【短編】ひとりな僕とひとりの彼女

風鈴

ひとりな僕とひとりの彼女

 

 体育館に入ると、指定の席に座り主役を待った。


 卒業式。


 高校二年の僕らは、先輩達卒業生をただパイプ椅子に腰掛けながら待っている。

 一年に一回。一番気を引き締めて行うべき学校行事だ。


 だが二年生である僕達は当然当事者ではないため、卒業式の重みを知らない。

 中学で行った卒業式のことなんて、もう高校で二年も過ごしたせいか誰もハッキリとは憶えていない。


 司会である教師が注意をけしかけるまで、隣や前後とで駄弁り始める。


 そんな中僕は、ただ一人焦っていた。


 卒業式の大切さを、今でも憶えているからだ。


 中学では友達に恵まれ、その友人らとは違う高校へと入った。

 卒業式では思わず泣いてしまった。それはもちろん、友人達と別れるのが悲しくて、思い出の詰まった学校とお別れするのがつらかったからだ。


 でもそれさえも、僕の中では大切な思い出となっている。


 けれど僕は今、友達と呼べる人間が高校にいない。


 つまり、あと一年して卒業式を迎えても僕には何も残らないということ。

 それは、まだ一年もあるというのに、既に僕の中で懸念として存在している。


 別に自分の思い出のためだけに友達が欲しいわけではない。


 だが、今を楽しむためにも卒業後も思い出として誇れるものが欲しいから。

 僕は、友達が欲しいのだ。




 やがて卒業式が終わると、僕らのクラス含めた二年生は各教室へと戻った。


 当然みんな友達と喋っている。

 卒業生達は泣いている人だっていたのに、僕達は呑気なものだ。

 実際に卒業を迎えるまで別れの辛さを身を持って知らされないから。


 けど今の僕がそのまま卒業したとしたら、果たして泣けるだろうか?

 果たして苦しくなるだろうか?


