装はグレーの作業着で胸元に光るプレートに『ペリエル』とあるが、多分この青年の名前なのだろう。炭酸水みたいな名前だ。

 顔には人懐っこい笑みを浮かべてにこにこしている。

 なんというか普通の、どこにでもいそうな人物で、とても魔の大群を抜けてきたとは思えないくらい緊張感のない顔と雰囲気である。


「なんというか、普通だな」

「あ〜、そうなんですよね〜。昔から学校では生徒Bみたいな扱いでしたし。僕はそんなに特徴ないんですかね〜」


 あはは…とペリエルは乾いた笑みをこぼした。


「す、すまない。仮にも命の恩人に不躾な態度をとってしまった。本当に申し訳ない」

「いえいえ。それより体力は大分回復したみたいですね〜。魔力はからきしみたいですが」


 言われた通り、勇者の特性のおかげで大分体力が回復しつつあった。

 怪我も軽い程度の切り傷や擦り傷や打撲・捻挫なども治りつつあった。

 ただ、さすがにひしゃげた左腕や潰れた片目まで再生することはなくそのままだ。依然、重症である。


「というかよく見たら血だらけじゃないですか〜。結構な怪我もしているみたいですし」

「あ、ああ。それより、配達員だったか。疑問は尽きないが、俺に用事なんだな?」

「はいはいそうなんですよ〜。匿名の方から回復ポーション各種30本、殲滅用魔導具4点が届いていますね〜。サインをお願いできます?」


 まるで誂えたかのようなタイミングと内容の届け物だったが、疑ったり詮索したりしている余裕なんてなかった。例え思惑通りであろうが今は有難く受け取るべきだろう。


「わかった。左利きなんだが今は使えないんで、右で書くけど変な字になったらごめんな」

「大丈夫ですよ〜。あ〜はい、オッケーです。では配達物後ろに置いてあるんでちょっと待ってくださいね」


 そう言って後ろを振り返ったペリエルの目に飛び込んできたのは、配達物を入れた箱を今まさにぱくんと飲み込み終えた魔獣、トップクラスの危険度を誇る災害指定級『首長竜』の姿だった。


「……そりゃないっすよ」


 ドパンッ


 小さく呟いたペリエルの体が一瞬ブレたかと思えば、魔獣の首から上が破裂した。

 弾け飛んだ魔獣の血肉の中から、血まみれの箱が現れて重力に従って落ちてくる。

 それを音もなく片手でキャッチしたペリエルは、ふうとため息をついてこちらに戻ってくる。


「いや〜余所見はいけないっすねぇ〜。危うく大事なお届け物を台無しにしてしまう所でした。まあこの箱は店長曰くインフェル火山の火口にぶち込んでも焦げ一つつかない優れものだそうですが、動物の胃酸にやられないとも限りませんし。そもそも中身のポーションの瓶が割れたら元も子もないですしね〜。あっ無駄話すいません。どうも私は話が長い質でして。いっつも店長に怒られるんですよ〜。この間なんか……」

「…………」


 [勇者]大道寺だいどうじ無弦むつるは驚愕のあまりなにも聞いていなかった。

 戦場だというのに目の前の青年に緊張感の欠片もないという異常性なんて気にならない。

 異常なのは青年自身だ。彼は恐ろしく強い。それも万全の状態の自分の仲間が10人ずついても勝てないレベルの。

 この青年、ペリエルがここに来た時から何故かひっきりなしだった魔物達の襲撃が止まった。

 そしてよくよく青年を見れば、ヘラヘラしているように見えてその体幹に1ミリのブレもなく、体内には強大な魔力が恐ろしいほどの練度で練り上げられている。それを野生の勘で敏感に感じ取ったから、魔物達は近づいてこなかったのだ。

 そして極めつけが災害指定級『首長竜』の襲撃である。『首長竜』は単体でも強く、騎士団の精鋭一個大隊が死ぬ気で戦ってやっと倒せるレベルだ。だが、かの魔物の恐ろしさはそこにはない。

