PhaseⅢ

 そんなわけで次の日曜日。


たのもぉーーーー!」

 新作のプラモを引っさげて意気揚々、冥条獄閻斎が『ピットイン多摩センター』にやって来た。


「ちょ、ちょっとお祖父ちゃん、声が大きいって……」

 老人の背中から彼を諌めるのは、燃え立つ紅髪を震わせて恥ずかしそうな様子の琉詩葉だ。


「お、琉詩葉じゃん。理事長も一緒だぜ?」

「ああ、そのようだなコータ」

 店内には既に時城コータと如月せつなが居た。

 日曜の昼日中から、特に買う物も無いのにカウンター付近でダラダラとだべっているのである。

 

「何しに来たんだよ、琉詩葉。勝負はこの前ついただろ?」

「その通りだぞ冥条琉詩葉。理事長に新しい玩具おもちゃでも買って貰うのかな? それとも、まさかまた性懲りもなく我らに勝負を挑みに来たわけではあるまいな?」

 まだ中学生のくせに、昔ながらの模型店とかに稀によくいるイヤ~な常連臭を芬々と漂わせながら、二人が琉詩葉にそう訊いてきた。


「くっ! その通りよ。今日は正々堂々、二対二のタッグマッチで勝負をつけに来た!」

 コータとせつなを睨みつけ、琉詩葉が再戦が申し入れると、


「おい、二対二って?」

「では、お前のチームは……?」

 コータとせつなは、互いに顔を見合わせて……


「ちょ、お前まさか、お祖父ちゃんにバトルを手伝ってもらうのか!? うわダッセー!」

「あははー! これは小っ恥ずかしいぞ。他に友達がいないのか? 冥条琉詩葉!?」

 琉詩葉を指差して、腹を抱えて大笑いする二人に、


「うー! うー! うるさーい! これは、お祖父ちゃんが言い出したの!」

 紅髪を震わせた琉詩葉が、貌を真っ赤にしながら必死でそう弁明した。


「ほっほっほ。まあまあ、いいじゃないか時城くん、如月くん」

 獄閻斎が、満面の笑顔で二人と琉詩葉の間に割って入った。

 

「琉詩葉から、君たちのバトルのことを教えてもらってな。聞けば全国制覇を狙えるほどの実力者と言うではないか。我が聖痕十文字学園から、そのような強豪を輩出できるのは誠にもって幸甚の至りよ……」

 獄閻斎は、いかにも誇らしげな顔でウンウン肯きながらコータとせつなにそう言うと、


「そこでな。わしにも君たちのプラモバトルを見せてほしいのじゃ。君たちが援助にふさわしい実力を持っているとわかれば、来るべき全国に向け学園でも急遽、『プラモ助成金』の支給を検討しないといかんからな!」

 なんとも都合のよい話をチラつかせながら、老人は笑顔を絶やさずに二人に勝負をもちかけた。


「「助成金!?」」

 コータとせつなの、目の色が変わった。


「ああ。一試合につき一人頭きりよく五万円。わるくない話じゃろ?」

 老人が右手の指を広げてニカッと笑う。


「うーん……。でも、いーんですか理事長先生? いくら先生が相手でも、バトルとなれば俺たち、手加減が利かないっすよ?」

 ツンツン頭のコータが、ニヤニヤ嗤いながら獄閻斎にそう言った。


「左様。一度バトルが始まってしまったら、もう俺たちを止めることはこの世の誰にも不可能インポッシブル。理事長、助成金の話は受理するにやぶさかでは無いが、孫の前で恥をかく前に矛を収めるが身のためだぞ!」

 中二病をグリグリこじらせた男子、如月せつなも、アホ毛を揺らしながら無礼千万に老人を挑発する。


「もーー……! 本当にどうしちゃったのよ二人とも……?」

 学校でもいつもアホなコータとせつなだが、話がプラモバトルとなると、より更に輪をかけておかしなテンションになる二人に、琉詩葉はうんざり顔だった。

 だが、この二人のビッグマウスも、ことプラモバトルに関して言えば、決して根拠の無い出任せではない事は、琉詩葉自身も先日の戦いで重々身に染みていた。


 時城コータ、如月せつな。

 琉詩葉は知る由も無かったが、この二人、チーム『暗黒双剣ダークブレイズ』こそは多摩地区最強、中学生の部では西東京に並ぶもの無しと恐れられ、多摩のファイター達からは恐怖と畏敬の念を込めて『最も危険な二人モスト・デンジャラスコンビ』と呼ばれる程の凄腕ビルダーにして実力派ファイターだったのである。(まったくこの二人ときたら、学校の勉強はまるで駄目なくせに、こういうこと・・・・・・だけは、何故だか滅法腕が立つのである。)


