FT会議

@nanamiya_nanami

2月。安い居酒屋での思考実験

「これは、思考実験なんだけど……。」

「うん」

 Fは頷く

「もしも、将来、自分の子供ができたとするじゃん?」

「そのときさ…………。」


 私たちは1ヶ月に1度、電気の街にあつまって、酒を飲み交わし、近況を報告する。あること無いことを話し合い、お互いに生きていることを確認する。

 今日は、お互いに懐が寂しいという理由もあって、安くてそこそこの品質が担保されている居酒屋で、酒を酌み交わしていた。


「そのときさ……自分の子供が、何らかの障害を負っているということがわかったらさ、Fならどうする? 産ませる? 産ませない? 」

 ここで、私はハッとする。この思考実験をするときは、前提条件として「母体に影響はない」とか「社会的な地位を失うことはない」が必要だからだ。

 しかし、Fはにべもなく答えた——

「産ませないね。絶対に産ませない」

「へー。 なるほど……。その心は?」

 真意を促す。

「いやね、そもそもさ、私が結婚をするという前提が間違っていてだな——」

「いやいや」

 遮るように、私は言葉を重ねる

「そういうことは一切考えずに。そりゃあ、私だって結婚する相手なんていないし、それを言い出したら、この思考実験は成立しないでしょ」

 Fは不満げな顔を浮かべながら、いかに知らない女性と同居することの、理解のしがたさ、そして、その生活の無縁さを私に語る。話のメインストーリーはそこじゃ無い。

「ところで、なんで生ませないの?」

 すると、Fはなんでそんなことすらわからないんだという顔をして、こう続けた。

「僕はさ、この体質もそうだし、この気質もそうだし、遺伝的で、絶対に遺伝するっていうのがわかっていてさ、子供を残しちゃいけないっていうことが、間違い無いんだよ。」

 確かに、Fは疾病を患っている。私も、精神に問題が有り、通院が欠かせない。そもそも、産ませないなんていう表現はおこがましいことは百の承知だ。子供は授かるものだし、妻には産んで頂くのだ。

 だけれど、私の考えもFと一致した。


「実はさ、この質問には意図があって。父と似たような話をしたとき、私は答えに困ったんだよね。だって、産ませないって、喉元まで言葉が出てきて。それを飲み込んだんだよ。すると、父は私を見かねて、命の大事さ、尊さを私に説いたんだ。」

「へえ。」

 生返事が返ってくる。

「だけれど、私はその考えに同意できなかった。だって、自分の子供に同じ苦しみをさせたくないじゃないかって。」

 手元にあったグラスを口に寄せる。氷が唇を冷やす。

「なるほど、これは、リトマス紙だな。」

Fは得意げな顔で、続ける。

「これはリトマス紙なんだよ。ヒトとヒトモドキとを見分ける。自分がヒトモドキだってことがわかっていたら、ヒトモドキとして生きる苦しみがわかっていたら、決してそんな子供を産ませたいと思わないんだ。この苦しみをもう終わらせてしまいたいって思うだろ? ヒトに擬態するのが得意なTでも、そう思うんだろ? 」

「なるほど——」


 合点がいった。やはり、ヒトの世界は生きづらい。

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