13 さらばマスク・ド・オナラ



ばぶん びばん


左右で絶え間ない屁の音が聞こえる。


博士「もういっこも遠慮しないのな」


弓菜「今さらでしょ」


歩「いやん、はずかしい」


嘘をつくな。




昨日はあれからお隣さんに謝りに行った。


銀行強盗を倒すために弓菜がさらなるオナラパワーを得てしまった今、もはや親御さんに隠し通すことはムリだと諦めた。


弓菜が屁を鳴らすたびにボヨンボヨン体が浮いてしまっているような気がするのだが、これはさすがに物理的にありえないだろうと判断して見てみぬふりをしている。


オナラで空を飛ぶ女子高生とかかわいそうにもほどがある。


弓菜「何か体重減ったような気がする」


絶対気のせいだと思う。


弓菜の両親は簡単に許してくれた。


むしろ冷蔵庫にあったものを勝手に飲んだ娘の意地汚さを叱ってもくれた。


そうだよな、冷静に考えて俺悪くないよな、意地汚いよな。


お父さん、あなたの娘さんいやしんぼですよ。


獣道寺家でバレれば自動的に愛新覚羅家でもバレるわけで、こちらにも潔く謝りに行った。


激昂したあゆの親父であるところのゴリラにぶん殴られたが、銀行で世界の秘密に辿りついた俺にはどうということはなかった。


自慢のパンチが俺にまったく通用しないことに驚きつつ、


「ラわーん、何しよるんなら、うちの娘がオナラ女に、オナラ女に、わしゃ悲しいよ、ウッホウッホ」


とか言っていた。


因みにウッホウッホは嘘。ウッホウッホと言いそうだったので付け加えてみた。


あとあゆのお母さんが


「あらあら、溥傑様になんとご報告しましょう」


などとすごく物騒なことを言っていたがこれも聞かなかったことにした。


それから心の中でだけ言っとくけど溥傑はけっこう前に死んでるからな。


ただまあ両家ご家族が娘による屁の騒音に耐えかねたので二人は自動的にうちに押し付けられた。


若い男の一人暮らしに嫁入り前の娘が!と一応抵抗して見せたが、


「修太郎君はオナラに興奮するのか」


「オナラ女でいいんですか!? こんなオナラ娘で!?」


「修ちゃん、オナラでどうこうとか、そりゃあどうかしとりゃあせんか、ウッホウッホ」


「そのようなご趣味ならそれはもうこの子の運命というものです」


などと言われたのでこれはもう諦めるしかなかった。


そして一晩中ぷうぷうぱあぱあされたので寝不足もいいところである。


二人は自分のオナラに馴れたのか完全に熟睡できたようだ。


フグが自分の毒で死なないという理屈ですな。




そして今日である。


歩「おしっこ」


言わんでいい、黙って行け。


弓菜「博士、さっき戸棚にあったクッキー、もうないの?」


博士「クッキー? そんなのあったか?」


そもそも俺はクッキーみたいなもさもさしたお菓子は食べないのだ。


あんな干菓子は、唾取り菓子は。


男子たるものもっと男らしいお菓子を食べるべきだと思う。その筆頭がくらこんの「塩こん部長」である。


博士「塩こん部長ならストックいっぱいあるぞ、食うか?」


弓菜「いらない」


バッサリかよ。もっとこう遠慮した感じで断るとかやれよ。


まああの旨さは女子供には理解できまい。


この女め、子供め。


弓菜「それよかあのクッキーもっとないの?」


博士「だから知らないぞ、あゆが家から持って来たんじゃないのか」


どだだだだだ


博士「お、あゆが戻ってきたぞ、訊いてみろよ」


どばん


おい、扉はもっと静かに開けろ。


あゆ「はかせ、ねりねりのおしっこ出た、みて」


ねりねりて。わかるようなわからんような微妙なラインの表現ではある。


だがすべての点と線がつながった。


博士「!? おい!お前ら、まさか戸棚のアレ、食ったのか!?」


弓菜「だからクッキー貰ったって言ったじゃない」


いや、言ってない、もうないの? としか訊かれていない。


弓菜「ねえ、何なの、まさか毒じゃないわよね」


それはこの前も言ったな。


博士「毒なんかじゃねえが、あれは俺がションベンが固形になったら便利なんじゃないかと研究した薬で」


博士「結局ゲル状になるまでしか効果を高めさせられなかったやつだ」


弓菜「固形!」


歩「ゲルじょう」


博士「完成の暁にはもう小便と言う言葉はこの世からなくなると思っていた」


博士「それはもう『大尿』と呼ぶべきだろう」


博士「いまの効果じゃそれはせいぜい『中便』がいいとこだな」


弓菜「呼び方なんかどうでもいいわよ!」


さいですか。


弓菜「それより何でそんな変な薬つくるの!? 変態なの!?」


固いおしっこに萌える変態とか聞いたことないよ。レベル高すぎんぞ。


弓菜「私たちどうなっちゃうの!?」


博士「別にどうも。今のままでもなかなか便利だぞ、おしっこ漏らしても服が濡れないから気づかれないし後始末も楽だ」


弓菜「漏らすか!」


あ、これは殴られるパターンです。


もう手遅れかも知れませんが暴力系ヒロインは世の中に受けが悪いですよ。





その時


ザッザッザッザッ


表から何やら行進のような足音が聞こえてきた。


そして


だだだだだだだだ


家の中に乱入してきた。


博士「騎馬軍団!?」


居間を埋め尽くす兵と馬。意味わからん。


こら!馬糞すんな!


隊長らしき男があゆに向かって跪いて拳礼。


「我ら満洲八旗の精鋭、愛新覚羅歩内親王殿下のお召しにより参上いたしました」


歩「よくきた」


あゆが俺を指さす。


うすうす気づいてたけどやっぱこいつわりとヤバい家の子でした。


歩「こらしめて」


軍団が俺に向き直る。


隊長の号令!


「祝健康弟兄!壮揚兵馬!」


兵による復唱。


「ちょんやんぴゃんまあ!」


兵馬が殺到した。さすが満洲馬賊、昨日の銀行強盗など及びもつかぬ恐ろしさ。


モーゼル馬賊撃ちとかしやがるしな、考証がデタラメにもほどがある。




逃げ出すしかない、これはもう日常のラインを大幅に逸脱している。


事件的には全く何も解決してはいないがここはもう逃げ出してオチをつけたいと思う。


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時には少女の風を感じてみようか/尻からの 上宮将徳 @death_okan

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