親愛の家族に捧ぐ

竹鶴

第1話 誓い

個人間では、法律や約束事が信義を守るが、国家間ならば、力のみが信義を守らせる。

ーー(マキァヴェリ)



才能だけで全てを片付けてしまうなら、それはそこに至る過程全てを否定する事で、才能の有無に囚われて自身の可能性を捨ててしまうと言うのなら、私はそれを軽蔑します。



あなたにはこの世界は、人はどのように映りますか?

という問いが投げられたとして、私ならこう答えます。

「私も人の事はあまり言えませんが、世界はとても退屈で、人は誰も彼もが同じに見える」

この世界は退屈だ。生まれた瞬間から、その人間の持っている【ポテンシャル】。その人間に秘められた最も優良な潜在的な可能性を一定の年齢に達した者から【選定の儀】にかけられ、その結果で自身の役割が決まる。例を挙げるなら、体格に恵まれていて、腕っ節が強かったりすると【冒険者】。その中でも【前衛戦闘職】の括りに分類される【戦士】や【ガーディアン】に勧誘される。また、人より魔法に対する耐性が強い場合も【冒険者】。この場合は【魔法職】の括りに分類される【魔導士】や【治療術師】への勧誘を受ける。

魔法職の選定の基準は魔法に対する耐性の高さ。この世界の魔法の効力は、その人間が有する魔力量によって左右する。つまり、魔力耐性が高い者ほど有する魔力量が多く、大規模な魔法を行使する。他にも幾つかあるが、要はその人間の生まれ持ってのポテンシャル。才能と言い換えても良いが、それによって大体の職種が決まる。だが、誰も彼もが冒険者になる訳では無い。それらの勧誘を断った者は、それぞれのポテンシャルに見合った別の道に進む。それは大工であったり鍛治であったり調薬師であったり様々だ。この国に完全な職の自由は無い。全ては国王が必要だと思った役割に国民を割り振り、その役割を果たさせる。だから誰も、自分の在り方に疑問を持たない。あったかも知れない可能性を考えない。誰も彼もがそのあり方に収まり、満足する。だからーー



「私はそのあり方を否定します」

私、篠原律子は冒険者だ。その中でも、【中距離射手】の部類に入る【弓兵】の職に就いている。

戦いの花形、魔物と至近距離で切り結ぶ前衛戦闘職。弓よりも後方から、多彩な魔法を放ち攻守、さらに支援まで出来る万能な魔法職。その間で、弓兵は冒険者から最も嫌われる。【報酬泥棒】、【誤射必須、仲間の中の敵】等、不名誉極まりない呼ばれ方をする。それが、私の職業。冒険者は冒険者となった日に、【冒険者カード】が支給され、名前と職種を偽れないようになっている。だから

ーー今日も私は、専用の厚手の防護服を見に纏い、本職の時よりも防御性を上げ、肌の露出を極限まで抑えた完全装備で、ごく一般的なレンガ造りの家屋の裏手で、幾つかの武器を片手に『蜂の巣の撤去』に精を出す。

「割と小さいですね」

「そうなのよ。でもいつの間にか出来ててねぇ……撤去して貰えるかしら?もう、怖くて怖くて……」

「まぁ、仕事ですから。終わりましたら、お呼びしますので」

夕方、その日の仕事を全て終えて自宅に帰った私を呼びつけたこの家の家主は言うだけ言って家に入っていった。

依頼に来た時間帯が夕方で良かった。この時間帯なら、蜂の活動が鈍り、問題なく作業できる。私は巣のある位置の下に、大きめの麻袋を広げ、幾つかの道具の中から、殺虫用の香を取り出し、巣の近くで焚いて煙が巣に当たっている事をよく確認し、少し待つ。その間に、巣の中から何匹もの蜂が出てきて私の周りを飛び回り、不快な思いをする。

幾らか待って、香が尽きた頃、私は装備を長い棒に持ち替え、麻袋の位置をよく確認し、その中に落ちるように蜂の巣と家屋との接合部分を剥がして叩き落とす。麻袋の口を縛って巣の方は完了。後は周りを飛び回り続ける蜂をもう一度香を焚いて散らす。周りに蜂が居なくなったら終了。

