最終話
もういつでも発射できるのだろうが、シノはデータの入ったメモリを持っている。さっさと船にセットしなくていいのだろうかと思った。
「さぁ、いよいよ発射だよ。でも、その前にメモリの中の音楽の起動実験を行っておこうと思ってね」
「今までやってなかったのか」
「ああ、まぁ、星中の衛生にデータを送るだけだからね。テストの必要もあんまりないものなんだけど。なんというか、協力してくれた皆に一応聞いてもらおうかと思ってね」
「でも、音楽といっても私たちに聞こえない音域なんだろう」
「まぁ、気分だよ気分。一応僕らが命懸けで守って、試行錯誤してまさに使おうとしているもの実態ぐらい知りたいだろう」
「まぁ、それはそうだけどな」
船のハッチが開き、その中にあるコンソールにシノはメモリをセットした。船には最悪の場合単独で音楽を流せるようにスピーカーが取り付けられている。シノいわく使う機会があってもほとんど効果が無く飾り程度のものでしかないらしいが。とにかく、そこから音楽をながそうということらしい。
「よし、セット完了だ。流すぞ」
シノはキーを押す。すると、なにか実に微かに感じられた。本当に感じられるかどうかという程度のわずかなもので、音と言っていいのかも良くわからないほどだ。なにかこすれるような、甲高いような音が聞こえる気がする。少なくとも私たちにはまったく音楽とは思えなかった。要するに聞いても良くわからないものだった。
「何が何やら分からんな」
「でも、事前にドゥの持っていたナノマシンで効果は実証済みだよ。これは確かにナノマシンの機能を停止させる音楽なんだ」
「これがそうなのか。なんかたまにかすれた音が聞こえる気がするくらいだがな」
音楽の再生時間は4分ちょっとだった。それでナノマシンの昨日は完全に停止するらしい。4分ちょっとといえば今時の音楽の一曲分ぐらいだ。これで星の社会を変えられるとはにわかには実感が沸かない話だ。そして、やがて4分経ち曲は終りを迎えた。
「よしこんなものか。お付き合いいただきありがとう。そしてここまで協力してくれて本当にありがとう」
シノは一礼した。
「何言ってんだ。本番はここからだろうが」
「そうだね。やってくるよ」
シノの顔は険しいわけでもなく、さりとて緩んでいるわけでもなく、程よい緊張感と決意に満ちていた。私はこんな顔をする人にはこの先そうそうお目にかかれないだろうと思った。と、船の中のコンソールになにか表示されていた。
「シノさん、中で何か表示されてますけど」
「え? なんだろう。ま、まさか一回限りでデータが消えるんじゃないだろうな・・・・」
シノは久々に弱々しい口調で言い、船の中に入っていく。私たちも恐る恐る続いた。しかし、
モニターに表示されていたのは警告文ではなくメッセージだった。そこにはこう書かれていた。
『愛するシノ君へ
今は多分確認のために再生しただだけだと思います。
でも、船を完成させてくれたということは私の頼みを聞いてくれて、それで今から行動を起こすところだと思います。
本当にありがとう。
そして、もしシノくんに協力してくれた人たちがいたなら、その方たちにも心からの感謝を。
私の独りよがりに付き合って、危険を承知でここまでしてくれて、本当にありがとうございます。
そしてここからが本番です。シノ君あとはお願いします。
願わくは私たちの行動が良い結果を生みますように
ナグより』
「彼女さんも律儀だな。この前の映像といい、こんなにメッセージを残して」
「彼女なりの気遣いと謝罪とだよ。いっつも明るいように見えて内心気弱なやつだったからな」
シノは「やれやれ」と息を漏らした。それはシノの彼女さんに対する親愛がこもっているため息だった。彼女さんからも感謝されるとなんだか人のためになることをしたのだなという実感が沸いてきた。そして、最後にあったように、シノの行動がいい結果を生むことを願わずにはいられなかった。
「さぁ、ならいよいよ出発だ」
私たちとここに残るもうひとりの黒服は船から出る。シノたちも船から出てきた。
「本当に世話になった」
「大したことはしてない。気にするな」
私たちは黒服の一人とシノと握手を交わす。多分正真正銘これが最後だ。たった半年の付き合いだったが、なんだか随分昔からの知り合いような気がした。少し目がうるんだのを感じた。
「シノさん。いよいよとなって弱腰になったりしないでくださいよ」
