37・現れたんだよ。壊れたままね


「なにをしたんだ?」


 視線を良子たちから動かさず、俺は美桜に聞いた。


「銃を重くしたのよ。五十キロぐらいはあるんじゃない」

「そんなことができるのか?」

「できるわけないでしょ」


 俺だけに聞こえるよう、小声で言った。


「そのように暗示をかけただけ。持ってせいぜい五分ぐらい」

「俺には、全ての女性が素っ裸に見える暗示をかけてくれ」

「サービスとして、顔は赤沢先生にしてあげるわ」

「ゲロゲロ」

「なにそれ?」

「チョーベリーバットって感じー」

「あなたと話していると疲れるわ」


 下らないやり取りをする内に、組員たちは、良子の周りに集まった。愛しのボスである彼女を守るべく囲んでいる。睨みつけるだけだ。襲ってはこない。


「で、どうする? 狼谷会は俺と戦う気かい? 数はおたくらが上だが、有利なのはこっちだぜ」


 村雨の先端を、良子に向けた。


「そのようだねぇ。女の子二人と甘く見ていたけど、そちらさんの方がただものじゃなかったようだ」

「そういうことだ。ごく普通の男の子は俺だけだ」

「ヤクザだけどね」


 良子は、澄佳を見る。


「その子はなんだい? 生きているのかい?」

「見ての通りだ」

「見てわかんないから聞いているのさ。あたしらち襲ってきた奴らと似ているようだけど、あれとはちょっぴり違うようだ」

「澄佳はゾンビよ。けれど彼女には魂が入っている。あなたが見てきたものとは違うわ」

「ふーん、うちのモンもそうなのかねぇ」

「そうでない可能性が百パーセントだから、期待はしてはいけない。助ける方法はただひとつ。殺すしかない」


 美桜は、良子の思考を読みとって、はっきりと言った。


「そうかい、そいつは残念だ」


 ふっと寂しく笑った。


「おたくらはイッヤーソン……いや、ゾンビの仲間じゃなさそうだな」

「あんたたちもそのようだねぇ。化けモンの親玉はイッヤーソンというのかい?」

「ああ」


 俺は刀をおろした。

 組員たちも警戒を解いた。緊張したままだが、非現実的なことばかり起こす俺たちを気味悪がっていたのだろう。攻撃してこないと分かり、ホッとした空気があった。


「なぜ俺を、ここに連れてきた」

「うちのダンナがね、壊れちまったのさ」

「狼谷会の組長か?」

「アタシは見ての通り貞淑でね。ダンナは一人しかいないよ」

「狼谷会三代目組長、狼谷敬司かみや けいじだな。出来の良い女房が手懐けていると聞いているが、それがあんたってわけだ」


 その通りだと頷いた。

 狼谷敬司。

 狂犬という通り名を持つ、気性の荒い男だ。

 身内との信頼関係は絶大であるが、他人には容赦がない。

 他の組に喧嘩をふっかけたり、カタギの企業を強請ったりと、幾度となく騒ぎを起こしている。シャブ、売りは当然として、殺しに、死体の後始末まで請け負っているとの噂があるぐらいだ。

 以前に「殺される!」と泣きついてきたホステスの女を、狼谷会から守ったことがあった。あのときは最悪だった。卑劣な手を平気で使ってくるし、殺しにためらいがなかった。

 噂はあながち嘘でないと思ったものだ。

 ムショ入りか、お陀仏になってないのがおかしいほどの男だ。女房が面倒ごとを上手くサバいで、要領よく切り盛っているから、シャバの空気を吸えているとの噂だ。


「狼谷会になにがあった?」

「篠崎黒龍が、差し上げたいものがあると、直々にやってきたのさ。あいつは、余命幾ばくもないと聞いていたから、元気な姿にびっくりしたよ。お引き取り願うところだけど、それでやっかいなことが起きたら溜まったもんじゃないからね。通すしかなかった。それが運の尽きだった」

「もらっちまったんだな」


 プレゼントを……。


「受け取る気はなかったよ。大金だ。ろくなことが起きないのは分かってたよ。けれど、篠崎は強引にそれを渡した。いや、渡したというよりも、奴がなにか呪文を唱えた感じだったね」

「組長に直接?」と美桜が聞く。

「そうさ、黒い光がダンナを襲った。悪霊に取り憑かれたように、叫んで、叫んで、ぴたっと静かになったと思ったら、人が変わっちまった。側にいた若いのを次々と襲ったんだ。かみ殺してね。するとどうだい? 死んだと思った奴が、のっそり起き上がるじゃないか。そして、ノーミソ食わせろ、ノーミソ食いてぇと叫びながら、殺し合いを始めたんだ。地獄だった。アタシはなにもできず、ただ呆然とするだけさ。島に守られて、なんとか逃げらてこられたんだ。同じことは、あんたの組も起きたんだろ?」

「うちの組は全滅。俺は運良くその場にいなかった。そっちは、生き延びたのは七人だけか?」

「もっといたんだけどねぇ。感染してたり、襲われたりで、これだけになっちまった」


 その後も色々あったのだろう。すまないねぇと詫びながら、若衆を見回す。


「篠崎にお礼をしようと、あいつの家にいったら、ゾンビの死体だらけじゃないか。その中に篠崎の首があった。銃で撃たれた跡があったよ。あたしたちよりも先に、復讐を果たした奴がいると分かったのさ」


 そこで俺のことを見た。獲物を見つけた鷹のような目だった。


「それが俺だと分かった」

「どっかの組の連中と思っていたが、まさか一人の若造と、二人の女の子だったとはねぇ。思ってもみなかったよ」

「変身するババアもいるぜ」

「なんだいそれは?」


 さすがに、魔法少女の情報はつかんでないようだ。


「俺になんのようだ? 礼を言うためじゃなさそうだな。先に篠崎を殺った腹いせに、俺を殺ろうっていうつもりか? 筋違いだぜ。俺はあんたの復讐の相手じゃない。敵でも味方でもない」

「赤沢になんかしよう、というつもりはないよ。欲しいのは情報だ。うちのモノが、何にやられたか知りたいんだ。イッヤーソンといったっけね。そいつが、ゾンビを作っているんだろ。篠崎も、そいつにやられて、あのようなことをしでかしたと踏んでいるけど、当たりかい?」


 狼谷会のネットワークを駆使して、篠崎を殺したヤクザが村浪組の赤沢鏡明であると調べ上げた。敵か味方か定かでないから、一緒にいた女の子ごと誘拐した、ということのようだ。


「その通りだ。本物の篠崎はあのようなクズじゃない」

「分かってるよ。うちも世話になったことがあるんでね。篠崎はいい奴さ。ただ、ヤクザにしたら優しいのが欠点だった。特に娘さんが亡くなってからは、その優しさが強くなった気がするよ」


 いい思い出があるようで、哀しげに笑った。


「それで?」

「さっきいったろ。うちのダンナが壊れちまったんだ」

「だからなんだ?」

「現れたんだよ。壊れたままね」

「なんだと?」


 俺は表情を変える。美桜も同じく表情を変えている。


「木村。見せてやりな」


 後ろにいる組員に指示した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女は永遠に…… @j-orisaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!