天と繋がる夢
その日もいつものようにバイトを終えて、愚痴を呟きながら、ベッドに倒れ込んだ。そのはずなのに目が覚めれば、大広間と思われる部屋で禍々しい椅子にじゃらじゃらとした宝飾品を纏って、座っていた。
「なんじゃ、これ」
「あぁ、やっぱ、
思わずそう呟いた黒髪に二本青のメッシュを入れた男――遊子。その顔を覗き込みながらオールバックにした魔導士風の男が納得したように遊子の名を呼んだ。
「……
「兄ちゃんの方がけったいな格好やで」
「それもそうやけどもなぁ」
兄弟揃ってそんな格好とは如何にと顔を見合わせ首を傾げた。そもそも、遊子も信人も住んでいるところが大きく離れている。故にこのような場所にいるはずもないし、いるのもおかしい。なんたって二人は毎日毎日只管働く社畜様なのだから。そして、理解した。これは夢だと。
「兄ちゃん、魔王なんやって」
「はぁ!? なんじゃそりゃ」
「そこの奴らが言っとった」
「マジかよ」
ホンマになんなんやと叫ぶ遊子に信人もそれは俺も知りたいわと声を荒げる。そして、ひとしきり二人でおかしなことなどを叫び続けた。
「……あ」
「どうしたん?」
「
「マサは居らんで。一応、兄ちゃんが現れる前に俺ここに居たけど」
「ほうけ。にしてもーー」
「魔王、お逃げくださいましー!!」
話題を変えようと口を開いていた遊子の言葉を遮り、甲高い声が二人がいる大広間へと響いた。見れば、傷だらけの男か女かわからない生物がぜぇはぁと息を吐き、遊子と信人を見つめていた。
「あぁ、魔導士様も一緒とは丁度良い。魔王様を安全な場所に」
「待て待て待て、何があったんじゃ」
「ゆ、勇者が我が城に攻めてきたのです。それも強力な家来と二人だけで」
逃げろと急かす配下らしい生物(以下配下とす)をとどめ、遊子が話を聞けば、配下はこの城に歴代の勇者を超越した勇者が強力な家来とたった二人でこの城に攻めこんできたということだった。更に言えば、この配下は命からがら逃げてきたそうで。
「たかが勇者とその家来の二人やろ、何とかならんの?」
「生憎、城にいたものどもで時間稼ぎをしている程度で、もう十分も保てないかもしれませぬ」
故に早くと言った配下の後ろに火の玉が現れる。信人が危ないと口にする前に配下はごうっと猛る炎に包まれてしまった。
「はぁ、やれやれ。ま、でも、これで最後かな」
「「……あれ、聞き覚えのある声だぞ」」
もしかして、噂すればなんとやらですかと二人は苦笑いを浮かべながら、扉の先で溜息を吐いている坊主頭の白い司祭服の男を見つめた。
「ノブくん、おりましたよ」
「ほうじゃね、おったね」
遊子の言葉に信人も頷く。二人の目の前にいた男は二人をみて、目を見開いて固まった。
「はい、政津、かくてーい」
まさか敵側とはのぅと笑う遊子にもうなんなのと信人は顔を覆う。硬直が解けた政津は兄ちゃんらそっちなん!? と叫ぶのだった。
「そんなん、俺が聞きたいに決まっとるじゃろ!」
「そうだそうだ」
「いやいやいや、兄ちゃんら仲間にならんなとは思っとったけど、おかしいなって思っとったけどさ」
傍から見れば勇者の家来と魔王とその配下の魔導士がおかしいおかしいと叫ぶ奇妙な図。しかし、実際、政津は遊子と信人の弟なはずなので、兄弟間にはてなが飛びまくる。
『マーは魔導士であるノブの攻撃に寄って死亡する』
ふと、そんな声が聞こえたと思うと信人は困惑の表情を浮かべたまま、呪文を詠唱し、闇色の炎を政津へと投げつけた。勿論、政津は防御することができず、かはっと息を吐き、地面へと倒れる。
「ノブ??」
「俺ちゃうし。体が勝手に動いて」
「そういや、変な声が聞こえたな。いや、変と言うか聞き覚えのある声やったけども」
困惑している二人のもとに足音が聞こえてくる。そして、姿を現したのは勇者の格好をした青年。