「ほっほっほ。こわいこわい。二人とも、お手柔らかに頼むよ」

 獄閻斎が、相変わらずの笑顔で応じた。


「獄閻斎大佐、どうされたのです? こんなところで!」

 さわがしい店内に、カウンターの奥から姿を現した『ピットイン多摩センター』の田中店主が、老人の姿を見て目を丸くした。


「「大佐……?」」

 不思議そうな様子で顔を見合わせる、コータとせつな。


「おうおう、久しいな。店主!」

 獄閻斎が田中店主に挨拶をした。二人は顔見知りのようだった。


「なに、わしの孫たちがプラモバトルに熱を上げているみたいでな。いっちょう、わしも混ぜて貰おうと思ってな!」

 店主をギロリと一瞥すると、涼しい顔でそう応える獄閻斎に、


「な……? 大佐が現役復帰……!? まさか、ここで立ち合うおつもりですか!?」

 田中店主の顔が、みるみる恐怖に歪んでいった。


「その、まさかよ!」

 老人が即答。


「ひっ……! やめてください大佐。うちの店で事を起こすのは、大佐のプラモを使うのだけは……!!」

 必死の形相で獄閻斎にそう懇願する田中店主だったが、


「なになに店主、お前さんの店に迷惑はかけんよ。ま、仮に・・何かあったとしても……」

 獄閻斎は店主を向いて凄絶な顔でニタリと笑うと。


「安心せい。こっち・・・の方は、たんまり弾むわい!」

 なんと。親指と人差指で○を作って、店主の懇願に応じたのである。


「うぅうぅうぅうぅ……、わ、わかりました……」

 店主は苦渋の表情で下を向くと、獄閻斎にボソリと答えた。

 財力カネに黙らされたのである。


「よし、そうと決まれば死合しあい開始じゃ! さあ店主、決闘場まで案内してくれ!」

 獄閻斎がカッカと笑いながら店主の肩を叩いた。


「さ。ちゃっちゃと片付けようぜ、せつな!」

「ああ。そうするとするか、コータ!」

「なにを~! 今回は絶対敗けないんだから!」

 田中店主に連れられ、プレイルームに入室して行く、獄閻斎ら参戦者四人。

 だが……


「地獄が始まる……!」

 自身もプレイルームに入室した田中店主は、床に顔を伏せ悲痛な面持ちで、ポツリそう呟いていたのである。


  #


「プラモ・アクティベーター、起動!」

 プレイルームに五人が集った。

 老人の参戦を承諾した『ピットイン多摩センター』の田中店主自らが、戦場のセッティングを開始した。

 世界に冠たるキャラクター模型メーカーの雄、アダタラホビー事業部の開発した『プラモ・アクティベーター』のバトルステージがぼんやり発光を始めると、


 チリーン……チリーン……チリーン……


 店内に、幽明なおりん・・・の音が等間隔に何度も何度も響き渡って


 "おんぐだくたりんか ねぶろっど づぃん ねぶろっど づぃん、おんぐだくたりんか よぐ=そとーす よぐ=そとーす おんぐだくたりんか おんぐだくたりんか やーるむてん やーるむてん…………"


 何処からともなく聞こえて来る、おかしなお経がお店の中を流れて行き、


「Beginning plamosky flavor particle dispersal!」


 モワワ~ン……


 次いで、ナビゲーターの機械音声と共に『プラモ・アクティベーター』のエアダクトから噴き出した薄紫色の妖しげな煙が、プレイルーム全体に充満していった。


「ほんわわわわー……」

 煙を吸い込んだ琉詩葉の鼻孔の内を、えも言えぬ芳香がくすぐり、琉詩葉の視界に虹色のスパークが瞬き始めた。

 妖しい煙は琉詩葉と獄閻斎、そしてコータとせつな、この場に居合わせた者全てを、まるで覚めてみる夢の如き不可思議の境地へと誘っていくのである。


 この煙、この芳香こそがプラモバトルを可能にする秘技、アダタラホビー事業部が三十五年前に完成させ世に送り出したハイパーテクノロジーの結晶『プラモスキー御香フレーバー』であった。