使用した物を片付け着替えた後、先ほど使った長い棒を手に取り欠けたり変に曲がっていないかを確かめる。実はこの棒、その辺で拾ってきた訳ではなく私の商売道具。弓が折れた時などに備えて買っておいた予備の竹棒なのです。大切な大切な商売道具。例え全くと言っていいほど弓を使う仕事は来なくても、折ったりしたら大変だ。

「さて、作業終了の報告をして帰りましょう」

粗方調べて大丈夫だと判断し、家主に報告に向かう。

「取り敢えず、蜂の巣の撤去は終了です。撤去した蜂の巣は、ご自身で処分なさいますか?」

「嫌ですよぉ〜、早く持ってってください」

「でしたら、駆除の費用と巣の処分料で後ほど【冒険者総合組合】の方から、領収書を送らせていただきますので、所定の日付までに、料金を支払ってください」

「はいはい。ご苦労様です」

私は、蜂の巣が入った麻袋を担ぎ、自宅への帰路に着く。

帰り道、私が今いる町は割と賑わう。依頼で町の外まで出ていた冒険者なんかが酒場に集ったり路上で騒いだり、何とも楽しそうだ。

「世の中腐ってますよ。私なんて毎日毎日朝から晩まで働いてもその日の暮らしで精一杯なのに……あぁ、私もお金欲しいです」

この考えはやめよう。考えたら際限が無い。人は人、私は私。よく見れば、高そうな物を食べてたり飲んだりしてるのはゴツい鎧を着込んだ人とか、高そうな杖を側に置いて飲んだりしてる人ばかり。つまり彼ら彼女らは、前衛戦闘職もしくは魔法職の人間。冒険者としての重要性も、舞い込む依頼も、私とは質が違う。私は足早にその通りを後にした。



冒険者総合組合ーー全ての冒険者が、冒険者である限り一生利用する施設。依頼を出す事も、依頼を受ける事も、冒険者に関する事なら大体の事をこの組合施設で済ませられる。

建物は赤レンガ造りで周りの建物よりも大きいので威圧感がある。

私は用事をさっさと済ませようと足を速める。入口に通じる階段を上がり、入る。

組合の中は正面は依頼に関する受付と受付の傍の壁に備え付けたボードに依頼書が貼られている。このボードから好みの依頼を見つけ、ボードから剥がして受付に持って行き依頼を受ける。逆に、依頼達成の報告の際には受付で依頼達成の旨を伝え、同時に依頼者からのサインを貰った依頼書を受付に提出する。報酬は後日、組合施設の左手にある換金受付で冒険者カードを提示して報酬を受け取る。

私は迷わず正面の依頼受付に向かい、今日の依頼達成の報告。それと、急に入った蜂の巣撤去の依頼の説明と依頼主の家の位置を伝え、組合の方で報酬を査定して領収書を依頼主に送ってほしい旨を伝えた。そして回収した蜂の巣を受付に預け、処分を任せる。もう少し大きければ充分なハチミツを採取出来るので処分ではなく依頼料を払ってハチミツを絞り加工して貰うのだけれど……まぁ、無理な事を幾ら嘆いても意味はない、用事は済んだ。私は受付から踵を返し、出口に向かう。しかし、後少しで出口という時。女としても小柄な私の視界に影が差した。私は視線を上げ、私の前に立っている相手を見た。

「おい嬢ちゃん。テメェ、冒険者かぁ?得物ぁどうした、そんな貧相ななりでここに出入りしやがってぇ〜よぉ」

「貧相、ですか?」

おかしい。私は別に汚い服を着ているわけでは無い。街の外に出た訳ではないので、胸当て等の防具の類は身に付けていない。ならばあれだろうか、今日の依頼の際に焚いた香の匂いが付いて臭くて小汚い服だとでも思われているのだろうか。

「おうおう。貧相じゃねぇか。腕なんて握ったら折れるんじゃねぇかぁ?何より色香の欠片もねぇ」

男は下卑た笑みを浮かべながら私の体を品定めするように上から下まで不快な視線を向ける。ここまで来て私は理解した。自身の体を見下ろす。他人に指摘されるまでもなく理解している。私の胸は慎ましい。無い訳ではないが小さい。だが、指摘されるまでもなく分かっている事だ。私は目の前で何がそんなに面白いのかゲラゲラ笑っている男に対し、見上げる形になるがその男に不幸が訪れる事を願いながら睨みつける。

