エピソード70/木綿子の部屋にて

あつし山ノ井やまのいから聞いたけど、佐藤さとうに彼氏が出来たんだって!?」


淳は木綿子ゆうこの部屋の二段ベッドの一段目に座っていた。


木綿子「あ、そうそう」


木綿子は勉強机の椅子に座って、淳の方を向いている。


淳「ウチの学校の奴?」


木綿子「違う。大学生」


淳「そうなんだ」


木綿子「山ノ井君から聞いたんじゃなかったの!?」


淳「だから、佐藤に彼氏が出来たって事しか聞いていないから」


木綿子「そうなんだ」


淳「長谷川はせがわは何処まで知っているの?」


木綿子「何処までって言われても、私もそんなに知っている訳じゃないし」


淳「そっか」


木綿子「ただ、由佳ゆかがその大学生にドライブに誘われて、」


淳「うん」


木綿子「いきなり二人きりだと怖いからって、山ノ井君と絵美えみを一緒に連れて行ってさ」


淳「そうなんだ」


木綿子「ダブルデートって奴ね」


淳「うん」


木綿子「それで、由佳がその大学生と付き合う事にしたって」


淳「なるほど。とうとう佐藤にも彼氏が出来たのかー」


木綿子「どうしたの!?」


淳「ウチの学校の男子、佐藤を狙っていた奴、結構、いるからさ」


木綿子「そっか」


淳「大学生に持っていかれちまうとは、な」


木綿子「でも、由佳には年上の方が合っている気がするかな」


淳「長谷川はどうなの?」


木綿子「私!?私は少し憧れはあるけど、大竹おおたけ君がいるし」


淳「憧れ、あるんだ」


木綿子「女の子は年上に憧れる方が多いんじゃないかな」


淳「そうなんだ」


木綿子「男の子はどうなの?」


淳「男は余り年は気にしないかな。年を取ってくると、若い子が良くなるのかもしれないけど」


木綿子「男の人って、そういうものなのかな!?」


淳「それは年を取ってみないと、俺には分からないよ」


木綿子「こういう事を余り他人に話すのは良くないのかもしれないけど」


淳「何!?」


木綿子「ウチのお父さん、昔、浮気をしていたみたいなんだ」


淳「そうなんだ」


木綿子「だから、男の人って、そうなのかな~って」


淳「実を言うと、さ」


木綿子「何?」


淳「ウチの親父も昔、浮気をしていたんだよ」


木綿子「そうなんだ」


淳「それで、またまた実を言うと、なんだけど」


木綿子「うん」


淳「ウチの今の母さんは元々、親父の浮気相手だったんだよ」


木綿子「本当に!?」


淳「親父が浮気をしたもんで、お袋も浮気をして、その浮気相手について行っちゃったんだ」


木綿子「うわ~」


淳「それで、その後、正式に離婚をして、今の母さんがウチに来たんだけど、」


木綿子「うん」


淳「俺、今の母さんに余り馴染めなくてさ」


木綿子「そうなんだ」


淳「よく母親をやってくれているとは思うんだけどね」


木綿子「大竹君の話を聞いたら、ウチはまだ、マシなのかなって思っちゃった」


淳「マシって!?」


木綿子「だから、ウチは離婚までいっていないからさ」


淳「そういう事か」


木綿子「その代わり、お父さんがすごく弱くなっちゃったけど」


淳「ははは。そうなんだ」


木綿子「ウチのお父さんとお母さん、前は喧嘩ばかりしていたんだけど」


淳「うん」


木綿子「丁度、お姉ちゃんが就職をして、ウチを出て行った時くらいからかな」


淳「うん」


木綿子「急にお父さん、おとなしくなっちゃってさ」


淳「ふーん」


木綿子「私、お父さんが浮気をしていたのか、はっきりとは知らないんだけど」


淳「うん」


木綿子「今、思えば、喧嘩の原因が浮気だったんじゃないのかなって」


淳「そっか」


木綿子「それで、今、お父さんはお母さんに頭が上がらなくなっちゃったのかも」


淳「なるほど。そうかもしれないな」


木綿子「大竹君はどうして、お父さんが浮気をしていたのが判ったの?」


淳「いや。俺もそれが本当なのかは、よく知らなかったりする」


木綿子「えっ!?どういう事?」


淳「俺がまだ、小さい時の事だったからさ」


木綿子「何歳くらいの時だったの?」


淳「お袋がウチを出て行ったのが三歳くらいの時かな」


木綿子「それじゃ、判る訳ないよね」


淳「だから、俺が言った事は全て、兄貴が言っていた事なんだけど」


木綿子「そっか」


淳「兄貴は、さー」


木綿子「うん」


淳「お袋の事を憎んでいるんだよね」


木綿子「本当のお母さんの方?」


淳「そう。だから、そういう意味では、俺、判らなくて良かったのかなって、思ったりもするんだ」


木綿子「そうだね~」


淳「ただ、俺はどうしても、新しい母さんが馴染めなくて」