 言ってしまえば、ただスチロール樹脂を貼り合わせた玩具にすぎない琉詩葉たちの『作品』を、限定空間内とは言え定められたフィールドを縦横無尽に駆け回り飛び回る戦闘マシンへと変える『プラモ・アクティベート・システム』。

 常識的に考えれば、荒唐無稽で到底実現不可能に思えるこのシステムも、決して妖術やまじないのたぐいを用いたものではなかったのだ。


 システムの秘密。それは『共同幻想』にあった。

 プレイルームに充満した『プラモスキー御香フレーバー』は、その場に居るプレイヤーの体内に吸入されると、薬事法とか、麻薬及び向精神薬取締法とかの各種法律を、メーカーの三十年以上に及ぶ弛まぬ企業努力によって巧妙にブッチした或る特殊な幻覚作用を、吸入者の脳に引き起こすのである。

 それは『因果律の消失』であった。

 「物体は力を加えないと移動しない」とか「犬が西を向けば尾は東を向く」とか「プラスチック製の模型に荷電粒子砲は撃てない」とかいう、我々が日々の生活を営むのに必要不可欠にして退屈至極な常識、因果律のリミッターを一時的に脳から消し去り、自身の作品プラモデルに、あたかも本物のように搭乗でき、操縦することが出来るのだという強固な『信仰』をバトル参加者全員の脳内に喚起するのである。

 意識の変容は世界の変容である。

 限定された空間に措いて誰一人として疑う者の存在しない完全なテーゼは、その空間内では即ち現実である。

 このようなプロセスを経てプレイルーム内に一時的に現出した『異世界』の中に在っては、琉詩葉たちの作成したプラモデルは、物理法則を完全に無視して自在に宙を舞い、ビーム砲を撃ち、プレイヤーの製作技術や操縦技術、そして思いの強さ応じた性能を発揮して敵機との交戦が可能になるのである。


「Please set your plastic model kit!」

 アクティブベースにプラモデルのセットを誘うナビゲーターの声に、


「行くぞ琉詩葉、出陣じゃ!」

「OK、お祖父ちゃん!」

 獄閻斎と琉詩葉が、プラモをセット。

 それぞれの機体の操縦桿コンソールを握りながら互いに合図を交わした。


「冥条琉詩葉、『ガルゥ・ライガーX』行きます!」

 琉詩葉の操縦する四足の犬型戦闘メカ、1/144スケール モビルドッグ『ガルゥ』改造機、『ガルゥ・ライガーX』が射出機カタパルトからバトルフィールドに飛び出した。 

 卓越した運動性能と鋭い牙、四肢の先から伸びた裂装甲爪レイザークロウを武器とする、格闘戦に特化した機械獣だ。

 

「冥条獄閻斎、『Ezエグザ・ゼノモーフ』出る!」

 次いで、獄閻斎の駆る『Ezエグザ・ゼノモーフ』が発進する。局地用支援戦闘メカ、1/144スケール モビルトルーパー『Ezエグザ』の改造機であり、両肩にキャノン砲を装備し、背部には自身の体躯の数倍に及ぶ巨大なウェポンラックを負ったその姿は、さながら歩く武器庫である。