「マー!! 魔王め、なんてことを!?」
黒く焼け、倒れている政津に青年はキッと遊子と信人を睨み付ける。そして、持っていた剣を二人へと向けた。
「悪い魔王は僕が成敗してやる!」
「いやいやいや、そもそも魔王って敵役やん!」
「そもそもマサがそうなるようになったのターのせいやん!!」
キリッとして言った勇者ターこと
「なっ! なんで、僕の名前を知ってるんだ。さては魔法で読んだな?!」
「ノブ、あかん、これはあかん」
「うん、役に入りきっとるね、これは」
さてどうしたものかと考える二人に名前を使って縛り付けられないように先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けてきた。それに信人は持っていた杖で無意識にガードする。
「ター、その構えはなっとらんで。正しい持ち方はこうや」
隆弥の剣を払いのけ、信人は杖をまるで剣道の竹刀のように構える。それに遊子が小さくそれ剣道やけどなとツッコむ。しかし、隆弥はそうなのかと驚いたような表情をした後、律儀にも信人を習って、同じ格好をする。
「……やっぱ、ターは天然やな」
変わらんなぁと零しながら、戦闘から剣道の試合へと変貌したそれを遊子は眺めた。
「めーんっ!!」
「がはっ、ター、そこ、は、胴、や」
腹をすぱりと切られ、倒れながらも信人は隆弥の言葉を訂正する。ただ、隆弥はそんな信人の言葉をスルーして、遊子へと剣を向けた。
「待たせたな、魔王」
「別に待っとらんけどな」
思わず、そうツッコむも隆弥は気にする風もなく、信人と戦った時のように剣を構える。それに遊子は仕方ないと溜息を吐き、鎌とかあればいいなと思うとその手に漆黒の鎌が現れた。
「……なるほど、思うと出現するのか」
「まぁ、あれやって、夢ではありがちなご都合主義やろ」
ぼそぼそと話す声にそちらを向けば、這いずって近づいてきたのだろう政津と信人が二人並んで話をしていた。ジッと見ていると遊子の視線に気づいた二人は頑張れとサムズアップを返した。
「よそ見とはいい度胸だな、魔王! 僕はそこんじゃそこらの勇者どもとは違うけんな!」
「あー、はいはい」
しょうがないから付き合ってやるかと鎌を構え直し、遊子は隆弥へと振り下ろす。ただ、戦いと言ってもそれはちゃんばらのような拙いもの。続けていると段々と隆弥が唇を突き出し始めた。それをみて、そろそろ頃合いかと隆弥の攻撃を受け、地面に倒れる。
「正義は勝ーつ!!」
嬉しそうに声を上げる隆弥に地面を這いずる三人は楽しそうで何よりだと苦笑いを浮かべる。
「やっぱり、あれがよかったな」
うんうんと頷き、どこが良かったなどを一人で語り始める隆弥。
「エンディングないんやね」
「まぁ、いつものことじゃし」
「唐突に始まって、あっけなく終わる」
いつもやっていた遊びは確かにそうだったと遊子と信人、政津は笑みを浮かべる。ただ、そんなことをやっていても隆弥の自己評価の時間は終わらず、彼らの小さな会話をBGMに次はあーだな、こーだなと話を作っていた。
「まぁ、ターが楽しいんやったらええ」
「言えてる」
「せやけど、もうちょっとタイミングは考えてほしかったわ」
「「それはわかる」」
遊子、信人と続き、政津が溜息ながら言えば、それに二人も同意する。とはいえ、夢でも隆弥に会えたことは三人は嬉しかった。
「なんだかんだ言うて、変わらんのやなぁ」
「兄ちゃんはこけたんちゃう?」
「そやな、ちょっと丸っこかったんがスッキリしたな」
「うっさいわ、ほっとけ」
そんなんは関係ないやろと言えば、けらけらと信人と政津は笑う。それに、全くと言いつつも、口元に笑みを浮かべる遊子。
そうやって、笑いあっているとふと、隆弥が静かなのに気づく。