木綿子「本当のお母さんの方がいいの?」


淳「いや、そういう訳じゃないんだ。俺、お袋の事は全然、覚えていないから、比べ様がないんだよ」


木綿子「本当のお母さんとは、ずっと会っていないの?」


淳「いや、離婚が成立してからは、一年に一回、俺に会いに来てくれるんだけど」


木綿子「うん」


淳「俺からしたら、ただのおばさんにしか思えないんだ」


木綿子「そっか~」


淳「だから、本当は俺も会ったりするのが面倒だったりはするんだけどさ」


木綿子「うん」


淳「兄貴は絶対に会いたがらないから、俺まで会わなくなっちゃったら、可哀相だなって」


木綿子「大竹君って優しい所があるじゃん」


淳「俺を何だと思っていたんだよ!?」


木綿子「あはは。ごめん、ごめん」


淳「それは、ともかく、俺にしたら、仕方がないって感じかな」


木綿子「仕方なしでも、お母さんからしたら、血の繋がった子供なんだからねぇ」


淳「俺が可哀相とか仕方がないとか思っちゃうのも、血の繋がりがあるから、なのかな」


木綿子「そうかもしれないね」


淳「それで、今の母さんに馴染めないのは、血の繋がりがないから、なのかな」


木綿子「それは私には、よく分からないけど」


淳「俺もよく分かんねーや」


木綿子「って、何で、こんな話になったの!?」


淳「そういえば、佐藤の話をしていたんだよな!?」


木綿子「それから、年上がどうのって話になって」


淳「そうだよ~。それで長谷川が親の浮気の話に」


木綿子「ごめんなさい」


淳「いや、別に構いやしないけどさ」


木綿子「ありがとう」


淳「寧ろ、長谷川から、そういう話が聞けて、より親近感が湧いてきたよ」


木綿子「そうなんだ。でも、私もそうかな~」


淳「ってか、お近付きになる為の言い訳なのかもしれないけど」


木綿子「うふふ」


淳「これを機に、名前の方で呼びたいなぁ~なんて」


淳が照れ臭そうに言った。


木綿子「いいよ。その方が私も嬉しいし」


淳「良かった」


木綿子「私もそうした方がいいかな!?」


淳「どっちでもいいよ」


淳は素っ気なく言った。


木綿子「何、それ~!?」


淳「いや、さぁ。呼ぶ方は、それだけの関係に進展したのかなぁって思って、嬉しかったりするんだけど、呼ばれる方は、ちょっと照れ臭かったりするんだよね」


木綿子「でも、それは私も同じだよ」


淳「そうなんだ」


木綿子「私だって、好きな人との距離が縮まるのは嬉しい」


木綿子が照れながら言った。


淳「そっか」


木綿子「ただ、多分、女の子は呼ばれる事も嬉しいと思う」


淳「なるほど。そう言われると俺も嫌ではないんだけど、」


木綿子「うふふ」


淳「やっぱり、慣れるまでは、ちょっと恥ずかしいかな」


木綿子「淳」


淳「ははは」


木綿子「それより、あっくん、の方がいい!?」


淳「いや、それは勘弁かなぁ。呼び捨てで頼むわ」


木綿子「了解」


淳「それと、人前では、これまで通り、苗字で呼ぶから」


木綿子「そうだね~」


淳「余り他人から冷やかされたりはしたくないからね」


木綿子「うん。でも、山ノ井君や由佳達にはねぇ」


淳「それは、もう仕方がないというか、今後、俺は余り山ノ井のところへは行かない様にする」


木綿子「そうなんだ」


淳「何か、イベントとかあったら、その時だけ付き合うよ」


木綿子「その方がいいかもね」


淳「長谷川も冷やかされるのは嫌だろ!?って、木綿子も、だった」


淳は照れ臭そうに苦笑した。


木綿子「ふふふ。そうだね~。男の子に弄られるのは、嫌かな」


淳「そうそう。俺も佐藤や川村かわむらに弄られたくないんだよ」


木綿子「同性だったら、まだ、ねぇ」


淳「俺は同性でも山ノ井以外は勘弁かなぁ~」


木綿子「そっか~」


淳「俺、弄られキャラじゃないし」


木綿子「それより、もうすぐ、お母さんが帰って来ちゃう」


淳「そっか。じゃあ、今日は此処まで、かな」


木綿子「そうだね」


二人は立ち上がって玄関へ向かう。


淳「んじゃ、また明日」


木綿子「うん」


淳は木綿子の家から出て、自宅へと帰って行く。


木綿子は自室に戻って、窓から外を見る。


少し間をおいてから、淳が建物の中から出て来た。


それを見た木綿子が淳に声を掛ける。


木綿子「またね」


淳は片手を挙げて木綿子に応えた。


そして、そのまま遠ざかって行く。


そんな淳を木綿子が眺めている。


周囲では、すでに多くの蝉が鳴き始めていた。

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