「んでぇ、嬢ちゃん獲物はぁ?」

男は私に顔を近づけながら再度聞いてくる。今気付いた、この男酒臭い……割と飲んでる。

「弓なら、今日は使わなかったので持って来てないです」

「なんや嬢ちゃん!自分報酬泥棒かいな!儲かっとるかぁ?」

男は組合施設全体に響き渡る声で言い放った。瞬間、施設内で音が消えた。

施設左手の酒場で飲んで騒いで楽しんでいた人達も、依頼受付周辺にいた人達も、全員がこちらを見ている。突き刺さる視線、視線、視線。

さっきまで楽しい空間だったのに、誰も私の存在を気にしなかったのに、今はここに居る全ての冒険者が、敵に見えた。

私は恐ろしくなり数本後退り、我慢出来なくなり逃げ出した。組合施設を出て風を切って走る。途中、背後から賑やかな笑い声が聞こえた気がした。



弓兵とは、この町だけでなく、この国全土の一般常識として、冒険者の中で、最も役に立たないという認識だ。理由は簡単で、冒険者が最も稼げる依頼は、国からの未開拓地の調査。まだ誰も踏み入れた事のない場所を進み、誰も見た事もない魔物と戦い、調査する。

この場合冒険者はパーティーを組んで依頼をこなす。魔物と遭遇したその時は、前衛戦闘職が切り込み、敵を斬り伏せる。討ち漏らしは後方配置の魔法職がすぐに処理してしまう。強力な前後に挟まれ私のような中距離射手は、役に立たない冒険者とされる。また、弓という矢を射る関係上、コストパフォーマンスが悪く、黒字を出す事は無く、万年赤字と言うのが一般的な弓兵のイメージだ。活躍しない、でも報酬は支払われる。だから、報酬泥棒。また、弓は魔法職の魔法のような追尾性も、前衛戦闘職のような強力な攻撃性もない。戦闘は刻一刻と変化する。弓兵の曲がらぬ矢では、入れ替わり立ち替わる前衛戦闘職の動きを予測し矢を射ても、敵ではなく仲間に当たる事がたまにある。だから、誤射必須、仲間の中の敵。とも呼ばれる。尤も、後者の呼び名は長くて面倒なので、大抵は報酬泥棒と呼ばれる事の方が多い。



走る、走る、走る。

ーー悔しく思う、周りに反論できぬ自分。

惰性で生きて、日々生活する為に路銀を稼ぐ自分。

ーー歯痒く思う、その在り方に疑問を抱かぬ人々。才能に溺れ、可能性を諦める。

何より、可能性を模索する事をやめ、諦めたように日々を過ごす自分自身が、自身が最も嫌い、軽蔑していたはずのものに成り下がろうとしている事が、何よりも我慢ならない。



組合施設があった通りを抜け、町を抜けて森に入る。森に入って少し、とても大きな大木の傍、私の自宅。

この辺は誰も寄り付かない。この国が、王政が変わった数年前から。

私は家に近づき、入口を開けて中に入る。

「疲れました。もう……寝てしまいましょう」



夢を見た。数年前の記憶、一生背負い続ける覚悟をした、私の後悔の記憶。

私の選定の儀の日の記憶、とても大切な記念日になるはずだった日の記憶。

私が姉の光を奪った、最低な日の記憶。

「選択肢だ。一つ、姉の視力を奪って弓兵になる。二つ、ここで仲良くーー」


「律ちゃん。姉さんは大丈夫」



深夜、目が覚めた。

酷い寝汗、気持ち悪い。家を出て、近くの湖に向かった。灯りのない森の中、迷わず進んで、湖が見えた。水面がそよ風で揺れ、夜空を照らす月光が、水面で反射している。着ている簡素な服を脱ぎ、湖に身を沈めてゆく。

肩まで浸かって、その後水に身を任せて浮いてみた。

月が見えた。綺麗に丸く見える。満月かもしれない。水の中で、長く伸ばしている髪が揺れて時々身体に当たっていた。

「……姉さん」

何の気なしに呟いた。姉は、儀式を終えてから全盲となった。今でも夢に見る。あの日の自分の選択が、姉から一生の光を奪った事を。

そして思った。

ーーこの世界は腐っている。



私は誓う。いつか、この腐った国を、あの腐った暴君を、ぶっ壊してやる。

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