第25話 手を伸ばして

 朽ちたレンガ作りの通路を抜けた先、二人を待ち受けていたのは、生物の気配はなく一切の音の消え去った深き森。針のように突き出た木々に道を遮られる中をスレイは、エルを背負ったまま進み続ける。

 一定距離を進んでいくごとに二人にとって見覚えのある景色が広がり、親しき者たちの姿をした人型の怪物に襲われる。

 終わりのない地獄のような光景に体力よりも先に気力を削られていく。


「スレイさん、大丈夫ですか!?少し、休んだ方が…」


 スレイの腕に抱えられた少女は、焦りと疲れを感じさせる表情のまま歩き続けるスレイを心配そうに見つめる。


「休んでられないさ、この悪夢を終わらせるには術を構成している"なにか"を破壊しなくちゃいけない。起きたら同じ場所に戻される以上、あまり時間をかけていられない…」


「そう、ですね…一体この一本道はどこまで続くんでしょう?ずっと上りっ放しなのです」


「さて、そろそろ終わってくれるとありがたいが…っと、悪い。またやつらだ」


 敵の存在を感知したスレイは、一旦エルを地面に下ろすと人造聖剣の柄に手をかけ、迫ってくる人型の怪物に向けて駆け出していく。同時にスレイの姿を捉えた人型の怪物は、のろのろとした動きを止めると機敏な動きで迫るスレイに襲い掛かる。


 余力を残す程度の瞬発力を使い、自身の間合いまで踏み込んだスレイは、対象との距離を詰めると左のベルトに兼帯した人造聖剣の刀身を左手で鞘から引き抜き、体を捻る様に人型の怪物の攻撃を回避しながら、自身のよく知る人間の姿を借りた人型の怪物を最速の一太刀で切り捨てる。

 

「それじゃ、行こうかエル」


「はい…。あんまり無理しないでくださいね」


 人造聖剣を鞘に収め、再びエルを背負って歩き出したスレイ。

 スレイにとっては、それなりの敵ではあるがエルを連れていては、戦闘もままならない。複数での乱戦など以ての外。人造聖剣が内包した強力な力では、エルと共に行動している限り、彼女にも人造聖剣の被害が及ぶ。

 そのような状況が何度も続けば、流石のスレイも体力も気力も限界が訪れる。


「ス、スレイさん!?」


 膝を付くスレイに慌てたエルが立ち上がろうとするが、震えた体では自身を支えることもできない。


「なんか、出口っぽいのが見えてきたわけだが…少しだけ休んだら先に進もうか」


「スレイさんにずっと戦闘も移動もまかせっきりなのです…脚を引っ張って、ごめんなさい」


 小さく頭を下げるエルの頭を優しく撫でると、


「人造聖剣を扱えるのが、俺しかいないからそこはしょうがないさ。……なにより、君のお姉さんのリーザロッテに頼まれているし、エリナには呆れながらも送り出して貰ったんだから、せめて二人の意思には応えないと」


 朽ち果てた建物のスキマから抜けてきた冷気が二人の体を包み込み、体温を奪っていく。エルは何を思ったのか壁を背にして座り込んだスレイの体に収まるように座り込み、彼女は背中を預けた。




「スレイさん、もしよければスレイさんのお話をしてくれませんか?…こんな場所ですし気分転換にお話しましょうです」


「…どんな話をしてほしいんだ?」


 スレイは、無防備に背中を預けながら暖をとる少女の提案にほんの少しだけ考え込み、それを了承する。


「スレイさんの家族は、どんな感じの家族だったのでしょう?」


 その質問にスレイは、苦笑してしまう。元の世界ではいざ知らず、この世界で生きるスレイという人間に家族はいない。


「俺には……いや、そうだな。家族は父親が一人。幼いころに母を亡くしてからは不器用ながら男手一つで育ててくれた。本当は実の父ではなく、父の友人の息子を引き取って育てられた養子という話を聞かされたときには、流石に驚いたけどな」


「えっと…聞いちゃまずかったお話なのですか…?」


 不安げな表情を見せるエルに首を振りながら、流星は語り続ける。


「最初の始まりは、父の友人だった夫妻が、父の家に遊びに来る途中で事故にあったことがきっかけだった。……彼らは、駆け落ち同然で結婚した為に実家からも勘当された身。唯一生き残った俺は、孤児院に送られる筈だったが、子宝に恵まれなかった今の両親が色々な手続きを済ませて、引き取ってくれたんだ」