「隆弥?」
隆弥の方を向けば、隆弥は遊子たちのほうを見て、苦笑いを浮かべていた。
「兄ちゃんら、酷いわ。僕のこと忘れよってからに」
「お前が、勝手にくっちゃべっとたから、放っておいたったんや」
「せやせや、それに随分と勝手なことしてくれたしな」
「ワシらの都合もちょっとは考えーよ」
むくれた隆弥に、遊子は床から起き上がり、服の埃を払い落しながらそう言った。それを筆頭にして、信人、政津と続く。文句垂れるも、最後に三人はそれでもターが元気そうで良かったと笑った。
「兄ちゃんら、アホやなァ。せやけど、今日は遊んでくれてありがとう」
泣きそうな声でそう言った隆弥。
「で、歩いてみた感想は?」
「楽しいね。もうちょっと、頑張ってリハビリすればよかった」
「そうじゃな、歩かんけん、厚みばっか増しよってからに」
「うるさいなー、頑張って痩せたやん」
「それでも重かったけどな」
「もう、それ、葬式でも言ってたやろ。酷いわ!」
さっきまでの感動を返せという隆弥に三人は苦笑いを浮かべた。そして、三人揃って、面白かったけん、また遊んだるわと笑みを浮かべ、隆弥の頭を掻き交ぜる。
「うん、また遊んでな」
「なんやったら、俺の息子として生まれて来い。いっぱい遊んでやるけん」
「えー、遊子の子供とか俺はお断りだな」
「しゃーないな。ワシの子供でもええよ」
「うん、ありがとう」
「ほら、泣き虫ター坊、泣きなや。笑い」
「うん」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で笑みを浮かべる。それをみて、三人はほら、顔がぐちゃぐちゃやと言ってそれぞれの服でそれを拭ってやった。
「ばいばい」
そう言って、隆弥はいつの間にか現れた光の中に消えていった。
ジリリリッと携帯が叫ぶ。机の上で鳴くそれにばんばんと机を叩きながら、手が迫った。
「うっさ」
目を開けた男は起き上り、ベッドの上でがりがりと頭を掻く。時折、まだ眠たいのか欠伸もでる。
「……夢け」
そう呟きながら携帯に目を落とせば、繋がりソフト「カデナ」に一件の着信があった。それを開けば、『遊子、夢でターにあった』と弟の信人からだった。それに男――遊子も自分もあったと返信をする。
「……はい、遊子やけど」
『あぁ、遊子。遊子も夢見たん』
「せや。俺も見た。ノブも見とるんやったら、マーも見とるやろ」
聞いてみろと言葉に含ませて尋ねたら、聞きに行ったのか電話の向こうで信人が尋ねる声が聞こえた。そして、驚く政津の声も聞こえ、やっぱりなと苦笑いを浮かべた。
『マサも見たって』
「聞こえとらい。まぁ、なんで、今日なんやろな」
カレンダーに視線を向け、日付を確認しそう零す。
『まぁ、それは思うけど』
「会いたかったからって、自分の死んだ日に夢に出てこんでもええやん」
1月23日。この日に次男の隆弥は遠い場所に旅立った。涙声で絞り出す遊子に信人は、それでも会いたかったんやないんと同じような声で返す。
『でも、まぁ、ほら、元気そうやったやん』
「うん」
『……』
「……」
どうしようもない気持ちが二人の心を締め付ける。暫く、沈黙した後、どちらからともなく、また出て来たら遊んだらなと呟き、つーか、俺らとばっか遊ばんで友達作れよと苦笑いを零した。
「俺、バイトあるけん」
『あー、うん。俺も仕事ある』
「そいじゃあな」
『うん』
「そっちに戻ったら、墓参りに行こな」
『そやね』
電話を切ると背伸びをし、準備をし、バイトに向かう。家を出るときに薄く笑みを浮かべ呟いた。
「また、遊びに来い隆弥」
全ては天へと 東川善通 @yosiyuki_ktn130
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