桜の数を数える方法

歌鳥

(全編)

   桜の数を数える方法


「1,2,3,4……」

 時間ぴったりに、待ち合わせ場所に着いた。先に来ていた舞は、斜め上を見あげて、なにか数えていた。

「おはよ」

「9,10,おはよ、12,13,14……」

 一心不乱にカウントを続けて、こっちを見ようともしない舞。

 長い袖から人差し指だけを出して、カウントのたびに上下させている。真新しい制服を身につけた舞は、高校生というより、中学の新入生みたいに見えた。

「なに数えてるの?」

「17,18,19……」

 舞は数えながら、左手で看板を指さした。私がその看板を読んでいると、後ろで声がした。

「おっはよー!」

 振り返ると、そこに由佳里がいた。

 舞や私とおなじ、真新しいブレザーの制服を身につけた由佳里。見慣れない格好だったけど、にこっと笑ったその表情は、いつもの、見慣れた由佳里の笑顔だった。

「おはよう。久しぶり」

 いろいろ言いたくなるのを我慢して、私は答えた。

「藍音、制服似合うねー」

「由佳里だって、すごく似合ってる」

「えへへ~、そりゃ当然でしょ」

 得意げに笑って見せてから、由佳里は舞の背中にぎゅっと抱きついて、

「舞も似合ってるよー、制服。すっごくかわいい!」

 舞の横顔に、すりすりと頬ずりした。

「29,30,31,やー、めー、れー」

 じたばたと抵抗しながらも、舞はカウントを続けている。

「んで、舞、なに数えてんの?」

 そこは駅ビルの二階で、北口と南口を結ぶ通路の、ちょうど真ん中だった。

 吹き抜けの通路には囲いがあって、その中には高さ四、五メートルくらいの桜の木があった。もちろん本物じゃなく、花びらはぺらぺらのプラスチックでできてる。近くで見たら安っぽいけど、遠目だと本物そっくり。

 その木の横に立っている看板を、由佳里は声に出して読み上げた。

「“この木に桜の花はいくつあるでしょう? 正解にいちばん近い方に、温泉宿泊券をプレゼント――”」

「1,2,3,4……」

 舞は、相変わらず上を見あげて、また1から数え直していた。由佳里に抱きしめられて揺さぶられた時に、数がわからなくなったらしい。

「数えてどうなるわけでもないと思うよ、舞」

 私はそう忠告して、カウントを止めさせようとした。と、由佳里がおもむろに顔を上げて、桜の枝をじーっと見つめてから、右手を思いっきり広げて、

「五百!」

「そんな少ないわけないじゃない」

「んじゃ、五千!」

「まだ少なすぎ」

「えー、じゃあ五万」

「『じゃあ』ってなによ、『じゃあ』って」

 由佳里はいつも、こんな感じ。短絡的に、直感で結果を得ようとする。

「11,12,13,14,15……」

 舞は……学校の成績はいいのに、時々こんな風に、わけのわからない、おかしな行動を取ることがある。舞は乱視で、眼鏡もかけているのに、最後まで数えきる自信があるんだろうか。

「二人とも、まじめに当てる気ないでしょ」

 私は心持ち、声を大きくした。

 吹き抜けの通路の奥、桜を背にした反対側に、駅の改札口がある。南口と北口から来る大勢の人が、桜の前で合流して、改札口に吸い込まれていく。あまり小さな声だと、かき消されてしまいそうだった。

「んじゃ、藍音はいくつだと思う?」

 由佳里も負けじと声を張りあげる。

「え? ええっと……四、五万個くらいかな?」

「ほらぁ、あたしと変わんないじゃん」

「由佳里、最初は五百とか言ってたじゃない」

「26,27,28……」

「あっ、そうだ! いいこと思いついた!」

 いきなり由佳里が叫んだかと思うと、胸ポケットから携帯を取り出した。太陽のマスコットのついたストラップが、由佳里の手元でゆらゆら揺れた。

「写メ撮ってさ、後で大きくしたのを数えればいいじゃん!」

「39,40,41……」

「それ、うまくいかないと思う。こっち側から写したのだと、反対側にある花は数えられないでしょ」

「なら、二倍すりゃいいじゃん」

「……うん」

 由佳里はいつも短絡的に、直感で結論を出す。時々、それで正解に近づくことがある。

 うまくいきそうに思えた。正確に数えるのは無理でも、概算ならいけそう。画像の花を全部数えるんじゃなく、たとえば一本の枝についてる花を数えておいてから、枝の本数を掛けてあげる、とか――。

「んじゃ、撮るよ~」

 由佳里は桜の木を背にして、右手で携帯を構え、カメラのレンズを自分に向けた。

「桜を撮るんじゃないの?」

「せっかくだもん、みんなで撮ろうよ」

「……じゃあ、私も」

 新品のカバンから、自分の携帯を出した。私のストラップには月のマスコット。

「ほら舞、こっち向いて」

 由佳里は舞の肩を抱いて、強引に向きを変えさせた。

「51,52、ごじゅうさ……ふわぁあああ」

 目を回した舞が、か細い悲鳴をあげた。私は腰をかがめて、由佳里の隣に並ぶ。

「せーの」

 こうして満開の、偽物の桜を背景に、私たちの自分撮りができあがった。

 ――が。

「ねえ、由佳里」

「ん?」

「私たちの顔のアップで、どうやって桜の数数えるわけ?」

「あ」

 携帯の画像を見て、呆然とする由佳里。私はくすっと笑った。

「いいよ。私の撮ったのがあるから、そっち使って数えればいいでしょ」

 私は自分の携帯を見せた。自分撮りはちょっと苦手だけど、そこそこうまく撮影できたと思う。

「1,2,3……」

 舞はまた桜を数えはじめた。意地でも自力で数えきるつもりらしい。

 由佳里は私の携帯を覗いてから、自分の携帯を見直して、小さく叫んだ。

「あ、ヤバ。そろそろ行かないとまずくない?」

「由佳里、遅れて来ておいてそれを言うわけ?」

「行こ。入学式に遅刻とか、シャレになんないよ」

「12,13,14……」

「ほらほら、舞。最後まで数えてたら、日が暮れちゃうよ」

 由佳里は舞の肘に、自分の腕を巻きつけた。

「日が暮れる、どころじゃないと思う。たぶん一年くらいかかるかも」

 私も、舞の反対側の腕をつかむ。

「……ふわぁぁぁぁぁ~」

 小さく悲鳴をあげる舞を引きずりながら、私たち三人は、改札へ向かう人波に加わった。


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