 そんな経験はないため、まだまだ未知数だった。


「……はぁ」


 教室の外側、一番後ろの窓際の席で僕は思う。


 きっと、友達のいる人達は僕の懸念を分からない。

 それは、中三の時の自分がその懸念を考えようともしていなかったことを思えばすぐ分かる。


 そしてそんな今だけを生きている彼らがいるのなら、僕みたいな来年のことまで考えている人もいるんじゃないだろうか。


 いるとしたら、その人とは気が合いそうだ。

 同じ思いを共有出来るのは、関係を作るにあたって必要なことでもあるから。




 しばらくして担任が教室に戻ると僕達二年生は下校となった。

 一緒に帰ろうぜ。今日お前んち寄ってくな。

 そんな会話をしながら帰っていく。


 僕はそれをたっぷりと見届けた後、静かになりつつある教室をそっと出た。


「……あの」


 生徒の波から離れるように反対側の廊下を歩き、階段の踊り場にさしかかる。


 一階へと繋がる階段の折り返し、そこにある女子生徒が立っていた。


 長い黒髪と、何処か儚げな後ろ姿が印象的な女の子。


 僕はつい、その彼女に声をかけていた。


「……はい」


 振り返った彼女と目が合う。


 碧い瞳が輝き、僕を惹きつけた。


 彼女の返事に、特に話題がなく話しかけたせいで口を噤んでしまう。

 でも、何か会話を続けたかった。

 もっと彼女と喋りたい。もっとこの子のことを知りたい。


 そんな気持ち一心だ。


「こんなところで、なにしてるの?」


「……特に、なにも」


 毎日こっちから昇降口に向かっているが、彼女のことは一回も見たことがない。

 今日たまたまいたということらしい。


「えーと、今から、どこか行くの?」


 言ってから変なことを訊いていると感じた。

 だが言ってしまったものはしょうがない。


「……えっと、帰るけど」


 彼女は自分の髪を撫でながら言った。

 やはり変なことを訊いてしまったという罪悪感が押し寄せる。


 少し高鳴った鼓動を落ち着けてから、改めて口を開く。


「じゃあさ、一緒に帰らない?」


「え?」


 自分でも、なにを言っているのかよく分からなかった。

 慌てて「途中まででいいから!」と付け加えたものの根本的なことは解決していない。とても恥ずかしい。


 なぜそんな荒唐無稽なことを口に出してしまったのか分からなかった。


 彼女は髪をさらに撫でる。

 まるで自分の感情を制御しているようだ。


「……んーと、今日はやめておきます」


 顔を伏せながら発せられたその言葉。

 僕が呆気に取られていると、彼女は「じゃあ」と告げて階段を降りていった。


 軽く一分ほど立ち尽くしていただろうか。


 気がつくと、すぐに頭を彼女の姿がよぎった。

 横髪を撫で顔を俯かせ、どこか頬を赤くして走り去った彼女。

 その様子が頭の中を反芻はんすうする。


 あの子も、きっと一人なんだ。


 卒業式。

 直接は関係のない二年生達にとってただの午前だけの授業だ。

 家に帰り午後から友達と遊ぶ生徒だっているだろう。


 そんな中、こんな誰もいない階段で一人でいたんだ。


 今日は委員会もなければ日直だってない。

 だから学校にとどまっている理由はないはず。


 そんな彼女が一人でいた。


 だから、きっとそうなんだろう。



 けれど、そうだとしても、僕が勝手に彼女の事情を想像で決めつけるのはよくない。



 置いていたカバンを持ち上げると、僕は息を吐き階段を降り始めた。



 ● ・ ●



 翌日。


 卒業式の片付けということで、二年生は朝早くに登校を始めていた。

 やはり一緒に登校してくる友達と喋りながら教室へと入ってくる。


 いち早く席についていた僕は、その光景を漠然と眺めていた。


 三十分ほどが経ち時間になると、クラスは体育館へと移動する。

 もちろん片付けのためだ。


 先生に指定されたものを片付ける。

 大抵は、床全面に敷かれたシートや並べられた長机などの片付けだ。


 僕は片付けられていない卒業生の椅子を頼まれた。

 椅子をたたんでは小脇に抱え、またたたんでは両手に持つ。そして収納庫に運ぶ。


 残り半分ほどになった頃、暗がりの収納庫で昨日の彼女を見つけた。

 彼女も別の椅子の片付けをしているようだ。


「……」


 収納庫には二人っきり。

 基本的にテキパキ動きそうな生徒に、先生達は椅子のような量の多い仕事を頼む。

 効率の問題だろう。


「……」


 彼女もまた、そんな理由で椅子の片付けを頼まれた一人ということだ。

 まぁ、やっぱり決めつけはよくないんだけど。


 彼女は両手いっぱいに持った二つの椅子をしまうと、また椅子を取りに行く。

 僕も手に持った四つの椅子を立てかけしまうと、収納庫を出て椅子を取りに行った。


 そして卒業式の片付けが終わった帰り道。

 校門の手前であの子が立っていた。

 誰かとの待ち合わせ。それなら、彼女は僕とは別の子なんだ、と安心する。


 生徒の流れに沿うように、僕は校門を通りすぎた。


「……すみません」


 と思ったが、彼女に止められた。


「どうしたの?」


「……あの、昨日の」


 彼女は言うと、昨日のように顔を伏せる。頬が赤いのが目に見えて分かった。


 昨日なにか言ったかな、と頭を巡らせる。

 初めてこの子と知り合い初めてこの子と喋った。

 たった数分の出来事だったはずだ。


「……一緒に、帰りませんか?」


「あ……」


 痺れを切らしたのか、彼女は黒髪を撫でながらそう呟く。

 言葉を聞いた僕は、昨日のことを思い出しつい顔を伏せた。


 二人揃って頭を下げる。

 なんて光景だろう。周りから見たら普通じゃないな。


 だけど、普通じゃないのがいいのかもしれない。


 僕は、二年越しにそれを感じた。




 彼女が歩き始めたため、後を追うように僕も歩き出した。

