11 刺激的なゲップ



「君たちは完全に包囲されている」


程なくして外からの呼びかけが始まった。


「人質を解放しなさい」


こんな時になんだがこれってやっぱ本当に言うのな。


店の隅に20人ばかりの人質、それを監視するデブ、カウンターを隔てて中にマッチョと手伝わされる行員が一人。


どうやらマッチョの方がリーダーのようで何のかのとデブに指示を出している。


そのうちに内外の電話が繋がり、警察と強盗との交渉が開始されるが自分の現在置からはその内容までは聞き取りづらい。


地べたに座らされてすることもなくぼんやりとその様子を見ながら、ばかだなあ、と思う。


どれほどの事情があったのかは知らないが、銀行強盗などそんなに成功率の高い犯罪ではない。


つか、ほぼ0パーセントじゃないかなあ。映画じゃあるまいし。


しかも既にこの状況、おまえらもう逮捕確定だぜ。


人質を盾に脱出が許されるとは思えない。


しかもこれだけの人数、たった二人で管理できるわけがない。


罪を重ねるリスクを考えられる頭があればいずれは順番に、あるいは一斉に解放されるはずだ。


ただ追い詰められると破れかぶれで危害を加えられる恐れがある。


それだけは回避しないとな。


警察には上手に丸め込んでもらえるよう期待する。


こちらもなるべく犯人を刺激しないように努力するから。



…………



静寂の中アンティークを模した柱時計の音が良く聞こえる。


籠城が始まって一時間ばかりが経過したがあまり進展はない。


俺ならこの時間に人質の拘束ぐらいはしたかな、と思ったが別に教えてやるような義理もなく。


相変わらず何をやってるかまでは把握できないが、どうせ強盗たちの期待通りにはいっていない。


このまま自分だけならばそんなに心配する必要はなかった。


運不運に左右されることはどうしてもあるが、基本的には目立たなければいいのだ。


だがどうしてもこちらには目立つマスクマンがいる。


そりゃまあ気にはなるよな、イライラしてるなら特に。


マスクを脱がせるか、とも思うが、それをしたところでオナラまでは止められない。


あゆも先ほどから何とかスカそうと努力はしているようだが時折中ぐらいの音は漏れている。


周囲が静かなだけにその音はそれなりに響く。


歩「ごめん。おならヘタでごめん」


これまでオナラに上手下手があるとは考えたこともなかったが、この状況を考えるにオナラに上手下手はありました。


弓菜「げおっ」


弓菜はオナラ自体は我慢できているものの、おそらく腹部の膨張に胃が圧迫されてこちらはゲップが我慢しきれていない。


遅々として進展のない警察との交渉に憤りながら、強盗たちが忌々しそうにこちらを見る回数が増えている。


この状況で誰が何の恨み言を言えるわけでもないが、人質の中でも俺たちの孤立感が高まっていくのがわかる。


そして


弓菜「ぐぇぇぇぇぇぇップ」


涙目の弓菜が苦しそうにひときわ大きなゲップを漏らした。


貫録十分のオッサンのゲップ。略してオサゲップ。カロジブオゲップ。


慌てて口を押さえるがすでにやっちまった後だ。


同時にデブの我慢が決壊する。


「誰だ! いまゲップした奴ぁ!」


思いっきりデブの癇に障ったようだ。激昂しながら人質たちを伺う。


「出て来い!」


もちろん名乗り出るものは誰もいない、怯えたような周囲の目線は俺たちの方向に向けられる。


仕方ない。


博士「私です」


立ちあがって手を挙げる。即座に


「ざけんなコラァ!」


ドフッ


腹部を蹴られてすってんころりん。


だがある意味狙い通り。座ったままなら顔を蹴られていたと思う。


あとその可能性は低いとは読んだが銃を使われなくてよかった。


歩「だいじょうぶ?」


弓菜「ごめんなさい」


あゆに助け起こされ弓菜に謝られる。


いやいや、お前らがやられるところを見るよりはずっとましだから。自分のためですから。


博士「オエッ」


ちょっと吐き気。正直超いたいですけども。


弓菜「あいつら許さない」


博士「こら、妙な気を起こすな」


眼に炎が宿っている。頼むからそんな物騒なものは燃やさんでくれ。



…………



さらに30分ほどが経過。


「適当に人質を見繕え、脱出する」


マッチョがデブに命令した。


どうやら現金の奪取を諦めて逃走を決断したようだ。


おとなしく投降してくれれば良かったのだが。


人質を同行させれば逃げ切れる可能性はあるとみたか。


左右に100万円ずつポケットに入れたのがわりあいみみっちい。


「そのチビにしろ」


デブのチョイスを待たずマッチョがあゆに目をつけ指さした。


マスクを被った変な奴であるのは気になるだろうがそれを差し引いても、抵抗の危険性、連れて逃げる携帯性、総合的に考えれば妥当な判断である。


妥当ではあるが、勘弁してくれ。


博士「俺にしろ」


立ち上がる。


「黙ってろ!」


デブに殴られたがここで折れるわけにはいかない。倒れずに踏みとどまる。


博士「抵抗はしない、俺にしてくれ、頼む」


自己犠牲、と笑わば笑え。


あゆが、あるいは弓菜が自分より大事、などとは思わないが、あいつらがこんな目に遭うのがイヤだと思う気持ちがイヤなんだ。


デブの目を睨みつける。


「そいつでいい」


問答は面倒とマッチョが吐き捨てた。


それに従うデブの腕が首に回され頭に銃口が突きつけられた。


やべえ、怖え、これめっちゃ怖いわ。


デブの腋臭に突っ込む余裕もねえよ、ああワキガくせえ。


だがこれで二人の安全だけは確保された。


何か言おうとする二人に何も言うなと目で制する。


そのまま人質の集団から引き離され、ずるずると表の入り口の非常扉付近まで引きずられる。


どうやら表側から広い通りに出ることにしたらしい。


「おまえら、裏口から時間を空けて一人づつゆっくりと出ろ」


マッチョが俺以外の人質たちに命令する。


なるほど、少しでも裏側に注意を引きつけるつもりか、兵法でいうところの声東撃西の計、偽撃転殺の計。


それほど意味はないだろうが。


賈詡も言ってたからな


「偽撃転殺の計あらば虚誘掩殺の計ございます」


最初の一人が立ち上がり、安堵の表情で動き始めた。


位置関係から見て弓菜たちの順番は最後の方だがもう心配はないだろう。


と、その当の弓菜が何やらゴソゴソと動いているのがわかった。

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