unidentified(仮)
ごびゅー
第1話
少年――少女――この物語においては、その性差は大した問題ではない。
だが一つ確かなことは、それが地球人の『子供』であること。
なのでこれから、この地球人を『子供』と呼ぼう。
さらに名前も、歳も、家族構成も、人種も、好きなものも、好きな食べ物も、特技も、苦手科目も、その他備考も、大した問題ではない。
だって、その子供はたった今、『愛犬「ポロ」雄4歳一人っ子犬種ブルテリア好きなものな土のついたビーフジャーキーお手は出来るけどお座りができないノミ持ち』を置き、一人でUFOに飲まれてしまったのだから。
UFOに飲まれてしまっては、それで終わりだ。
これまでUFOから出てきた物はいないし、そもそもUFOなんて、地球人は信じてはいない。UFOなんて存在しないのだ。存在しないものに飲まれた子供は、子供じゃない。
とにかく、子供はトラクタービームに飲まれ、遠ざかる散歩道とポロを見ていることしかできなかった。
UFOに体が完全に飲まれ、意識がぷつーんと切れてしまって三時間後。
子供は目を覚ました。自分がUFOに飲まれたどころか、何が起きているのか、そもそも起きているのかすら分かっていなかった。不思議な浮遊感はまるで夢のようだったから、今もまた夢だと半分は勘違いしていた。
子供は周りを見回す。
周りには見たこともあるようなないような物が山ほど詰まれている。見たことあるような物は椅子とか車とかベンチとか電柱とか家とかマンションとか。見たことないような物は見たことがないんだから文字で形容できるわけないだろう。なんか丸いとか四角いのとかそういうのだ。不思議なものと思ってくれていい。文章が何もかも説明すると思うな。少しは自分の頭で空想したらどうかね。
ともかく、そういう物が詰まれて壁や山になっていて、それがない場所が自然と道になっていた。天井は高く壁は遠く、その終わりは見えない。
しばらくそこで突っ立ってみても良かったが、あるのは物と道と自分だけ。いくら待っても何も代わらないので、子供は道沿いに進むことにした。もしかしたら戻っているのかも知れないが。
そうして三分程歩いてやっと、子供はこれが夢でないことに感覚的に気づく。だが、その場で泣こうにも泣く意味もないので、子供はさらに歩き続けることにした。
歩き続けていた子供が変化に気づいたのは、それから一時間後の事だった。もちろん積まれ壁になっている『物』たちは不特定多数の物の集合体なので、視界は絶えず変化し続けているというべきだったが、既に壁の構造は見飽きたので変化とは言えなかった。
そんな子供が変化と言えるほどの物。それは『生物』との遭遇だった。
「ぐるるるるる」
と、いうのはあくまで地球人向けに分かりやすく翻訳したもので、本当は「ぴー」とか「きー」とか、そんな感じの声。ようはそいつは威嚇していたのである。
目の前に現れたのは中型犬より一回り大きい黒い犬だった。もちろんこれも地球人向けの表現で、四つの脚の生物という以外には似ても似つかなかった。
物を捉えるための視覚器官は長い管で、物を食らう為の口から生えた牙の本数はたったの二つだったが、その鋭さは刃物と同様だった。
そんな頭部を持つ犬っぽい生物が威嚇しながら子供の前に現れたのだ。
突然の遭遇と、その恐ろしい形相に驚き、子供が一歩下がるが、それと同じように、その黒い犬は一歩こちらに歩み寄る。
背後を振り返ると飛び掛られるかも知れない。子供はただただ下がり続けてる。
それに合わせて犬も進み、そして、犬が低く構えた――
その時。
「へい!」
そんな声が聞こえたのは犬の背後。すぐに「ぱん」「ぱん」と銃声が続いて、黒い犬の頭部がパシュと二つのしぶきをあげる。
犬は死ぬことがなかったが、その痛みに耐え切れず、情けない声をあげながら、瓦礫の狭い隙間から逃げて行ってしまった
子供は一安心して音の元に近寄る。
「お。人間じゃねぇか」
そこにいたのは、長身の地球人男性だった。青い瞳に金髪、無精ひげ、あごが割れた形相の悪い三十台の男性である。
子供は彼に礼を言った。
「お、英語がうまいじゃねぇか。同じアメリカ人だな。アジア系だったか」
彼の発言に子供は首をかしげ、自分が話しているのは英語ではない事を告げる。すると、
「……なるほどだ。もしかしたら勝手に翻訳されているのかも知れない。まあ、ここじゃ何があってもおかしくないからな」
何か知っているようだ。少なくとも、ここにやってきて一時間も経っていない自分よりは。
「つっても、俺も殆どしらねぇし、知っていることも本当か分からないんだよ。ここが宇宙人のUFOで、俺らはキャトラれたんだってな」
子供は宇宙人にさらわれたという突飛な言葉に素直に驚いた。