 自身の過去を語りだした流星は、人型の怪物の見せる幻覚で、想像以上に心が参っていたこと改めて認識して苦笑いを見せる。穏やかな時間を提供してくれる少女に感謝の言葉を心の中で送る。


「そのお父さんは、今どうしてるんですか?」


「俺が成人を迎えた一週間後にパッタリ逝った。最後の親孝行として、酒が飲めたことが手向けになったか分からないが、父親は笑って逝ってたよ。最後に家族の話なんてしたのは、いつ振りだろうな……あの子以来か」


 どこか哀愁漂わせながら遠くを見るスレイの表情。エルは、きっとお父さんは幸せだったんだと思いますと小さく呟いて、


「こ、恋人とか、いるのですか?隣にいたエルフのエリナさんとか」


 エルは、話題を変えようと質問を続けるが、慌てるあまり自分でもまったく思ってもいなかった内容に変わってしまう。そんな初心な年頃の少女の姿にスレイは、首を振って応える。


「いた事はあるし、それなりに経験は積んできたつもりだったんだけど、今はいない。…エリナ?彼女とは、媚薬飲んで一夜を明かしたな」


 その時のことを思い出して、途中から冗談のような口調で語るスレイ。

 エルは、顔をほんのりと赤く染めて、詳細を聞き出そうとする。


「媚薬を飲んで…?えっと、それってやっぱり」


「いやぁー…そういうことはなかった。人間不信のエリナが、村の為に彼女の父親に教えてもらった方法で手を出さなかったら勝ちという賭けに出たら、不幸な事故で危うく死にかけただけの笑い話」


 思っても見ない方向に話が飛んでいき、エルは困惑しながら自身も疑問に思っていた質問を口にする。


「スレイさんは、どうして誰かの為に自分を追い込めることができるのですか?」


 暫しの沈黙の後、神妙な面持ちの流星は白い息を吐きながら言葉を紡いだ。


「……こんな方法でしか、世界に自分を還元できないからじゃないのか?本当は、他の道を選べる選択肢はあった筈なんだが、どうしてこんな場所に来てしまったんだろうな」


 朽ち果てた建物の切れ目から露出した月明かりに照らされ、どこか儚げな表情を見せるスレイ。荒れたスキマ風で遠くまで飛んでいきそうな気がしたエルは、小さな手で彼の手を握り締めながらスレイと顔を合わせる。


 その碧眼が何を伝えようとしているのか分からなかったスレイは、少女と同じように話題を変えることにした。


「せっかくだから、君とリーザロッテの…家族の話も教えてくれないか?」


 突然のスレイの提案に驚いたエルだったが、気を取り直すと明るい表情で自分の家族の事を語り始める。


「学術都市で生まれ育った姉妹で、両親とおじぃの五人家族。おじぃが、学園長。おとうさんとおねえさんは、学園の先生。おかあさんは、学食を切り盛りしているのです」


「凄まじいエリート家族だな…」


「おかあさんが唯一、魔術師じゃないのですが、私以外の家族全員料理が下手で…おかあさんと私がいなかったら家から調理場がなくなります!」


 エルの思わぬ身内の暴露にスレイは苦笑する。

 リーザロッテは、家庭的に見えていたが見た目は当てにならないというのは、本当のようだ。


「特におねえちゃんは、見た目は綺麗なのに自分の部屋はすぐに散らかっていって、料理もできないズボラちゃんなのです!」


「随分な言われようだな。もしかして、かなり苦労してるのか?」


「朝が苦手な余り、着替えも碌にこなせないから私が手伝っているんですよ!見た目は、綺麗な上に研究者としても憂愁なのに中身がダメダメですよねー…後、会談でよくコケて涙目でぐぬぬーってやってるんですよ」


 夢中で家族の事を語り始めた少女の話をBGMにスレイは、瞼を閉じて全身の力を抜くと失った気力の回復に努める。

 

「それでですね、おねえちゃんったら、私にはエルちゃんがいるからお婿さんなんていらなーいっとか学内の男の子が見たら、興奮して鼻血を出すような格好で言うんですよ…」


「普段は敬語ですけど、ちょっと仲良くなるとすぐ過剰なスキンシップを取ってきてヴァイスさんがこっちにいた頃は、よく周りの男性に嫉妬を浴びてたんですよー。もっとも、おねえちゃんはヴァイスさんに気がなくて、ヴァイスさんは、共和国に存在するギルドの長になったカレンちゃんにゾッコンだから飛んだトバッチリだー!って叫んで逃げ回ってたのです」


