全ては天へと

東川善通

天へ捧ぐ華

 毎年決まって9月2日。

 秋の夜空に小さな花が咲く。


「おとう、ちょっと皆で行ってくるわ」

「あぁ、気ぃつけてな」

 自分の身長よりも小さな父親の背にそういって、兄弟は祖父の家の近所にある川の水溜りに向かう。先頭には懐中電灯を片手にもう片手には紙袋を持った長男の遊子ゆず。その後ろは何やらたくさん荷物が入っているらしい袋を持つ四男の政津まさつ

「先に行ってる」

 ぶおおんと自慢のバイクをふかして二人を抜き去って行ったのは三男の信人のぶと。それをみて、政津は「荷物くらい持ってけよ。こっちは歩きだぞ」と呟き、遊子は苦笑いを浮かべた。信人に遅れながらも川原へ到着した二人。信人はすでに準備をしていたようで、川原には三人で使うには少々大きめのテントが建てられていた。

「まぁ、今日は晴れたから、朝までだったら、大丈夫じゃね」

「せやね」

「のぼう! バイクで行くんだったら、僕の荷物持ってけよな」

「え、無理。俺のバイクがかっこ悪くなるし」

「このやろう」

「はいはい、喧嘩すんなや。お前らの誕生日やん今日」

「「もうちょっとで終わるけどな」」

「それはそれ、これはこれや」

 パンパンと手を叩き、場を治めようとする遊子だが、二人のツッコミに苦笑いを浮かべながらも、準備準備と袋の中から綺麗に包装されたものを取り出す。

「てか、兄ちゃん、何買うたん?」

「ふふ、ちょっと奮発しまして、ポケマルの最新版」

「あー、喜ぶ顔が目に浮かぶわ」

「せやろ。俺も好きやからな」

 通称ポケマル、正式名称はポケットアニマルというアニマル同士を戦わせて、世界を救ったり図鑑を完成させたりといろいろとやりこみ要素の強いゲームである。それを掲げ、ニッと笑う遊子に信人も政津も自分たちが持ち寄ったものを取り出す。信人は幸せセットについてくるポケマルのカレンダーやグッズ。政津はポケマルの映画のDVD。見事なまでにポケマルばかりだった。

「……誰か、一人くらいモンクエを持って来いよ」

「いや、遊子が持ってくるかなって思ってた」

「うん」

 通称モンクエ、正式名称はモンスタークエストというポケマルと似た感じでモンスターを集めて、バトルさせたりするものもあれば、パーティを組んでいろんな役職の人がモンスターと戦い、いつの間にか世界を救う勇者になってたりするゲームである。これまた、ポケマルとは別のやりこみ要素が盛りだくさんとなっている。

 全くと顔を押えた遊子だったが、実はモンクエも持ってきてるんでしたーっと紙袋から取り出して見せる。それをみて、だろうと思ったよと口を揃えて言う信人と政津。

「まぁ、誕生日プレゼントは豪華だな」

「兄ちゃん」

「遊子」

「なん?」

「「俺(僕)らの誕生日プレゼントは?」」

「……千円やるけん許せ」

「「安っ」」

 ポケットからくしゃくしゃになった千円札を二枚取り出し、二人の手に置く遊子。それに勿論不満げな二人だが、遊子はさくさくとプレゼントを傍らに置き、季節外れながら、花火を用意する。

「ハッピーバースデー、隆弥たかや!」

「「ハッピーバースデー、俺(僕)!」」

 小さな打ち上げ花火が秋の夜空に花を咲かせる。それから、何発か同じように打ち上げ、ほぅと三人溜息を吐いた。

「ター坊に見えたよな」

「見えとるやろ。毎年やりよるんやし」

「隆弥みたいな馬鹿でも気づくって」

「せやね」

 空を眺め、そう零した遊子に言葉を返した信人や政津。彼らの目には水が溜まっていた。

「ホンマ、生きないかんなぁ」

「後悔しかできんけどな」

「せやな。もう少し、俺が早く四連休とって家に帰っとったらなぁ」

「俺やって、あの日、友達と出かけんかったら」

「それいったら、僕やって、太鼓に出かけんかったらよかったわ」

「「「そしたら、隆弥になんかしてやれたのになぁ」」」

 ごめんなと毎年同じ話をしては涙を零す三人。ただ、そんな三人を咎める人もいなければ、見る人もいなかった。

「幸いなんは、ター坊が成人式に出られたちゅーことやな」

「まぁ、成人式には出たいって頑張ってたしな」

「ダイエットもして、痩せたのになぁ。おとうに言おうとしとったのにな」

「せやけど、早すぎるのは間違いないわ」

 ぽろぽろと涙を流しながら、口には今生きてるよ、楽しんでるとばかりに笑みを浮かべる遊子。でも、声はかなり震えたもので、政津はうぅと嗚咽を漏らす。信人も涙を零しているものの、ギュッと拳を握り、声だけは漏らさないようにしていた。

