12 怪傑マスク・ド・オナラ



何やってんだあいつ。もう助かるんだから大人しくしてろよ。


弓菜が俺の荷物を開けて何かを取り出した。


ありゃ例の薬じゃねえか、何でそんなもんを。


ペットボトルの蓋を開けてグイグイ飲む、グイグイやる、同時にお腹マッサージ。


そんなことしてどうすんだよ、やめろよ、また屁が出るだけだぞ。


そしてあゆに何かを耳打ちして尻をこちらに向けた体勢で床にうずくまった。


弓菜「うーっ、うーっ」


苦しそうに呻く。


弓菜「かふ……かは……」


音の出ないようにゲップ。


大丈夫かよ、どういうつもりなんだ。


そしてややあって


弓菜「いつでも」


と言った。


何らかのタイミングを見計らっていたのか、


歩「いま」


あゆが素早い動きで弓菜のスカートをめくりあげ、その下にあるパンツをずらす。横にずらす。いい感じで。


ラッキー! おしりラッキー!


でもないな、変態ですわ。


ぱァン!


爆裂音が響いた。


誰もが強盗が再び発砲したとしか思わなかった。


俺ですらそれがおそらく弓菜のオナラであろうということしかわからない。


この場で何が起こったのか正しく理解しているのは弓菜とあゆの二人だけ。


「がッ!」


呻いたのは俺に銃を突きつけていたデブだった。


どさり


糸が切れた人形のように膝からくずおれる。


チャンスだ。


気絶したデブの手から銃を奪う、低い姿勢のまま前転してソファの陰に隠れる。


ひょー、カッコイイ、咄嗟にしては我ながらいい動き。


「おいッ!」


マッチョが俺を目で追いながら倒れたデブに駆け寄った。


どうすっかな、コレ撃ってみるかな、できるかな。さてほほー。


手の中にはデブから奪った銃。


まあ正当防衛でいけるだろ、問題はあたるかどうかなんだが。


しかし俺の決断より早くマッチョの背中に向かって弓菜がダッシュした。


博士「おヤァ!」


オイ! と言おうとしたのか、やめろ! と言おうとしたのか我ながらヘンな叫び。


弓菜はそれを意に介さない、まっすぐにジャンプ。


人の迫る気配に気づいたマッチョが振り向くのとそれば同時だった。


フッ


ほぼ無音だった。


だが弓菜の飛び足刀は頭の動きにあわせて正確にその顎を射ぬいていた、のだろう。


その瞬間にはもうマッチョに意識はなかったと思う。


さらに着地と同時に後ろ回し蹴りにて追撃。


がいん!


くの字に折れ曲がった体がライナーで飛んでアンティーク風の柱時計に激突して止まった。


午後4時32分。


時計は破壊されて事件解決の時刻を永遠に刻み付けた。


充分の残心、そして


弓菜「うォッシャアァァァァァ!!」


覆面の勇者による勝利の咆哮。


ぶぉおッ!


ついでに尻でも咆哮。


弓菜「~~~~~ッ!!」


顔を隠してうずくまる弓菜。


大丈夫、顔はもう隠れてる。


しばらくの静寂があり、やがて大きな歓声とさらに大きな笑い声が上がった。


我に返った行員の男性陣の手によって意識のない強盗たちの体がぐるぐる巻きにされていく。


放心状態から立ち直るものが増えるにつれて周囲の動きが慌ただしくなっていった。


そして


弓菜「大丈夫!?」


俺のところにあゆと合流した弓菜が駆け寄ってくる。


ありがたい、我ながら情けないことに緊張の糸が切れたら体に力が入らない。さっきから足がガクガクということをきかなかった。。


ぎゅーっ


側に来るや否や左右の手で二人の頭を同時に抱きかかえ、側にあったソファにどすんと座り込む。


博士「助かった」


心からの安堵。


よかった。


こいつらが無事でほんとうによかった。


ぎゅうぎゅうと頭をかき抱いても二人はされるがままになってくれている。


歩「うん、よかった」


弓菜「博士、かっこよかった」


落ち着いてみればあの時弓菜たちが何をやったかは簡単に想像がついた。


弓菜が帰りにずっとゲップを連発していたのは膨張した腹部が胃を圧迫していたから、それは間違いない。


ただそれは超人的な我慢によるものではなく、晴夏先輩のところで肛門に栓のようなものを入れてもらっていたのだ。


それでは屁も出ないだろう。


溜まりに溜まったガス、そこに例の薬でさらにブーストをかけ、練り上げた屁のパワーでその栓を撃ち出したのだ。


そしてそれは過たずデブを撃ち抜いた、さながら暴徒鎮圧用のグレネードランチャーのように。


……尻鉄砲、とか名づけたら怒るだろうな。


照準をつけたのはあゆだろうが、一発必中とかこれもただごとではないな。


合体奥義オナラバズーカ、これでいくか。


……殴られるな。


犯人が無力化されたことが外に伝わり、わらわらと警官隊が突入してきた。


おかしなことになる前に二人のマスクを引っぺがしてポケットへ。


歩「むう、マスクに手をかけるのは反則」


博士「あとで返すよ」


……それはそうと、他にも訊かなければならないことがあった。


博士「弓菜、お前こんな強かったのか?」


弓菜「へ? 何言ってるの?」


心底不思議そうな顔をされた。


博士「あゆ、お前も知ってたのか?」


歩「はかせ、どうかした?頭うった?」


あゆまで反応がおかしいな。


博士「いやすごいだろう、さっきのビャーッ! っていってシャッ! ガイーン! ってやったのは」


常人離れした動きだったぞ。


博士「あの強盗ギュインギュインギュイーンってなってたぞ。ハラホロヒレハレ~って」


拙い表現で恐縮だが。しかもハラホロヒレハレ~とはしてなかったな。


弓菜「あれぐらいならいつもやってるじゃない」


博士「え?」


歩「はかせ、きおくそうしつ?きのうもなぐられてたし、きょうもなぐられた」


博士「え? ええ!?」


確かに殴られましたけど、横に跳んだり縦に潰れたりしましたけど。


博士「うぇぇえええええっ!?」


あれって実際殴られていたわけですか!何というか本質的な意味で!


ギャグとか漫画的表現とか、そういうわけではなかったんですか!


弓菜「博士、大丈夫、ほんとに大丈夫、病院つれて行こうか?」


歩「あゆ、はるか先生よんでくる」


ゆさゆさ


こりゃマジで心配されてるな。


博士「いや、いやいや大丈夫だ、問題ない、把握した」


ちょっとしたパラダイムシフトに頭がついていかなかっただけで。


理解した今でも納得はできてないんですけどね。


まさかこの世界がそんなふうにできていたとは。


博士「なんてこった」


俺はよろよろと立ちあがった。


何とか歩けそうなぐらいまでは回復している。


事件の舞台となったこの場所は未だに多くの人でごったがえしているが、できればこの場からはさっさと立ち去りたかった。


ぐずぐずすれば警察の事情聴取に付き合わされる羽目になる。


この疲れた状態でそれは御免蒙りたい。


博士「帰るぞ、肩かしてくれ」


歩「うん、貸す」


弓菜「しかたないわね」


俺たちは銀行を後にする。


「ちょっと待ってくれないか」


背後から警官が声をかけてくるが、


ばおおおおーん!


この日一番でかい弓菜のオナラがそれを遮る煙幕となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る