「Field Snow Mountain of Antarctica!」

 ナビゲーターの声が琉詩葉と獄閻斎にそう告げた。

 戦場は雪山に設定されていた。

 叩きつけるような猛吹雪がフィールド全体を、参戦者たちの視界を白色の闇に染め上げて行く。


「Battle start!」

 ナビゲーターの機械音声が試合開始を告げた。

 戦いが始まったのだ。


「よし! 琉詩葉も理事長もさっさと片付けて助成金ゲットだ!」

 すでにフィールドに出陣していた時城コータが、琉詩葉と獄閻斎を待ち構えている。


「それにしても、この吹雪では埒があかんな……」

 傍らの如月せつなが、アホ毛をニョロニョロさせながら忌々しげに辺りを見回す。

 吹雪が、互いの索敵を困難にしていたのだ。


「えい鬱陶しい! ならばいっそ、この『ライジョウドウ』で、全てを無に還すのみ!」

 痺れを切らしたせつなの『武鎧黒龍大紘帝ぶがいこくりゅうだいこうてい』が左手のビームロングボウ『ライジョウドウ』を、上天に構えた。そして、


「ハッ! 奪命円環破魔矢アローオブサイクル!」

 大紘帝が天に向かって放った一条の紅の光の矢が、曇天の彼方に飛んで行くと、


 シュ シュ シュ シュ シュ…………


 なんと、無数の光の雨に変じたせつなのビームアローが、バトルフィールド全体に降り注いでいくではないか。


「うおわ! 滅茶苦茶やりやがる!」

 空から降って来る光の矢を必死にかわしながら、琉詩葉が雪原を駆けて行く。

 『EXsドラグーン』の四分の一にも満たない体躯の機械犬『ガルゥ・ライガーX』だが、その分小回りの良さは大型MTの比ではない。

 降り注ぐ紅色の燦爛はライガーの脇を掠めて行くのみ。雪原を右に跳び、左に跳び、琉詩葉は徐々に、空に放たれた光の矢の狙撃元ポイントへと距離を詰めて行く。


「ふん。相手の武装も見定めずにあんな大技を放つとは。所詮は餓鬼の浅知恵か!」

 左手にさした巨大な光彩傘ビームパラソルで矢の雨をしのぎながら、『Ezエグザ・ゼノモーフ』に搭乗した獄閻斎が嗤うと。


「だがこの吹雪……『仕込み』にはうってつけ……! いくぞ『Gキャリアー』発進!!!」

 わけのわからない事をつぶやきながら、操縦桿に配された謎のボタン『G』を押した。


 途端、ガチョン、ガチョン、ガチョン、ガチョン……


 ゼノモーフの背負った十段重ね、葛籠状のウェポンラックが次々とその背面から分離すると、推進剤を噴き上げながら自動操縦で吹雪の雪原へと散っていくではないか。


「さあて、餓鬼ども、どう料理してくれようか……」

 老人がほくそ笑みながら、雪原を飛行して行くと、


「理事長、そこか!」

 吹雪を切り裂いて突然、コータの『D-ベルゼブル』が獄閻斎に斬りかかってきた。

 ゼノモーフのさした光彩傘ビームパラソルの輝きがコータに老人の位置を教えていたのだ。


「ぬうん!」

 老人が巨大な傘をとじ、身の丈の二倍ほどもある長大な光彩槍ビームランスを形成してコータの『十本刀Xプレイズ』を打ち払う。


「お祖父ちゃん!」

 コータの襲撃に気づいた琉詩葉が、獄閻斎を援護しようと方向転換しようとするも、


「琉詩葉! ここはわしに任せい! お前は狙撃手スナイパーを倒すんじゃ!」

 コータと刃を交えながら老人は琉詩葉を制した。


「わかった。お祖父ちゃん!」

 琉詩葉、再びせつなの元を目指して駆け出すも、


「笑わせるな冥条琉詩葉。倒されるのは、お前らだー!」

 雪煙をまき散らしながら狙撃者当人、『武鎧黒龍大紘帝ぶがいこくりゅうだいこうてい』が日本刀『セキノマゴロク』を携えて琉詩葉に迫って来た。

 せつなもまた戦いに身を投じたのだ。

 

「いくよ、せっちゃん! やれ、ライガー!」

 雪を蹴り、琉詩葉のライガーがせつなの大紘帝に飛びかかっていった。


 すでに吹雪は止み、徐々に晴れて行く白い闇が、巨大な雪山の裾野で戦う四つの闘者の機影を露わにしていった。


「どうだ理事長! これで助成金を払う気になっただろ!」

 コータの『D-ベルゼブル』は獄閻斎を圧倒していた。

 ベルゼブルの全身を覆っていた甲殻、漆黒のマント状装甲は雪原に脱ぎ捨てられていた。近接戦闘用にモードチェンジしたベルゼブルの剣戟は、先週琉詩葉と戦った時とは比較にならないスピードでゼノモーフを追い詰めて行く。

 もともと僚機の支援を目的に設計されている獄閻斎の『Ezエグザ・ゼノモーフ』の槍一本では、過剰な武器を持ち味にしたコータの攻撃を裁ききれないのだ。

 光彩槍ビームランスは『十本刀Xプレイズ』によって根元から断たれ、獄閻斎は近接戦闘用の武器を失っている。


「くくく。成る程、強い強い……」

 だが間一髪で『十本刀Xプレイズ』の斬撃を躱しながらも、獄閻斎の目に焦りの色はなかった。


「時城くん。もう昼時じゃ。いったん休憩といかんか?」

 獄閻斎のおかしな申し出を、


「へ、なに寝ぼけたこと言ってんだよ……ん?」

 一蹴しかけてコータは気づいた。吹雪が止んで晴れた視界、白い戦場の各所に配置された、異物を認めたのだ。

 それは丁度、コータの足元にもあった。先程獄閻斎が自機の背中から発進させた大きな葛籠。

 ゼノモーフの、『ウェポンラック』だった。


 チーン……


 タイマーかなにかのような鈴の音が戦場を渡り、


「みなさい時城くん。そろそろ『焼き上がった』ころじゃ!」

 獄閻斎がコータにそう言うと、


 パカッ!