 『首長竜』は基本大人しく、あちらから襲いかかってくることは滅多に無いが、自分よりも強い生物がいる時は別である。

 彼らは自分よりも強い生物に惹かれ、そしてその生物に容赦無く襲い掛かる。

 普通は『首長竜』が負けて終わるが、ごく偶に異常な成長を見せる個体があり、自分より強いその生物を倒すことがある。そうして一部の『首長竜』はどんどん強くなってゆくのだ。

 そんな『首長竜』の中でも今の個体は頂点に近い強さを持っていたはずだ。前に一度最強と言われる『首長竜』を見たことがあるから間違いない。 

 『首長竜』の中でも強い個体が襲ってきたこと、それをペリエルは一撃で屠ったこと。これらを合わせれば、どう考えても一介の配達員ではないことが分かる。


「………とまあ、そんな感じでここに来たわけなんですよ〜。あ〜長話すいませんね。宅配物渡すんで受け取ってください。あれ?もしも〜し」

「……っあ、ああ。すまない。少し考え事をしていた。その……配達員に頼むのはとても申し訳ないのだが、ポーションを後ろの仲間に与えるのを手伝ってもらえないか?少し回復したとはいえ、俺は思うように動けないんだ。今は止まっている魔物達もいつ動き出すかわからないし……」

「もちろんいいっすよ!それくらいお安い御用です」

「………」

「あれ?僕、なんか変なこと言いました?」

「い、いや。配達員の仕事を越えた厚かましいお願いだと思っていたからな。断られることも覚悟していた」


 無弦は異常なまでに強いペリエルがそんな事を引き受けてくれるとは思わなかった、とは言えなかった。


「困った時は助け合いですよ!あ、これ母さんの受け売りなんですがね。まあ、後ろの動物がこっちくるのは煩そうですし、ちゃっちゃとやりましょう」


 無弦はペリエルを産んだ母親ということにすごく興味を惹かれたが、仲間達を助けることが先決だと思い出し、ペリエルとともに仲間達の元へと急いだ。





 恋人の紗夜を含め、仲間達は重症を負ってはいたものの、幸い致命傷には至らなかったようで全員無事だった。

 ペリエルとともに仲間達にポーションを飲ませてゆく。ポーションは最高品質のもので、彼らの傷を一瞬で癒した。

 最後に無弦も自分の分を飲み、無事全員回復することができた。

 皆口々に無弦に全てを背負わせたことへの謝罪をしてきたが、無弦は仲間達が無事だったことに喜ぶだけで、彼らを困惑させた。

 特に意識があった仲間は無弦の瀕死の死闘を見ていたようで、罪悪感が強い。


「気にすんなよ。結果皆無事だったんだしさ」

「でも……」

「俺は皆が無事だっただけでいいんだ。過程はどうであれ、今現在、皆五体満足で体力も魔力も回復しているだろう?それでいいじゃないか。感謝なら横のペリエルに言ってくれ」


 そう言って無弦は皆にペリエルを紹介し、気絶していた仲間にはここまでの経緯を話す。

 皆ペリエルの強さ、殊更魔術師のリーエルなんかはその魔力の量と練度に恐怖さえ抱いているようだったが、彼が命の恩人であることに変わりはなく、ペリエルの気の抜けた態度もあってかすぐに打ち解けた。