 正直最初の道から僕の家とは反対方向だ。

 けれど、今さら気にすることもないだろう。なんて思った。


「きみの名前は?」


「? ……唯野ただのやよいです」


「唯野さん、だね」


「……はい」


 名前を呼ぶと、唯野さんは自分の髪を撫でた。

 ずっと気になっていたが、どうやら癖のようだ。


 小川沿いを歩き橋を渡る。

 反対側に移ると、結構古い家の多い住宅地へと入っていく。


「……あなたの、名前は?」


「あ、僕? えー、宇佐うさ泰人たいと


「……泰人くん」


「いきなりファーストネーム……!」


 血反吐が出そうだった。

 それぐらいに、唯野さんの「泰人くん」は強烈だ。

 今はちょうど髪を撫でていたし、どことなく頬も赤らんでいたからさらにである。


 特に他愛ない世間話を少ししながら、五分ほどして唯野さんの家に着いた。


 俯きながら数秒、顔を持ち上げ唯野さんは「じゃあ」と一言告げ玄関へと消えていく。

 僕も片手を上げ返事をする。



 唯野さんが家の中に入ったのを見てから、僕は二人歩いた道を戻り始めた。



 ・ ● ・



 それからはもう春休みだった。


 あと一日、終業式に出るだけ。


 でもそれまでまだ日にちがあるため、僕ら含めた一、二年生は春休み気分で日々を送る。

 毎日友達と遊ぶ人がいれば、毎日家で一人ボーッとしてる人もいるだろう。


 もちろん僕は後者だ。


 といっても別にボーッとはしていない、春休みの課題をコツコツと消化している。

 特にやることもないからだ。


 そう考えると、僕は一人であることを感じたくないから勉強に逃げているだけかもしれない。

 でも、考えるだけ無駄だ。なにかが変わるわけでもない。


 僕は二日に一回春休みの課題を消化し、二日に一回家でのんびりとした。

 割と充実していたように思う。


 やがて三月二十日。

 終業式の日。


 卒業式とは比べ物にならないほど気の緩んだ式だ。

 ざわざわと生徒の声が聞こえる中体育館で行事を終わらせると、教室に戻り通知表を受け取る。


 友人間で賭け事でもしていたのか通知表を見合っていたり、通知表の中身を覗き見て笑ったりしている生徒がいた。


 僕はそれを、ただ傍目に見ているだけ。



 そしてその日も家に帰ると、僕は一人で春休みの課題と格闘を繰り広げた。



 ● ・ ●



 通い馴染んだ通学路にある桜の木。


 それが、去年よりも咲き誇っている気がした。


 僕は一人、賑わう通学路を登校をする。


 隣を見れば並んで登校している男女が。また隣を見れば、楽しそうに笑い合って歩いている数人の生徒達がいた。


 しばらくして校門へと到着する。


 だからといってなにもなく、そのまま三年生の昇降口へ向かった。


 そこにはデカデカとした貼り紙がされていて、そこに見やすい大きさの字でクラス分けが書かれている。

 今日から高校三年。

 また一つ、年を重ねるのだ。


 貼り紙の近くは人が溢れかえっている。

 一緒のクラスだ、と嬉しそうに話し合っている女子生徒達。

 クラス違うな、と笑いながら声をかける男子生徒の姿。

 色々な反応がうかがえる。


 僕は遠目でクラスを知ると、昇降口を通り教室へと向かう。


 席の位置はまたも窓際だ。

 まぁ、出席番号だからしょうがないといえばしょうがないのだけど。


 後ろから二番目のほとんど前と変わらない席に腰を落ち着け、僕はクラスを眺めた。

 俗にいう人間観察。


 クラスのみんなの情報ことをなんとなく知りたいのだ。


 それから三十分が経つと、前からこのクラスの担任となる先生が入ってきた。

 顔なじみだったのか、喜ぶ生徒もいれば悔しがる生徒もいる。

 教師はそれらを軽く受け流すと、今日一日のことを軽く説明していった。


 これが僕の新しいクラスだ。


 傍から見れば全然違うだろうけど、僕からすればほとんど代わりが映えない。

 相変わらずの教室な気がする。


 本当に学年が上がったのだろうか?


 そんな錯覚さえ覚えた。




 やがて体育館で始業式を始めると、今日は下校となった。

 教室を出ると、左に出る。

 去年もだったが、学年ごとに教室の校舎が変わってしまうため学校探検が必須なのだ。


 静かな廊下を足音だけが響く。


 けれども、どうやら僕の足音だけではないらしい。

 足を止める。


 そして後ろを振り向くと、階段の上に立っている唯野さんの姿があった。


「唯野さんも、学校探検?」


「……うん、帰り道決めなきゃいけないから」


 昇降口までの道のりのことだろう。


 全く僕と同じことを考えているようだ。

 やっぱり彼女は、僕と似ている。


 というよりも、一緒みたいだ。


「……泰人くんも、学校探検?」


 相変わらずの様子で、唯野さんは僕に尋ねる。

 髪を撫でる仕草。

 久々にそれを見て、なんだかホッとした。


「そうだよ、帰り道決めないとだからね」


 唯野さんの受け売りで言葉を返す。


 黒髪に触れながら階段を降りてくると、唯野さんは僕の隣にきた。

 ここまで近くにきたのは、初めてかもしれない。


 肩のカバンを持ち上げると、彼女は顔を伏せたままで言う。



「……それじゃあ、一緒に……帰り道決めよう?」



 声が震えていた。


 その一言を僕に言うために、震えてくれたのだろうか。


 だったらそれは、とても嬉しいことだと思う。



「うん、一緒に帰ろうか」



「…………うん」



 唯野さんは、顔を俯かせながらコクリと頷いた。


 僕はそれを見つめながら、思わず目を細めた。



 去年までは、ずっと一人だった僕と彼女。


 毎日を無意味と思っていたかもしれない。



 でも、今年からは、なんだか今までとは別の毎日が始まりそうな気がしていた。

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