第54話
学徒達は、生まれ出た女児に命じ、贄人の脳に焼き付けてある一通りの動作をさせ、朽ち果てた母体の記憶が継承された事を確認した。
これでようやく、試術の成功が確定したのである。
「食事、排便、散歩。きちんと出来たね」
学徒の一人が、裸体のままで直立不動の女児の頭をなでる。
学徒の側は満足そうだが、女児の方は全くの無表情だ。
贄人は、喜怒哀楽の感情を縛られている為である。
「そういや、お腹すいたねえ」
「何、いきなり?」
「それ、つぶして食べてもいいかなあ?」
「何考えてんの、あんた!」
学徒は思わず、女児を抱きしめてかばう。だが、今度は
「だって、用済みじゃん。一仕事終わったんだし、活きのいい贄をさばいて、みんなで食べようよ。お肉がぷりぷりで、きっと美味しいよ?」
〝お肉がぷりぷり〟と言う言葉に、他の学徒達も唾を飲み込んだり、耳を動かして反応した。
「駄目に決まってるでしょう!
「なあんだ、がっかり」
女児をかばった学徒の言葉に、
「後は、それだけど……」
昼下がりになっても未だ、目を覚ます様子がない。
「もう、半日経ったよね? 流石にまずいんじゃないかなあ……」
「そうだね。鏡で
学徒の一人が応じて、天井近くに浮いている八咫鏡を使おうとしたその時、天幕の入り口から光が差した。
「呼びましたか?」
入って来たのは
「大丈夫なの? こっちに来ても」
言仁の子を宿している
「胎の児は安定しています。つい先刻、
「でね、次姉が、まだ起きないんだけど……」
「解りました。診ましょう」
瞼を開いたまま焦点の定まらない次姉の瞳をのぞき込んで、意識を読み取る。
高い霊力を要する技法で、普段の
診察は、四半刻 ※約三十分 に及んだ。
「どうですか?」
診察を終え、顔が汗まみれになっている
「身体には問題ない様ですが…… 口惜しいですが、私では及ばないでしょう。
顔を拭いた
自分の実力が及ばない事が目の前にあると突きつけられれば、それをどうにかしようと思うのが、彼女に限らず学徒の性分だ。
だが、配下の体の事だけに、意地を張って助けを求めない訳には行かない。事前に、
「答志島に連れ帰って、診て貰うんだね?」
「ええ」
「貴女達も、天幕を引き払って一緒に戻るのですよ。答志島で休養している間に、この歌島では、仮では無い恒久の舎屋を建てる手筈になっています」
「建てるって、どの位かかる訳?」
「
「早いねえ!」
能天気な
「
「貴女達も上を目指すなら、もっと堂々となさい。此度の件、銭も資材も惜しみなく投じて良しと、
学徒の一人が不安を口にしかけたが、
学徒達は、
(
(流石は、学師昇進の機会を与えられた方……)
経験を積み自信にあふれ、それでいて自らの力量でかなわぬ事は手を借りる。
賎民の身から選ばれたという矜持が強すぎるあまり、その調和が取れない者が人間の学徒には多く、それが弱点となっていた。
故に、強い障害が立ちはだかり、どうあっても自力で解決出来ないとなると、脆さを露呈して挫折する者が多いのだ。
*
答志島に戻った
「まずは、試術が成って幸いでした。ですが、これの有様は何とも情けない……」
一行を出迎えた長姉は、戸板に載せられた次姉の姿を見て、深い溜息を漏らす。
呆けた顔で涎を垂らし、股を開いて眠りこけている有様は、知性の欠片もない。
「結界が解けて、黄泉返りの放つ思念にさらされたのです。残念ながら、私の力量では癒やす事が叶わず、
「先程まではいらっしゃったのですが、仮宮から入り用な物を借りて来るとおっしゃって」
「仮宮?」
高度な法術に使う法術具や薬物の類は、一門の本拠である答志島に一揃いある。
仮宮にわざわざ出向くならば、
「愚妹の失態で、何とも恐れ多い事になってしまいました……」
「責は、試術を統括する私にあります」
*
仮宮では人狼の童が、
丸太を使って行った試術の経緯の説明を、童は満足そうに聞き入っている。
「試術がうまく行ったなら、姉ちゃんが蘇る見込みも立ったんですね!」
「是。だが今回、お前を訪ねたのはそれが本題ではない」
「次姉様が、その様な事になっているのですか!? 治る見込みはあるんですか?」
喜んでいた童は一転して、慌てて
「是。だが、お前の助力が要る。御夫君様の御許しは得た故、これから答志島まで同行して貰うぞ」
「俺、何か出来るんでしょうか?」
次姉を助ける為というなら是非も無いが、何故、自分が呼ばれるのかが童には解せなかった。答志島には、法術に習熟した学師や学徒が大勢いるのである。
「是。お前でなくてはならぬのだ」
「そうですか…… まあ、それで次姉様を治せるんなら……」
首を傾げながらも童が承諾すると、教導を受けている侍女が行李を手渡してきた。
侍女の内でも格が高い一人で、言仁の身の回りを任されている古株の夜叉である。
「当面入り用な物はこちらへ入っております。御夫君様へ恥じぬ様、あちらでも御勤めを立派に果たされませ」
「あ、有り難うございます……」
手際の良さに、童は舌を巻いた。自分が話を聞く前に、既に手筈は整っていたのだろう。
身支度を整えた童は、飛龍の姿へ化身した
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