 それを見やり、無弦は今だ気絶している紗夜さやのそばに行った。

 間も無く紗夜が目覚めた。

 さらさらと輝きを失わない銀髪が風に揺れ、群青色の大きな瞳がゆっくりと開いていく。


「っっ紗夜!!」

「ん……あれ?無弦…?」

「紗夜!!よかった!無事だった!」

「…天国?」

「違う!天国じゃない!皆無事なんだよ!!……まだ魔物は残っているが、仲間達はみんな回復した。もうすぐ皆起きるぞ」

「…そっか。了解」

「あんまり深刻そうじゃないな」

「…まあ、無弦が大丈夫そうだし」

「そうか……」

「…でも大変だったんだね…ごめんね?」

「は?」

「…怪我してた…顔疲れてる」


 蒼い目に見つめられ、無弦は彼女に何もかもを見抜かれていることを悟った。

 紗夜は口数少なく表情もあまり変わらないが、昔から恐ろしく鋭いからだ。


「紗夜には全部お見通しなんだな」

「…ん。無弦のことならなんでも」

「はは……かなわん」


「あの〜お取り込み中に申し訳ないのですが、動物達がわんさかこっちに来てますよ?」


 その間の抜けた言葉にハッと二人の世界から戻ってきた無弦と紗夜。少々気まずかった。

 だが二人はすぐに思考を切り替えると、周りを素早く確認する。

 ペリエルのおかげで止まっていた魔物の群れがまた再びゆっくりとこちらに向かって来ている。

 無弦は地面に落ちた聖剣を拾い、紗夜は腰のレイピアを抜き放った。

 仲間達も壊れた武器の代わりにペリエルが届けにきてくれた殲滅用の魔導具を手にする。

 殲滅用魔導具は棍、杖、ナイフ、槍の形の四つがあり、これも誂えたかのように各人の得意とする武器と同じで数もぴったりだった。

 だが疑問は後だ。この戦いが終わった後にでもゆっくり調べればいい。

 無弦は横でぼ〜っとしているペリエルに向かってお礼を言った。


「ペリエルさんありがとう。宅配物は本当に助かった。これからは俺達の仕事だからもう帰っていい」

「いえいえ仕事なんで。まあお届けも終わりましたしサインももらったんで僕は帰りますね。あ!さん付けとかむず痒いんでふつーに呼び捨てでお願いします」

「分かった。ペリエルなら大丈夫だと思うが、一応気をつけて。あと隣のリカード公国に入ったら、リオルという男を探すといい。青い髪に赤いバンダナの派手な男だ。あいつなら馬車とかを用意してくれると思う。俺の名前……『無弦がよろしくと言っていた』とでも言えばタダでやってくれるはずだ。勤務外労働……さっき手伝ってくれたことへのお礼とでも思ってくれ」

「なんか悪いっすね。でもまあ、ありがたく受け取っておきます。まで遠いんでさすがに帰りも歩くのは辛いっすから。ではまた何かあれば。『へのへの宅配便』をどうぞよろしく」


 そう言い残して。ペリエルは超速で走って帰って行った。途中で正面の魔物の大群を爆散させながら。


「…なんだったのあれ」

「ただの宅配員だそうだ」

「…意味不明」

「紗夜に分からないなら、俺には絶対分からないよ」


 残りの魔物は約1万。強力な個体ばかりが残っていて大変だがやれないことはない。

 何せ仲間全員体力気力魔力が万全。心強い武器も手に入った。

 俺達は謎の宅配員の青年へ感謝をして、魔物の群れを迎え撃つのだった。














「すいません!いや〜お取り込み中申し訳ないのですが、ハンコをもらうのを忘れてまして。あっ無かったら拇印で結構なんで。これ朱肉です。ここにちゃっとお願いします!」

「「「「「「……………………」」」」」」

「あれ?皆さんどうしました?」


 苦戦していた最後の魔物、最強格の魔物の一柱である厄災指定級『イリーガルドラゴン』を頭上から潰して瞬殺し、地面に巨大なクレーターを作って再度登場したペリエルだった。








††††††††††††††††††††









 神聖エトワール王国に伝わる歴史書『英雄伝説』。


 そこには異世界から来た2人の英雄である勇者と戦乙女、そしてその4人の仲間達が戦った数々の武勇伝が記述されているが、後年の歴史家達の頭を悩ませたのは最も熾烈な戦いのうちの一つと言われる『魔獣軍襲来』の中の一説だった。


 曰く『戦いを勝利に導いたのは一人の宅配員だった』と。

 しかも勇者とその仲間達が口々に同じことを語ったという。

 他にも『へのへの宅配便』などというどこにも記述のない社名や『至高にして超常の魔術師リーエルを超える魔力と魔力操作』、『最強格のイリーガルドラゴンを一撃で倒した』など、聞けば聞くほど頭がこんがらがる記述である。


 そしてその青年の名前は『ペリエル』。


 似た名前にこの世界の最高神の第二使徒ペリュイエルネがいるが、その関係性は未だ不明である。

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