2514

よだか

2514

――凄惨だった。

 凄惨というより他なかった。


 西暦2514年。

 それが本当に2514年だったのかは分からない。

 人が暦を数えていたのは2514年までだった。その年を境に人は暦だけでなく、何もかも数えることを止めてしまった。

 なぜそうなってしまったのか、それが必然だったのか、偶然だったのか、自然なことだったのかはもう誰にも分からなかった。


 空は分厚く重い蓋の様な雲に一日中覆われ、大気には逃げ場をなくした陰惨な気配が飽和していた。

 血と泥の混じった大地には痩せ細った木が植わっていた。肉で出来たその木は鉄の枝を伸ばし、熟した果実が皮を破り大地に実をぶちまけていた。

 時折、通りがかった人はその木を見つけると地面に這いつくばって泥と共に熟れた実を啜り空腹をしのいでいた。


 世界はもう意味を持たなかった。

 命は生きているのではなく、死んでいないだけだった。その存在は限りなく薄まり、そこに価値を見出すことはできそうにもない。

 それでもなお、人々が死ななかったのは待っていたからだ。


 今宵、千年に一度の夜が訪れるのを。


 朝が卒去した後、世界の器は満たされる。全ては赦され、再びその意味を取り戻す。そして人々は新しい数字を数えだすのだ。

 誰に言われたわけでもなく、啓示を受けたわけでもない。しかし、人々は皆それを知っていた。


 死んだ朝の中で希望が生まれた。

 人々は希望により添い、始まりの喜びにむせび泣いた。狂気とも悲哀ともつかぬ嗚咽を漏らしながら。

 それから人々はおもむろに希望に喰らいついた。

 無垢な希望は柔らかな身を引きちぎられ、肉を抉えぐられていく。

 人々は溢れ滴る血を舐め、臓物を頬張り、骨を噛み砕き、一心不乱に貪った。

 一晩中、休むことなく咀嚼音が世界に鳴り響き、人々は踊り狂うように希望を喰いつくした。


 夜が明けて、人々は原形を留めない希望の前でまた泣いた。


 世界は凄惨だった。

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2514 よだか @A1_eiichi

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