第55話
突如、凄まじい雷鳴が鳴り響くと共に、近場へ稲妻が落ちた。
だが、誰一人として驚く者はいない。飛空する
「あ、
茶を飲みながらのんびりとつぶやく
「お出迎えしなくては駄目でしょう!」
「ぶったあ! 長姉様も、
「ほら、立ちなさい! 他の皆も行きますよ!」
長姉は、頭を抱えてわめく
(全く。歌島での、あれの苦労が少し解った気がしますよ……)
長姉は、目上に全く気を遣わない
*
「ここが、答志島ですか……」
童は周囲を見渡すが、舟は一艘も無い。
また、港に面して家々が点在しているが、そちらにも人影は全く無い。
動く物と言えば、空を舞う鳥。後は、巡回の龍牙兵が目立つ位だ。
一門が本拠を構えている筈の答志島で、この寂しさは何なのだろうか。
「誰もいない様ですが、一門の方々は?」
「一門の主要な舎屋は、本土側に面した、島の東側の港近隣にある。西側に位置するこの村は、これまで無人のままで放置されていた。
「元々住んでいた人達はどうなりました?」
「九鬼水軍か。敵としてことごとく捕らえ、今は石化して獄中だ。順次、我等の贄として供される事になる」
「ことごとく……」
敵対する者は禍根を断つ為に鏖殺するという、皇国の非情な指針は童も承知だ。だが、未だに割り切れていない面がある。
「心配せずとも、幼少の者は御夫君様の慈悲として、〝還元〟で赤児に戻して記憶を消し、菅島で育て直す」
「
安堵した様子の童に、
「さて、あの屋敷だ」
門の前では、長姉以下の人狼の学徒達が出迎えに出ていた。
「お帰りなさいませ、
「うむ」
学徒達の唱和に、
「今度はこちらで御世話になります」
「我等人狼の
童の挨拶に対しても、人狼達は一斉に唱和する。
また、
ただ一人、
「あれ? 君、何で一緒に来たの?」
「何かよく解らないのですが、次姉様の回復に俺の手がいるという事で」
「ふうん。そっか」
疑問を深く掘り下げない
自ら推察が出来なかったのは仕方ないにせよ、解らない事をそのままにする様では、一門の学徒として問題である。
「ところで、
「申し訳ございません、
出迎えの中に
「ならば謝罪に及ばぬ。では、行こうか」
呆けた顔で口から涎を垂らし、知性の欠片も感じられない。
枕元に座る
集中しているらしく、二人が入って来た事にも気付いていない。
「
童が声を掛けると、
「今回はこれを使う」
「私も考えたのですが…… 宜しいのですか? それは人狼の貴重な胤。危険にさらせば、
誇り高く強気そうな人だと思っていた
「問題ない。これは充分に鍛錬を積んでおる故、間違いなく耐えられよう」
「鍛錬? 俺、何かしてましたっけ?」
「宮中で御夫君様へお仕えする様になって以後、お前は何をしていたか?」
「見習いとして勤めながら、勉学に励んでおりました」
「それだけではなかろう? 一人で寝た夜はあったか?」
「それは、その……」
仮宮では毎晩の様に、宮中に詰める女官や近衛が夜陰に紛れ、童の床にまぐわいを求めて来たのだ。
中には、皇族たる
「すんません、俺、元服前の見習いの身で…… 仮宮は、男が乏しいもんで……」
童の釈明に、
「咎めているのではない。そも、あの夜這いは我が差し向けさせた」
「ええ!?」
「前に、主上の夜伽が務まる様、もっと鍛錬しておく様に申しつけた筈。並の神属では、間違いなく絶命するであろうからな」
童は思い出した。以前、
「そういう事でしたか…… 俺如きが妙にもてはやされて、変と思ったんです」
「御夫君様の直近でお仕えする誉を賜った身が〝俺如き〟とは何事ですか。自らを貶める事は、主君を貶めるに等しいと知りなさい」
「は、はい……」
童がこぼした言葉を、
責められた童は、頭を下げる他ない。
「以後、留意したまえ。それはそれとして、今のお前は、女の求めにいくらでも応じられる体となっている。腎水は幾度放っても尽きず、逸物も萎えぬであろう?」
「そう言えば……」
特に陽根は太く節くれ立ち、禍々しくそそり立つ異形に変わり果てている。
一晩で放つ腎水の量は言仁には全く及ばないが、それでも二合 ※三百六十ml は下らない。
育ち盛りなのだし、人狼とはこんな物なのだろうと思っていた童は、それが鍛錬の結果だとは思っていなかったのである。
「それで、何をすれば……」
「解らぬか? これと交わり魂を通わせ、淫夢に囚われている心を引き戻せ」
「そんな事でええんですか?」
何をさせられるかと覚悟していたのが、童は一気に拍子抜けしてしまった。
何しろ、仮宮に上がるまで、次姉を含む人狼の学徒とは、子作りとして毎日の様にまぐわっていたのだ。彼にとっては日常の戯れである。
「甘く見てはならぬ。これは、黄泉返りの思念で狂わされている。並の牡なら、陽根を女陰に差し入れた刹那、自らも共に狂ってしまうのだ」
交われば狂うと聞き、童は次姉に怖々と目をやった。
「お、俺なら、大丈夫なんですね?」
「今のお前なら滅多な事はあるまいが、絶対とは言えぬ。気を抜けば危ういやも知れぬな」
「そ、そうですか……」
声をうわずらせた童に、すかさず
「まあ、侍従見習殿は何と意気地のない事。御夫君様に恥ずかしくないのですか?」
「だ、大丈夫です!」
挑発に乗った童に、
「その意気や良し。なれど、より万全を期したいと思います」
「ほう? 何を目論む?」
「私の試問であります故に、委細はお任せを」
「是。まあ、良かろう」
何を考えているのか話させる事も出来たが、
和国の平民として育った童に、
「では、侍従見習殿。これの解呪は、夕餉の後に行います。私は手筈がありますので、後程に。それまでは、どうかおくつろぎ下さいませ」
龍と人が催す、終わらぬ贄食の宴 トファナ水 @ivory
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