後編

 飯を食い終わって、俺とハルヒはSOS団の部室まで行く。

 そんなとき、ふと俺は気づいた。

 原点に帰る。そう、最初の頃を思い出せば答えは出るんじゃないのか? 古泉と朝比奈さん、そして今回のターゲット長門の言葉を思い出せば。


『こいつの言動は必ず本当になる』


 ハルヒは神がかり、なんて言われているが、彼女の言動がそのまま現実になった、という現象を俺はかなり見てきている。

 つまり、ハルヒが長門の笑顔を見たいと言った瞬間、別に俺が何も協力せずとも、部室には笑顔の長門がいるんじゃないのか?

「……まったく、どうして俺が必要なんだか」

 いや、待てよ。俺がいい、と言ったのもハルヒ。だから、今こうしてハルヒの横にいるのも必然なのか。それに、ハルヒの気持ちが不機嫌になれば、いつぞやの閉鎖空間が発生する。俺の場合、ハルヒではなくて何かの機関によって動かされているんだろうな。


「さて、着いた着いた。さあ、キョン。頑張ってきなさい」

「俺一人で頑張らなければならんことなのか。一緒に協力しようとは思わんのかお前は」

「有希と二人きりの方がいいんじゃないかしら? 何だったら、好きとか言って口説いたっていいんだから!」

「……長門はそんなことで笑うような奴じゃない気がするがな」


 しかし、俺にはやるという選択肢しかないようである。

 それに、以前、野球大会に出たとき、長門はホームランばかり打てるバットを開発したのだから、笑顔になるくらい普通にできるはずだ……という半分以上無理矢理な理論を立てて自分を納得させる。

 ハルヒは一体何を求めているんだろうか……とにかく、長門に笑顔になってくれと耳元で頼もう。俺のやることはそれだけだ。

 俺はドアを開けた。


「長門、ちょっと頼みがあるんだがな……」


 いつもの調子で、俺は部屋の中に入る。いつも通り、部屋の中には長門しかいなかった。そして、一つだけ違うことがあるのだが……これはいったいどういうことだ?

「……長門、なぜ頬を赤らめている?」

 覚醒でもしたのか。それとも余りにも頭の中で何かが起きていて、インターフェースの知恵熱なのか。長門は頬を赤らめており、表情も乱れていた。

「分からない、でも……」

「……」

「あなたを見ると、今までにない特別な感情が生まれてくる。これは……恋、人間はそう言うらしい」

「おまえ、まさか……」

 ハルヒの威力は長門を動かすほどなのか。長門は……微笑んでいる? なんだ、なんだ……この体育館裏でラブレターを持っている少女の微笑みは!

「今は断定できない。しかし、好き……その気持ちが私の中に宿っているのは間違いないだろう」

「……」

 これは、ある種の告白なのだろうか。告白だとしたら相当硬い表現を使っている。だが、そこが長門らしく、ハルヒの言うことが分かる。今の長門の表情、すごく可愛い。それだけは俺にも思えた。


「長門、早まるな。あの時のことを考えろ」

「……」

「あんまりここでは大胆なことをしない方がいい。なんせ、後ろにはハルヒがいるんだからな」


 そう、前に朝比奈さんと俺が……まあ、色々とあって体が密着しているときにハルヒが部室に入ってきたときに、世界が終わるような閉鎖空間が発生したことが過去にあった。まさか、キスなんてことになったらあの時以上の危険が迫ってくるのは絶対だからな。

「……!」

 俺に正面から、何か重みを感じた。……少し下を向くと、灰色の髪が見えた。長門は俺にすがっているのか。だが、俺はハルヒの私利私欲を満たすためにここにやってきた、抱くなんてことはしない。


「長門、ハルヒのために少しかわいらしく微笑んでくれ」

「……」

「お前の気持ちは何となくだが分かったから、とりあえず……今はハルヒの望むことをしてやってくれないか?」


 俺は抱きついている長門に向けて囁くように言った。

 しかし、宇宙人にも心があるんだろうな。ハルヒの言うとおり。長門は俺の顔を見て、ゆっくりと近づいた。

「何をする……?」

「……好き」

 すると、俺の頬には何か温かく柔らかい感触を感じた。

 長門は俺に、キスを……したのか?

「長門、何をやってるんだ……!ハルヒがいるのに!」

「……」

 長門は何だか、自分のしたいことをし終えたように今一度笑顔を見せて、静かにイスに座って本と読み始めていた。

「長門……?」

 呼びかけても返事がない、いったいどういうことなのか……さっぱり分からない。そして、肝心のハルヒは……?


「……いい! いい写真が撮れたわよ!」


 喜んでいた。デジカメを片手に。とりあえず安心した。ハルヒ……頬にキスぐらいなら、許せるようにでもなったのか。

「ハルヒ、なんだ……今の写真に収めたのか」

「当たり前じゃない!」

「……長門は頬にキスをしたんだぞ。そんな写真、おまえは許せるのか?」

「いや……有希はやっぱり役者肌なのね」

「……は?」

「思えばギターもうまいし、有希は普段は無表情だけど……演技になると、あそこまで表情の幅が広がるとは思わなかったわ」

「そうか、そう思ってくれていればそれで平和だな」

 どうやら、ハルヒは今の長門のしたことは、全て演技……またはそれに準ずることであると思っているらしい。まあ、長門はハルヒが思えばすぐにそれに対応できる能力があるからな、俺もそう思いたいぐらいだ。


「さて、キョン。かわいい有希の笑顔写真でも教室で見ましょう」

「……ああ、そうだな」


 たしかに、あの時の長門の顔はかなりかわいかったことはよく覚えている。ハルヒが見せてくれたデジカメを見る度にそれが鮮明となってくる。

 だが、かわいい笑顔を見れたのはこの日だけであり……翌日も、この先も……この日のような純真な笑顔を見た日は一切無かったのである。


 俺は少し信じたいものだ。長門は心から笑顔になっていたと。少なくとも、その時の長門は俺の中で一番輝いていたんだから、な。


 ―――「好き」なんて言葉、お前の口からは想像つかないだろ?


 ハルヒの言動のせいであっても、長門の気持ちの延長線上にあっても……俺はもう一度あの日の長門に出会ってみたい。授業中、俺は咲きかける桜を見ながらふと思うのであった。



『Smile』 おわり

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Smile 桜庭かなめ @SakurabaKaname

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