「俺らにはこうやってお前を祝ってやることしかできん」

「祝わないなんて、出来んし。やって、俺ら三つ子やん」

「せやにゃ、タ~、僕も頑張っとーけん、お前も、お前も向こうで、頑張れよ」

「これからも、毎年、こうやってお前にも見えるよう祝ったるけん、安心しいや」

 涙で顔を濡らしながら、三人は隆弥の大好きなもんやといって、料理から先生の話題など薄れてないぞ、お前のこと皆覚えとるからなと語る。たまに聞こえてるかーっと花火に点火をしながら、三人はひんやりと冷え込む川原で早くに天に行ってしまった兄弟を祝い、その存在がすでにいないことに涙した。







『兄ちゃんら、あんなに泣き虫やったかなぁ』

 花火をしながら、ポロポロと泣く大の大人たちを空からまだ幼い面影を残す青年が眺めていた。

『てか、泣き虫は僕の特権やし』

 そう言いつつも、青年―隆弥の目にも涙が溜まっていた。触れようと手を伸ばしたところで彼らが気づくこともなく、彼らの体をするりと抜けてしまう。隆弥はそれを何度となくしても、諦めきれなかった。自分の葬式で泣いてくれる友人たちにも聞こえないかもしれないけど、声をかけ、頭を撫でてやった。

『今年のポケマル、面白そうやなぁ』

 遊子の傍にあるポケマルのゲームソフトを眺め、そう零す。いつも二人でポケマルをして、互いに交換やバトルなんかもして、楽しかった思い出が隆弥を取り巻く。ただ、遊子は隆弥が死んでから、ポケマルと関わることがあっても、決してゲームはしなかった。ゲームをしてしまうと隆弥のことを思い出して、ダメだとか。それをみて、隆弥は馬鹿だなぁと零すけど、忘れられていないことも嬉しかった。

『そういや、モンクエではおとうに勝てんかったよなぁ。最後に一回くらいはおとうを負かして、「侮ったわ」とかって言わせたかったなぁ』

 おとうが帰ってきてからモンクエやろうとして、そのままやったからなぁ、呟く隆弥。悔いやなといいつつ、口元には笑みを浮かべている。

『せやせや、兄ちゃんら、泣かんでええよ。今は自由に空飛べるんやけん。まぁ、歩いたりとかはできんかったけど、ええんよ』

 歩けるようにリハビリを繰り返していた隆弥。でも、結局歩くことなく、その生涯を終えてしまった。だが、今は空を自由に飛べるからいいのだと涙を零しながら遊子たちに言う。けれど、彼の言葉は遊子たちには伝わらず、彼らは持ってきた花火を隆弥に見えるように何度も何度も打ち上げる。

『大型のTVはマサが買うてしもたし、僕が買うつもりやったのにな』

 お金をこつこつとためて、両親にTVをプレゼントしようとしたのに夢半ばで潰えてしまった。それを引き継いで両親にプレゼントしたのは政津だった。一番、隆弥の傍に居て、隆弥の世話を文句を言いながらしていた。その彼は葬式で隆弥の友人に負けないくらい大泣きしていた。まだやることあったやろといいながら。そして、冷たくなった隆弥の体を触って、「こんなに冷えてしもうて、ちゃんと暖めないかんで」と泣きながら、冗談を言ってみたりしていた。持ち上げる時には皆が「痩せたいっても重いなぁ」など呟いているのを『悪かったな』と傍で拗ねていた。

 葬式には本当に急なことだったのに色々な人が来てくれて、あぁ、愛されてたんだなとすごく感じていた。兄の遊子も偶々地元に戻ってきていたし、少しは神様が力を貸してくれたんかなと苦笑いを浮かべたことも覚えている。天には一人でいるわけじゃないし、祖父ちゃんとかおるけん、寂しくないよと呟く。

『兄ちゃんら、ありがとう。ノブもマサも、誕生日おめでとう』

 そういって、隆弥はその場から姿を消した。




「「「ハッピーバースデー、ター坊。次はいい人生を」」」


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