 ウェポンラックが展開して、雪原に葛籠の中身が晒された。


「こ、これは……!」

 眼前に露わになった異物に、コータは息を飲んだ。


 ホコホコホコ……


 立ち昇った湯気。


 ジュウウウウ……


 何かの焼き上がった美味しそうな音。食欲をそそる香ばしい匂い。


「さあ時城くん。たんと上がりなさい!」

 獄閻斎がニヤニヤしながらコータに言った。


 現れたのは、巨大な『餃子』だった。

 発売当時、一部の模型愛好家を大いに沸かせた宇都宮模型謹製の、1/1スケール『餃子Gyo-Za』のプラモだったのである。

 そして見ろ。つやつやした皮。旨そうな焦げ目。半分透き通った皮の下からすけて見える挽肉と韮、ぷりぷりの餡の姿を!

 凄腕モデラーである獄閻斎によって精巧な塗装が施されたその餃子は、かの『餃子の玉将』の店頭サンプルをも遥かに凌ぐ迫真の出来栄え。

 プラモ・アクティベーターによって現出したこの異世界においては、本物の餃子を上回る香しさでコータを誘ってくるのである。


「コータ! 何をしてる!」

 コータの様子に、せつなが気付くも、


「よそ見すんな! せっちゃんの相手はこっちよ!」

 依然琉詩葉と交戦中で、コータを見舞った怪事までは手が回らない。


「うぅうぅう……」

 そして我知らず一歩、二歩、コータのベルゼブルはまるで街灯に惹かれる夜の蛾のように餃子へと引き寄せられていった。

 戦場に現出した餃子という、あまりにもシュールな光景とその香りが、コータをある種の思考停止状態へと陥らせたのである。


 だが、その時だ。

 ドクン……ドクン……。何かの鼓動音。


「なんだ?」

 コータは訝しんだ。

 ドクン……ドクン……

 餃子が、脈動していた。


 そして見ろ、クパアァ……

 餃子の皮が、その合わせ目からゆっくりと開いていくと更に美味しそうな湯気がモワーンと中から立ち昇りはじめる。


「餃子がひとりでに……」

 呆気にとられたコータが、開いていく餃子の中身を検めようと、中を覗こうとした。


「コータ、離れろ、危ない!」

 そして、何かを察したせつながコータに叫んだ時には、既に手遅れだった。


 ビュルン!

 

 破れた餃子から、いきなり飛び出した何かが、コータのベルゼブルの頭部に貼り付いたのだ!

 

「うおわあああああ!」

 突然の怪事に、コータが悲鳴を上げた。

 おお見ろ。その全身からピチョピチョと汚らわしい粘液を滴らせながら、カブトガニのような、ウチワエビのような、あるいは人間が両の手を組み合わせたような奇怪な形状の生物がベルゼブルの頭部を覆い、その首に蛇のような長い尾を幾重にも巻き付けているではないか。

 餃子の内部に居たのは、ただの餡ではなかったのだ。

 獄閻斎が皮の内に仕込んでいたのは、1/12スケール、異星生物イクストル幼体、通称『ヘッドサーフェイサー』だったのである。


「ふんぎいい!」

 頭部に貼り付いた異物を引きはがそうとベルゼブルはもがくが、異生物は離れない。

 ドロリ。そして更なる怪事が起きた。

 ベルゼブルの顔面に配されたダクトを通じて、異生物が機体の内部に何かを流し込んで来たのだ。



「な、なんだ!」

 機体に流入する異物の正体をコンソールで確かめようとするコータは、恐怖に息を飲んだ。

 侵入した何かが、機体の胸部に巣食い、徐々に徐々にその大きさを増してゆく!