「…あれ、スレイさん?」


 少女の声にゆっくりと瞼を開いたスレイは、周囲に意識を向けると白い息を吐き出した。


「…ぁ、あぁ…?ボーッとしてた」


「見張りは私がするので、ゆっくり休んでてください!これくらいしかできることがないのですが…がんばります」


「いや、十分休んだ。そろそろ行こうか」


 ゆっくりと立ち上がり、再度少女を背負おうとしたが、自分で歩けるから大丈夫と譲らず、スレイの隣を歩き出した。なるべく、足を引っ張らないようにする健気な少女の姿。スレイは、傍から見ると自分もあぁ見えているのかと苦笑しながら、未だに足元がふらついているエルの身体を支える。


「うぅ…大丈夫って言ったのに」


「足元ふらついたまま言うことではありません。ほら、扉を開くぞ」


 スレイは、目の前に閉ざされた扉の閂を外すとゆっくりと扉を開いて、埃の積もった石作りの階段をエルと上がっていく。階段を上りきった二人は、そこで思わず息を呑んだ。

 地上が霞む程の大きさを誇る巨大な塔の屋上。ドラゴンが着陸しても余裕のありそうな広い空間には、巨大な魔方陣とそれを動かす巨大魔力炉心が鎮座されている。いうなれば、ここがこの悪夢の終点。


「あんな巨大な魔力炉心、初めて見ました…」


「ドラゴンの心臓でもつなぎ合わせて作ってるのか?」


 魔力炉心とよばれる代物は、建物に魔力を供給するエンジンのようなもの。

 魔物の素材を基に製造されており、そのサイズが大きい程、その恩恵も得る事ができる。だが、サイズが大きくなる程に相応の対価、魔石と呼ばれる魔物や自然から精製される素材が必要となる。

 二人の目の前にある魔力炉心には、通常の魔力炉心を遥かに越える一軒屋程の大きさのものが設置されている。王城に設置されていたサイズ並みの大きさを誇るそれは、見るものを圧倒する。


「魔力炉心にさっきの人型の怪物が群がってます!!」


 魔力炉心を取り囲むように口からドス黒い煙を吐き続けながら、魔術炉心が動かしている本来の術式を乱す怪物。その数は、五匹と少ないが、道中に遭遇した魔物よりも遥かに体格のいい固体。

 異物の存在に気が付いたのか、人間を軽く超越した身体能力で宙に舞い、二人を取り囲むように移動すると肌を突き刺す殺気を放ちながら戦闘態勢に移る。


「スレイさん…!」


「エル、魔力炉心の傍にいれば人造聖剣の影響も少ない筈だ。…後、いざとなれば切り札も使うさ」


 口元で軽く指を立てながら、不敵に笑うスレイに大きく返事を返したエルは、身体に鞭を打つように走り出す。



 五匹の怪物は、エルを狙って駆け出すが、それを許すスレイではない。

 時間差で飛び掛る怪物に牽制に三本のスローイングダガーを投合すると同時に人造聖剣で引き抜き、一閃する。

 同時に宙を舞ったままの両断された肉体を足場に二匹目の怪物に剣を振るうが、片腕を奪うだけに留まる。


 スレイが着地した瞬間を狙い、再度攻撃を仕掛けた片腕を奪われた固体。

 猛獣の爪を模したかのような形状の鉤爪をスレイの背中に着き立てようとするが、人造聖剣で伸ばした腕を払われ、顔面へ人造聖剣の柄を叩き付けられながら胴体を切り捨てられる。


「せめて、槍なら一撃で仕留められたってのに!」


 人造聖剣の影響を受けたのか、魔力炉心に辿り着くまでに消耗したエルに迫る二匹の怪物。足止めに残された一匹の繰り出した鉤爪を人造聖剣の鞘で受け止め、掬い上げるように両腕を一閃する。

 そのまま、怪物を足場にエルの元にまで駆け出すが、彼女と開いた距離が埋まらず、スレイの速さをもってしても間に合わない。

 瞼を閉じるエルと叫ぶスレイ。

 時間が静止する。





 眩い閃光が走り、ただ静寂残された。

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異世界に取り残されたら YU! @cui

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