第11話 決心

俺はマンションの裏手でようやくキアに追いついた。

日暮れだからもう人はいない。

俺はためらってから、キアを呼び止めた。

「待てよ、どこに行くんだよ?」

とたんにキアはぎょっと飛び上がって振り向いた。

「い、いくらユーイチが魔王のついでも、私には殺せない! 竜を呼んで、この世界から別の世界へ行くのだ……!」

と弁解するように言う。

「別の世界で魔王の対を倒そうって言うのか。でも、それはダメだ。そんなことをされたら、すべての世界の魔王のついは消滅する。この俺だって、やっぱり死んでしまうんだ。同じことなんだよ」

キアは青ざめた。そこまでは思い至っていなかったんだ。また泣きそうな顔になってうなだれる。

俺は静かに言い続けた。

「キア、母さんをここに連れてきてくれないか? 俺はここで待ってるからさ」

キアは不思議そうに俺を見たが、俺が繰り返すと、「わかった」とマンションに駆けていった。

俺はちょっと笑った。

遊歩道の花壇の隅にはクローバーの群れ。

街灯の明かりに浮かぶ白い花を、俺はかがんで摘み始めた――。


やがて、母さんがキアと駆けつけてきた。俺を見るなり、真っ青になって言う。

「ちょっと、雄一! 何をするつもりなの!? まさか――!」

母さんが俺に飛びつこうとしたので、俺は苦笑いで後ずさった。

「やだな、母さん。なに早とちりしてるんだよ。俺、魔王を倒すために自殺なんかしないぜ。いくらそれで世界が救われるって言われたって、死ぬのはやっぱり嫌だもんな。だからさ――俺、キアと一緒にキアの世界へ行くことにするよ。俺があっちへ行けば、魔王はこっちの世界に飛ばされてくる。俺たちの世界に魔法はないけど、代わりにものすごい科学力があるもんな。きっと魔王の暴走を止められるだろう? そうなれば、みんな助かるんだ。あっちの世界でも、こっちの世界でも」

そして、俺は作ったばかりのクローバーの花輪を母さんに渡した。

「ちょっと早いけど、母の日のプレゼントだよ。昔も母さんに贈ったよな。へったくそな字のカードと一緒に。今日はカードは間に合わないから、花輪だけでごめんな」

驚いていた母さんが、真剣な表情になった。

「本気なのね、雄一――。それでいいのね?」

「うん。それに、もう戻れないと決まったわけじゃないもんな。あっちが落ち着いたら、帰ってくる方法を探すからさ。それまで、淋しくても泣くなよ、母さん」

とたんに母さんが笑った。

「一人前なことを言うようになったわね、青少年――。いいわ、行ってらっしゃい。体に気をつけるのよ」

笑顔が淋しそうな顔になったけど、母さんはとうとう泣かなかった。


「ありがとう」

とキアは言って、ペンダントを引き出した。

二枚残っていた竜の手を俺と一枚ずつはずし、俺と手をつないで空へ叫ぶ。

「来い、竜よ! 私たちをドリゴ王国へ連れていってくれ!」

とたんに、俺たちの頭上に赤い竜が現れた。

周囲の世界が歪んでぼやける。

母さんの姿も消えていく。

ただ、キアだけが俺の隣にいる。


すると、母さんの声が聞こえてきた。

「あら、魔王ってどんなに恐ろしいヤツかと思ったら。そうね、雄一のついなんだもの、まだ十六歳なのね。あなたは美紀さんね。おうちの人が心配してるわよ、早く帰りなさい。ああ、魔王くん、呪文を唱えたって無駄よ。この世界では魔法はまったく効かないわ。この世界でのたれ死にしたくなかったら、私の言うことをちゃんと聞きなさい」

きびきびした声は変わらない。

うん、母さんなら大丈夫だ。魔王のことだって、きっと改心させられる。


すると、キアが行く手を指さした。

「見えてきたぞ。あれがドリゴ王国だ!」

俺たちの前に、明るい光が広がり始めていた――。


(完)

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竜を呼ぶ女騎士 朝倉玲 @ley_asakura

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