「ふむ、そろそろ頃合いか、ならばぁ……」

 雪原を転げ回るコータの機体を満足そうに見下ろしながら、獄閻斎がそう呟くと、


胸部破壊チェストバースト!」

 老人は己が二指をパチリと鳴らしてそう号令したのである。


 次の瞬間、


 グチャッ


 突然、『D-ベルゼブル』の胸部装甲がメリメリと膨れ上がると、イヤな音をたてて内側から爆ぜた・・・


「キシャーーーーー!」

 胸を引き裂き内部からあらわれたのは、蛇のような、ミミズのような、男性器のような奇怪な姿。

 ベルゼブルの内でおぞましい変態を遂げた異星生物の第二形態だった!


「おごあああああーーー! 俺のベルゼブルがーーーーーー!」

 コータの搭乗した球形コクピットは既に異星生物の口にくわえ取られていた。


 メリメリメリメリ……


 異星生物のアクリル樹脂のような透明な牙が、コクピットを押しつぶしていく。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 生きながら怪生物に食われる恐怖に、コータは絶叫した。


「ふん。難儀しとるのぉ? 時城くん……」

 獄閻斎がニマニマ嗤いながらコータに近づいていくと、


「なら救助しないとぉ……」

 そう言うなり、


 ちゅー……………


 ベルゼブルと異星生物のボディを、『Ezエグザ・ゼノモーフ』の前腕の射出機から噴き出した透明な液体が濡らし、有機溶剤の厭な匂いが辺りに充満していった。


「フレイムユニット!」

 ゼノモーフの背部に最後に残ったウェポンラックから、獄閻斎が小型ユーティリティライター『ホウカマン』を取り出すや否や、


「往生せいやぁああああああ!!」

 コータの『D-ベルゼブル』と異生物に、火を放った!


「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 生きながらにしてその身を焼かれる恐怖に、再びコータが絶叫。

 炎に包まれ、ベルゼブルのボディは見る間に溶け、崩れて行く。


「あははーーーー! 汚物は消毒じゃあああああ!」

 燃え立つ炎が獄閻斎のゼノモーフを真っ赤に照らし、老人の高笑いが戦場を渡った。


「ぐははー見たか! 『餃子Gyo-Za』のGは『ギー力"ー』のGじゃあ!」

 獄閻斎が、わけのわからないことを叫びながら勝鬨を上げた。


「こんな色物プラモばっか……ひ、卑怯だぞジジイ!」

 断末魔のコータが怒りの声を上げるも、


「はん! 戦いに卑怯もラッキョウもあるか! 勝てば官軍よぉ!」

 老人は一向に意に介さず。


「ううう。やはり、何度見ても恐ろしい……」

 プレイルームで試合を観戦していた田中店主が、目を背けながら呻いた。

 若き日の獄閻斎がプラモバトルで用いていた、食品サンプルとSFX作品の模型を応用したこの戦法は、対戦者に与える精神的ダメージが甚大で入院する者も続出したため、現在の公式大会では使用禁止とされている技なのである。


「うおわ! お祖父ちゃん、やりすぎじゃん!」

 獄閻斎のプラモ技に、さすがの琉詩葉もドン引きしたその時、


「隙ありだ! 冥界条琉詩葉!」

 せつなの大紘帝の放った一閃、日本刀『セキノマゴロク』の斬撃が、よそ見をしていた琉詩葉のライガーの前足を切り飛ばした。


「しまった! あたし今回、いいトコなし?」

 涙目の琉詩葉のライガーが雪原に転がる。


「おのれ、よくもコータを! これで、とどめだ!」

 相棒の凄惨な最後に、右目を怒りに燃やしたせつなが、日本刀を振り上げて琉詩葉に迫って来た。

 絶体絶命か琉詩葉。だが、その時、


「あきらめるな琉詩葉! 『アレ』を使うんじゃ!」

 獄閻斎が琉詩葉に叫ぶ。


「ううう……アレを使うのか……」

 非常にイヤそうな顔の琉詩葉だったが、背に腹は代えられず、


X攻撃エックスアタック!」

 そう叫ぶと、操縦桿に配された謎のボタン『X』を押した。


「Face open!」

 操縦桿から一言、ナビゲーターの音声がそう告げると、


 ブルブルブルブル…………


 『ガルゥ・ライガーX』の全身が小刻みな蠕動をはじめる。


「なんだ?」

 敵機の只ならぬ様子にせつなの動きが止まった、次の瞬間、


 クパアァァァァァ…………


 ライガーの犬顔が、まるでバナナの皮かなにかのように、鼻先から耳元にかけて、四つに割れて、剥けた・・・


「どわーーーー! なんじゃここりゃー!」

 あまりに異様な敵機の変形トランスフォームに、せつなが悲鳴を上げた。


 ビュルンビュルンビュルン……


 変異はそれだけにとどまらなかった。

 次いでライガーの全身を突き破って飛び出した、赤黒い粘液を滴らせた汚らわしい無数の触手が、せつなの大紘帝に巻き付いてくる!