「当たり前だよ。もう昔の僕とは違うんだ」
「どうだかな。いざとなったらあんたがやってやってくれよ」
「了解しました」
黒服の一人は苦笑いを浮かべていた。
シノと黒服としっかりと挨拶をかわすとツグミさんはドゥに顔を向けた。
「最後の最後で妙な気を起こすなよ」
「分かっていますよ。もうそんな気もありません」
ドゥは素っ気無く言った。
「なんだかんだ手伝ってくれて助かった。ありがとう」
シノが言った。ドゥはしばらく黙っていた。そして口を開いた。
「こちらこそ、いろいろ世話をしてくださって助かりました」
それがいつもの演技のような言葉だったのか、本心だったのか平坦な口調からは読み取れなかった。
「ドゥ、お前はいつか『心』の謎を解けると思うぞ」
「ふん。気休め程度に聞いておきます」
「最後まで愛想のないやつだ」
ツグミさんは忌々しげに言った。
「本当にいろいろあったな。最初、会った時はただのダメ人間だと思ったが、お前は良くやってたよシノ。きっと大丈夫だ」
「こっちも、はじめはなんだかいい加減な奴らだと思ったよ。けど、本当にここまで来れたのも君たちのおかげだ。ありがとう。しっかりやってくるよ」
そしていよいよ、シノたちは船に乗り込んだ。私たちは手を振る。シノの姿を目に焼き付けておいた。小太りでうだつの上がらない見た目の私たちの友人の姿を。
「さようなら、お元気で」
「成功を祈っているぞ。しっかりやれ」
「ああ、君たちも元気でな」
そしてハッチは閉じた。私たちは船から離れる。船はブースターを使うことなく静かに浮かび上がった。そして、バチバチをその表面に火花を起こし始めた。そしてその火花の勢いがどんどん増していき、これ以上ないほどに達した時、強烈な閃光が発生した。私たちはたまらず目を覆いそれを防いだ。そして、目隠しを外し、前を見るともう船は跡形もなく消えていた。
「ワープ、成功じたみたいですね」
「ああ、今頃はもう宇宙だ」
私たちは空を見上げる。少し半れたところにいる黒服さんも見上げていた。あるのは札自慰的な日光が輝く快晴の青空で、宇宙船など見えるはずもなかった。それでもしばらく私たちは空を見上げていた。
「行ってしまったんですね」
「ああ、もう行ってしまった。あいつらならやるさ」
「そうですよね」
シノたちなら無事に事を成し遂げるだろう。そのあとの結果までは分からないが、私は全てがうまくいくようにと願った。そして、そう思いながらまた空を見上げ続けた。そして、しばらく見上げて、それとなく気になっていた疑問を口にした。
「そういえば、ツグミさんの故郷の星はどんなところなんですか。確かその星が住めなくなって、代わりの星を探しているのがオリオン船団なんですよね。私はそのオリオンっていうのも良く分からないんですが」
「ああ、オリオンっていうのは私たちの惑星系がある銀河の腕の通称だ。もちろん私の星の言葉でな、神様の名前なのさ。私の故郷は地球と言ってな。何から何までこの星の生き写しのような星だ。始めこの星を見つけた時は船団中騒然としたものさ。『結局地球に戻ってきたのか』なんて真顔で言う奴もいたほどだ」
「本当ですか。すごい偶然もあるものですね」
「ああ、宇宙は本当に広いよ。っと」
ツグミさんは大きく伸びをして息を吐き出した。
「さぁ、帰ろう。お祝いでもするか。合成じゃない牛肉のステーキでも作ろう」
「それはすごい! 天然牛肉なんて何年ぶりか分かりませんよ」
天然の肉それも牛のものとなるとすさまじい贅沢品だ。牛の牧場なんてもうかぞえるほどしかないのだ。基本的に高級レストランでしかお目にかかれない。専門の肉屋に行けばあるだろうが家庭で並ぶことなど滅多にないのだ。私たちは駅に向かって歩き始める。
「にしてもあついなぁ。この日差しは」
「ええ、日陰から出ると一気に汗が出ますね」
海風が涼しいといっても気温は高いのだ。暑いは暑い。雲一つない空は日差しが遮られることもなく砂浜をフライパンのように熱している。あの空の向こうで今シノたちが、あの太陽のはるか向こうある星に向かっている。
私たちの日常の外で、私たちの知らない世界が広がっている。世界は私たちが知らないことさえ知らないことで満ちている。
ギャラクティカ 鴎 @kamome008
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