第24話 幻覚
「くっそ…こっちもアレがいるのか」
落ち着きを取り戻したスレイとエルは、再度下水路内に作られた収容施設の探索を再開した。
しかし、下水路に併設されたこの施設は、通路が開けた構造である為、隠れながら進むことも困難な場所。通路を人型の化け物に塞がれる事も多々。内部の探索は、一向に進んでいない。
「どうしましましょう…?このままだとぜんぜん先に進めません…」
腕の中で不安げな声を出すエルの頭を優しく撫でながら、スレイは化け物の周囲を見渡しながら素早く状況を確認する。正面や背後、そのどちらも囲まれている状況。
「あいつら、攻撃は利かないって聞いたけど行動不能には出来るんじゃないか…?」
身動きの取れない状況に苛立ったスレイは、強行な行動に出ようと聖剣の柄に手を伸ばす。
「魔法も聞いてないようでしたし、そもそも打撃攻撃も怯まずに襲い掛かってくる相手ですよ?聖剣を所持しているとしても、攻撃が通らないかもしれないのに危険ですよ…」
「だよなぁ。護衛対象が居るのにそんな無茶な事を犯すわけにもいかない…なんというかジレンマとでもいうべきか」
「あの、かわりに音を使って誘導とかできませんかね!ここは岩場ですし石ころは沢山ありますよ!」
少女の指を指した先にある岩肌が欠けてできた石ころ。
ずいぶんと古典的な方法ではあるが、試してみる価値はあるだろうと判断したスレイは、いくつかの小石を拾い、化け物が徘徊し続けている通路の少し先に向かって投合した。
すると、飛んできた石に目をくれる事もなく、石のたてた音に反応した化け物は、ゆっくりと移動を始めていく。
少女のアイデアで道が開けた事にスレイは、静かに歓声を漏らす。
「まさか、本当にこんな単純な方法で道が開けるなんて…思ってたよりもずっと反射的に行動するタイプみたいなのですね」
「通路に響いた音には反応するが、牢屋の中からの音には反応する気配がない所を見るとある程度、命令に従うが応用が利かないタイプってところだな」
石を使って気を逸らし続ける事で、化け物が集中的に徘徊していたルートを通り抜けて先に進んでいく。
先に進むに連れて、淀んだ空気にも少しずつ変化がみられる。例えるなら、より新鮮みや透明感のある済んだ空気。
「スレイさん、済んだ空気が流れ込んできているってことは、この先に出口があるんですかね…?」
「いや、そうとは限らないぞ…存外、建物の中に繋がっているパターンかもしれない」
先の見えない不安に駆られるエルの手を引いて、歩き続けると二人の前に階段が姿を現す。階段にたまっている埃を見る辺り頻繁に使われている通路のようだ。
スレイは、エルを抱きかかえると足音を極力殺しながら一歩一歩丁寧に歩を進めていく。時節吹き込む冷たい冷気が二人の体温と気力を確実に奪っていく。
頭を軽く振って、この先にある存在に対しての不安を振り払う。意識を集中しなおしたスレイは、少しだけ息を吐き出して階段を上りきり、僅かに出来た物陰にエルを押し込むように隠しながら、周囲の様子を慎重に確認する。
急ごしらえのドアを慎重に開くと、荒れた風が隙間を吹き抜ける年季の入った建物の内部。明らかにこの世界の建物の内部構造ではない光景に思わず、唖然とするスレイ。
朽ち果てていても見間違う事のないスレイの元居た世界のオフィスビルとなんら変わらない内部構造をした建物。スレイが働いていた会社のビルが彼の目の前に広がっている。通路には、自身の知る親しい友人達や共にこの世界に呼び出された戦友、彼女まで全身をボロボロにしながら、存在している。
「これは、なんの冗談だ?」
動揺して後退りしてしまうスレイ。
目の前に自身のよく知る光景や人物が現れれば混乱もする。
全身に傷を負い、欠損までしている彼らの姿は、B級映画に出てくるアンデット。
親しい人物のそんな姿を見てしまえば、混乱もしてしまう。
「スレイさんどうしたのですか…?」
エルは、困惑しながら扉から離れていくスレイを心配して声を掛けながら扉の外の様子をのぞき込む。