 ちゅー……………


 四つに裂けた鼻先の内部から露出した烏賊の嘴のような器官から、白濁した怪しげな液体が噴出して大紘帝をヌラヌラと濡らしていく。


 そして見ろ、ドロリ。大紘帝の全身の装甲が見る見る溶けて崩れて行くと、巻き付いたライガーの奇怪な触手と渾然一体、みるみる同化を遂げていくではないか。


「うううう飯がまずくなる……」

 ライガーのコクピットで蒼い顔をしながら琉詩葉が唸った。

 これが、獄閻斎が『ガルゥ・ライガーX』に仕込んだ必殺形態『狂戦士形態バーサーカーモード』だった。

 『自己進化』『自己再生』『自己増殖』の三大機能を備えたナノ兵器『X細胞』で構成されたライガーは、ひとたびリミッターを外されるや否や、機械、生物の別を問わず、片端から周囲の物体に浸潤、同化を繰り返してその惑星上に自他の別が消滅するまで爆発的に増殖して行く禁断の虐殺器官ジェノサイドオーガンなのである。


「ひ……ひ……ひやらぁあああああああああああああああああああああ!」

 自らの機体を生きながら吸収、消化される恐怖に、せつなが絶叫した。


「ぐははー見たか! これが本物の・・・プラモバトルじゃーーー!」

 獄閻斎の気違いじみた高笑いが地獄の戦場に響き渡った。


「ふー。なんとか勝ったか! あたしも脱出しないと!」

 血と粘液にまみれたおぞましい勝利に微妙な表情の琉詩葉が、操縦桿の脱出ボタンを押す。

 リミッターが解除された『ガルゥ・ライガーX』の機体は放っておけば搭乗者そのものも捕食、消化してしまうのである。


 メリメリ……グバッ!


 恐るべき触手犬と化してせつなを捕食中のライガーの背部が中心から裂けると、内部から琉詩葉の搭乗した脱出機『ライガーコア』が空中に飛び出した。


 だが……ヒュルン。


 いまや犬の全身から何千本ととび出している汚らわしい触手の一本が、琉詩葉の『ライガーコア』をすかさず巻き取り、捕えたのだ。


「しまった! 変化が速すぎる!」

 琉詩葉の蒼い顔がさらに蒼ざめた。


 プチプチプチプチッ!


 触手が見る間にライガーコアを同化すると、さらに細かい無数のイトミミズ状になって、琉詩葉のコクピットに侵入してきた。


「わー! お祖父ちゃん、なんか変な事になってるよー!」

 自機に起こった異変に琉詩葉が混乱して叫ぶ。


「いかん! 琉詩葉!」

 孫の危機に気づいた獄閻斎があわてて琉詩葉の元に駆け出すが。


「い、いやだ~~~~~!」

 コクピット内部をピチピチ跳ねまわる触手が、琉詩葉の足に巻き付き、彼女の足首を、太ももを、ヌルヌルと這い上がってくる!


「どぎゃ~~~~~~~!」

 琉詩葉の絶叫が、白い地獄に木霊した。


「琉詩葉~~~!」

 愕然とする獄閻斎の背後で、何者かが立ち上がった。


「まだだ! まだ終わらねえ!」

 全身を炎で焼かれ装甲板を溶かされてもなお、不屈の闘志、というか復讐の一念で立ち上がったコータのベルゼブルだった。


「うおお! こーなりゃ道連れだー!」

 コータが最後の力を振り絞り、獄閻斎に追突する!


「ぬおお! 放さんか、小僧!」

 勢い余ったコータのベルゼブルと獄閻斎のゼノモーフが、せつなの大紘帝を同化し琉詩葉を捕食したライガーXにそのまま激突した。


 ぶちゃあ! ビチビチビチビチ………! ぐちゅるるるる! ぼおおおおおおおおお………!