「まあ、いい大人がアホな事を言うときは酔っ払っているか本当かのどっちかだよ。よく覚えときな。俺はグロムだ」
グロムに子供は自己紹介をした。
「呼びづらいし長いな。ガキはガキでいい」
別にそれでいいと子供は頷く。そしてすぐに、何をやっているのか、と訊ねた。
「なにって決まってるだろう。ここから出る方法を探してるんだ。ちっ。俺は多分三日くらい前にここに来て……このあたりを歩いているんだけど。道は多いけど、どうやら全部つながっているみたいで、結局はぐるぐる回っているだけのようだ。どっかの別れ道にこっそり出口があるかも知れないから、まだ出口の無い迷路だとは言い切れないけど」
子供はさっきの犬はなんだったのかと訊ねた。
「会ったのは三度目だ。エイリアンかエイリアンのペットのどっちかだろうよ。こっちを見たら襲ってきて……まあ、幸い銃弾が効いたから良かったけど、死にやしねぇのはな。弾もあんま残ってないし……一度だけ瓦礫の中にあったのを見つけたけど、それっきりだ」
もし弾丸を持っていれば良かったが、当然子供のポケットにあるはずもない。
「そうだ。お前、何か役に立ちそうな物、持ってないか? もしくは瓦礫の中で見てないか?」
グロムの質問に子供は自分のポケットを探った。左から出たのはジュース一本分の硬貨
。右から出たのはポロのおやつ用のビーフージャーキーだ。
「お前……それよこせ。腹減ってるんだよ。食い物も瓦礫の中にあるけど、殆どがクソみたいな味かクソかのどっちかで」
子供は少し迷ったが、ぜんぜんお腹が減っていなかったので、それを差し出した。
するとグロムはそれを奪い取るようにつかみ、すぐに口の中に放り込んでクチャクチャと食べてしまった。
「悪いな。今撃った2発分の弾丸をサービスにしてやるぜ」
ビーフジャーキーを渡さなかったら、弾丸2発分の別の物を要求されたのだろうか。
「さて、お互い何とかなったところで、これでさらばだな」
一緒に行動し、出口を探そうと子供は提案する。
「いや、やめとく。見た感じ何日か、下手したら何週間もサバイバルすることになるかも知れない。子供の世話はごめんだし責任はもてん。かといって目の前で殺されるのを見たくもない。さっきみたいに二人分を守るために弾丸を消費したくない。さっきはお前の価値が分からなかったから助けたんだ。お前はもう、俺にビーフージャーキーレベルの助けなんて出来ないだろう? だったら俺はお前のために銃弾を使うことはしない」
子供は納得できた。
「だけど、もし出口を見つけたら大声で叫んでやる。その声を追ってこれればお前も逃げられるだろうな。もちろん叫べる状況だったらな。何があっても、わざわざ探しになんて行かないからな」
それだけでも大分マシかも知れない
。
「それと別に減るもんじゃないものは提供してやる。情報だ。一つ。あの犬はお前が考えるよりずっと遅いしスタミナも無い。子供のお前でも全力で逃げれば、多分逃げ切れる」
子供はそれを信じ、頷いた。
「それともう一つ。この道をまっすぐに行ったら、しゃべるコンピューターに会う。だが、けしてそいつに親切にするな。なにせ俺は、そいつに殺されかけた。あの犬よりタチが悪い。覚えておけよ」
しゃべるコンピューター? と子供は疑問を抱く。
「なんかうるさい奴でな。俺を助けてくれると言ってたんだ。ここから出してやるってな。最初は信じちまったぜ。でも油断したところを殺そうとしやがった。厄介な奴だ。良かったな? ビーフージャーキーを他人に譲るくらい親切なお子様だろう? 俺がいなかったら、あいつにだまされて殺されているぜ」
子供は頷いた。用心しておこう。
「さて。お前はどうするんだ?」
子供は少し考え、ここを歩いて、状況の確認や出口を見つけられればいいな、と希望を語った。
「まあ、ここでじっとしていても意味はないからな。それしかないだろう。もし俺が出口を見つけられなくて、生きていたら、道はつながっているし何日か後に再会するだろうよ。出来れば歩きながら色々使えるものを探しておくといい。弾丸とか武器とか食料とか持っていれば、さっきのビーフジャーキーと俺の銃弾みたいにお互いに交換すればいい。俺が弾何発分かの用心棒になるとかでもかまわない」
子供は頷いた。
「それじゃあな」
グロムは子供が来た道に歩き去ってしまった。その後ろを追う事も考えたが、今まで一時間歩いた道を戻りたくもなかったし、グロムの言葉に出たしゃべるコンピューターというのが気になってしまった。
用心することを肝に銘じ、子供はグロムがやってきた道へと歩き出した。
unidentified(仮) ごびゅー @gobyu
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