彼女は驚いたように口を押さえ、小さく呟いた。
「ここ、ローエン・クラスティア・ベルーゼ魔術学園の中ですよ!?いったいなんで、こんなに朽ち果てて…それにおねえちゃんまで…!?」
「ちょっと待ってくれないか。エルには、ローエン…魔術学園が見えているのか?」
スレイは、飛び出しそうなエルの小さな肩を掴むと少女を引き寄せながら、身体を屈めて、顔と顔が触れそうな距離で視線を合わせる。
突然の行動に思わず小さな声を上げるエルであったが、表情に変化させたスレイに彼女も顔を赤くしながらも落ち着きを取り戻した。
「私に見えているのは、ローエン・クラスティア・ベルーゼ魔術学園で間違いないのです。この光景は、私のよく知る魔術学園の中です…とっても朽ちてますけど」
朽ちたオフィスビルの中を見ているスレイと朽ちたローエン・クラスティア・ベルーゼ魔術学園の内部を見せられているエル。
すぐさま、それぞれ違う幻想を見せられていると判断したスレイは、やや衝動的に人工聖剣の柄に右手を伸ばす。
そのまま人造聖剣の柄を握り締めると、左手で鞘を握り締めて、人造聖剣を引き抜く。
仄暗い輝きを放つ刀身が晒され、スレイは思わず目を奪われかけるが、すぐさま我に返りドアの外に人造聖剣を突き立てる。
同時に扉を閉めきり、エルの身体を覆いながら少しでも人造聖剣の影響を守る姿勢をとる。
もっとも、何処まで効果があるか分からない行動ではあったが、大気中の魔素の影響を受けない身体を盾にすれば、エルにかかる負担は幾分マシだろうとスレイは判断しての行動。身悶えるエルに謝罪をしながら、
「あの剣、本当に効果が出ているかが怪しいが…エル、大丈夫か?」
「えっ、とそれなら…多分なんっ…ですけど、引き抜いたときに私の魔素が未だに引っ張られっ…ううっ…る感覚があっ…たので…まだ、大丈夫なの……です」
息も絶え絶えに会話を続けるエル。
彼女の尋常ではない様子に慌てて彼女から離れたスレイは、周囲を気にする暇もなくドアを開け放ち仄暗い輝きを放ち続ける人造聖剣を鞘に収める。
「エル、大丈夫か?…って、大丈夫そうじゃなさそうだな」
スレイは、エルに駆け寄り彼女のふらつく身体を片手で支えながら、周囲を見渡す。そこには、すでに朽ちたビルオフィスやローエン・クラスティア・ベルーゼ魔術学園の幻想は消え去り、荒れたスキマ風の吹く朽ちたレンガ作りの通路が姿を現している。
「どうやら、地下を抜けた先に自分たちに馴染みの深い建物と人物を見せて動揺を誘うトラップだったようだな」
「そう、みたいですね。よかった、おねえちゃんがあんなことにされてるのが現実じゃなくて…」
後半の呟くような声にスレイは、苦笑いをしながら過剰に魔素を消費した為に身動きの取れなくなったエルの身体を抱きかかえる。
「…悪夢の中で現実とか非現実とかっていうのも変な話だけどな」
「えへへっ…そうですよね」
地下に居た正体不明の化け物と同系の生物は、人造聖剣に魔素を喰われて完全に行動不能になっている。
呪詛の作り出した悪夢の中でも人造聖剣の性能が発揮され、正体不明の化け物にも攻撃が通用するという証明になったが、エルの体調を考えると同じ運用はできそうもない。
「すまない…人造聖剣の性能が予想以上だった」
「いいんです。こうしてその…恥ずかしいですけど、抱えてもらえるのってなんか安心できるなーっと…思ってたところなのです」
無垢な笑顔をスレイに向けるエル。
不意打ち気味に笑顔を至近距離でぶつけられてしまったスレイは、思わずばつが悪くなり顔を逸らした。
感情的に行動した結果、彼女に迷惑を掛けてしまったというのに笑顔を向けられては、言葉もない。
「スレイさん、顔赤いですけど…」
「気のせいだ。気のせーい。ほら、後ろの警戒頼むぞ」
穏やかな時間の中、人造聖剣で切り開いた通路をスレイはゆっくりと歩き出した。
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