 燃えたベルゼブルとゼノモーフと溶けた大紘帝とライガーXがくっつき、溶け合い、混ざり合い、同化して、次の瞬間、


 ぼんっ!


 ゼノモーフの装備したライターの燃料に炎が引火、雪原で大爆発が起きた。


「Battle aborted!」


 次の瞬間、戦闘中止を告げるナビゲータ音声と共に、バトルフィールドが消滅し、試合が終了した。


 『プラモ・アクティベーター』の卓状には勝者の機体は無く、残されているのは、そこかしこから蜘蛛の脚のような突起物を飛び出させ、全身が焼け爛れ、いくつもの顔が混ぜ合わされ、各所からグズグズと汚らわしい粘液を滴らせた、おぞましい一個の『物体』だった。


「はわわわわわわわわわ……」

 プレイルームでは、異世界で触手に捕食されかけた琉詩葉が、痙攣しながら泡を吹いており、コータもせつなも卒倒していた。


「ちくしょー! よくも俺たちのプラモを~~~!」

「このケリは、必ずつけてやるからな理事長!」

 どうにか床から立ち上がったコータとせつなが、変わり果てたプラモを目にして憤懣やるかたない目で獄閻斎を睨んだ。


「ぐぬぬぬぬううううう! やってくれたな、わっぱども!」

 獄閻斎もまた怒りに燃える眼で二人を睨んだ。


「わかったぜ理事長。勝負の続きは、来週!」

「プラモバトル西東京予選大会! 全年齢無差別級で待ってるからな!」

「いいじゃろう、今度こそ決着をつけてくれるわ!」

 獄閻斎とコータせつな組が、闘志を剥き出しにして予選大会での再戦を誓った。


「イヤだ……もう、バトルは……イヤだ……」

 ようやく我に返った琉詩葉が、恐怖に眼を竦ませてそう呟いていた。


「大佐……やっぱりもう、当店には来ないでください」

 現役時代よりも更に凄惨さを増した老人のプラモバトルを目の当たりにして、田中店主が蒼い顔でそう呻いた。


  #


 そんなわけで予選大会前夜。


「あのジジイみてろよ、今度はこいつで絶対にぶっ倒してやる!」

「ああ。奴のプラモと戦法はすでに研究済だ。俺たちの本当の・・・実力、たっぷりと味わわせてやる!」

 時城コータの自宅の庭先。コータとせつなは予選大会に出場するための機体の最終調整を行っていた。

 ロールアウトした機体は、1/144スケール ウルトラハイグレード モビルフォートレス『ヘリアンタス・トライ』。

 全幅100センチ、全長200センチに達する、まるでコンテナの塊のようなウェポンラックの内側には、ハバネロパウダー、瞬間接着剤、ドラゴン花火、丸鋸、粉わさび、オタマジャクシ、カメムシ、カエルの死骸、犬のウンチといった、顔を背けたくなるような非人道兵器が詰め込まれていた。


  #


「ぐふふふ……みておれよー餓鬼ども、今度こそ、このわしの本当の・・・実力を見せつけてくれる! 二度とバトルが出来ないくらい完膚なきまでに叩き潰してやるわい……」

 大邸宅冥条屋敷のガレージで一人。腕組みをして譫言のようにブツブツとそう呟きながら、冥条獄閻斎は予選大会に出場するための機体の最終調整を行っていた。

 得物は、1/35スケール アルティメットメタルグレード モビルトルーパー『フルアーマーデストロイドユニコーン』。

 頭超高90センチ、全高150センチに達するその巨体の、展開式装甲版の内側には、催涙ガス、有機溶剤、ネズミ花火、火炎放射器、クレンザー、ゴキブリ、イトミミズ、鼠の死骸、犬のウンチといった、目を覆いたくなるようなド外道兵器が詰め込まれていた。


  #


 こうして予選大会当日、プラモバトル無差別級で再戦を果たした獄閻斎と、コータせつな組の試合は、会場全体に血と汚物と粘液と腐臭がまき散らされ、その場で卒倒して病院に搬送されるギャラリーが100人を超え、獄閻斎と二人は日本プラモバトル協会から永久除名処分、多摩地区の全模型店から生涯出入り禁止処分を受けるほどに酸鼻を極めた戦いとなるのだが、その仔細をここに記しても皆さんを不快にさせるだけなので、このあたりでそろそろ筆を置くのが賢明というものだろう。

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Gプラ ビルドバトラーズ ―逆襲のレコンキスタ― めらめら @meramera

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