10 さらにフラグ回収



ようやくATMの順番が回ってきた。


4台もあるのに結構待たされた。


ひとつは故障中。


ひとつは老婆がああでもないこうでもないと同じ操作を何度も繰り返しては失敗している。


さらにひとつは怖いおっさんが携帯電話に怒鳴り散らしながら連続で振り込み作業中。


ここのATMは振込作業を連続3回やれば「列の後ろに並びなおしてください」とメッセージが出るのだが、こんな怖いおっさんがそんなのを律儀に守るわけもなく。


これでは実質1台しかないのと同じだ。


やれやれと財布からキャッシュカードを取り出す。


混んでいるときは自分の番が来る前に準備しておくのは基本のマナーだ。


たまに機械の前に立ってからガサゴソとカードを探す人がいるがやめたほうがいいと思う。


式部「それでは私はこれで」


蒼依「失礼するッス」


花房兄妹が帰ろうとした瞬間、


パァン! パァァン!


立て続けに2発、銃声のような音が響いた。


スワ銀行強盗か! と周囲に戦慄が走る。


……スワ、とか今どき誰も言わんな。


びびびびーん


周りから一拍おいて気の毒なくらい飛び上がって硬直する式部さん。


この人ビビりの上にどんくさいな、驚くタイミング遅いよ。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、連れの屁です、平にご容赦ください」


心の中でだけ謝罪。


しばらく静かだったんだがな、こんな所でそんな物騒な音はマズかろう。


やるならもっとこう、ブーとやれ、ブーと。わかりやすいやつを。


クイズ番組のハズレ音などをイメージするといいかもしれない。


などとどうでもいいことを思っていたが、


「全員動くな!」


という怒声。遅れて


「キャーッ!」


といういくつかの悲鳴。


ジリリリリリリリ


防犯ベルの音。


え? 屁じゃないのん?


マジで? マジで銀行強盗?


同じ日にガス爆発と銀行強盗に巻き込まれるとかねえだろ、他にそんな奴がいたら見てみたいわ。


式部「あわわわわわ」


……目の前にいたな。


この人フラグの神様には恵まれてるけど基本的にはツイてない人だよな。


弓菜と歩を、できれば花房兄妹も連れて逃げようとしたが場所が悪かった。


もともと俺たちの後ろにはずらりと順番待ちの列があり、それが一斉に逃げようと出口に殺到して壁になっている。


ガラガラガラガラ


強盗が命令したのかそれともおのれで操作したのか店外に通じる全てのシャッターが一斉に閉まりはじめる。


博士「のわわっ! 急げ!」


とは言うものの人の壁は容易に捌けなかった。動きの遅い老人の割合が多い。


店の外に出た瞬間、


「あーやれやれ」


とばかりに立ち止まる奴までいる始末。


いるけども、そういう奴電車とかでたまにいるけども!


バカか! おまえらバカか!


スタートダッシュに出遅れなければ、と後悔したがあとの祭。


銃声をオナラだと思いこんでマジもんの銀行強盗だと気づくのが遅れたのは迂闊としかいいようがない。


ガラガラドンピシャリ


そしてシャッターは完全に閉じてしまった。


7割方の客は外に逃げ出せたが、俺たちを含め客、行員あわせて20人ほどが店内に取り残された。


しまったなあ、弓菜たちだけでも逃がせられたら良かったんだが。


「動くなと言っただろうが!」


強盗はどうやら二人組、デブとマッチョ。どちらも拳銃のようなものを持っている。


風貌を確認する。


マッチョはもちろんデブも怖い感じのデブだった。


……パンストではないのな。


帽子を目深に被るスタイルだった。


先ほどから単なるギャグで流すべきフラグのもろもろが回収されていたので先輩がパンスト話を振ったのも回収されるかと思ったのだがあれは特に伏線ではなかったようだ。


「おとなしくしてろ」


全員に威嚇しながらマッチョが言った。


博士「頼むからおとなしくしてくれ、屁もなるべくひかえめに」


俺からも小声で注意しておく。


歩「わかった」


ぷう


わかってないな。


歩「ちがう、わかってたけど出ただけ」


どういう抗議かいまいちよくわからん。


お前のそういうところは嫌いではないが今は非常事態だ、できるかぎり善処してくれ。


弓菜は無言、長らく我慢が続いている。


こっちはちゃんと空気読む子だがこれはこれで心配ではある。


時折苦しそうに表情を歪めるのが気になっている。


「こっちへ来い」


デブに拳銃を突きつけられ店内の人間が一ヶ所に集められる、おとなしく並んで店のすみっこに移動。


こんなデブに偉そうにされるのはむかっ腹がたつが、逆らってもあまりいいことはない。


「ぶー、ぶー、ブタのケツ」


心の中で幼稚な悪態をつく。


デブの前を通過するとき、人質の中にあからさまにおかしい二人がいるのが発見される。


さりげなく二人のブラインドになる位置に立ってはいるが完全に隠しきれるものではない。


博士「こいつら強盗の仲間じゃありませんから」


歩「ちがうよ」


ちょっと考えてから付け加える。


歩「人質だよ」


「わかっとるわ!」


怒鳴られた。ああこわいこわい。怖い人は怖いから嫌いなんだ。


このデブもゴハンいっぱい食べて


「もうたべられないデブ~」


とか言うようなタイプなら可愛げもあるのに。


しかしデブも絶賛強盗活動中なわけで、人質をまんべんなく見張らねばならないためこれ以上おかしなのにかかずらわってる暇はないようだ。


カウンターの中ではマッチョに急かされた行員たちの手によって多額の現金が準備されている。


できればさっさとそれを持って逃げていってもらいたいものだ。


だが期待も虚しくパトカーのサイレンが聞こえてきた。


「ポリスだ!」


強盗たちが焦りの色を見せるがまあそんなもんだろ。日本の警察わりに優秀。


でも来るの早いよ、逆にピンチだよ。


すでに包囲は始まっている。


強盗たちがどこかの三世ファミリーのように気球か複葉機などを用意しているようなら話は別だが、まさかそこまで準備がいいとは思えない。


どうやら強盗事件は強盗立てこもり事件になろうとしていた。

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