PhaseⅡ

「お祖父ちゃんごめんなさい……! コテンパンに、やられちゃいました~~」

 昼間出向いたコータとの果し合いに完敗。茶の間に座して泣きながら祖父に詫びを入れる琉詩葉に、


「そんな馬鹿な……わしのドラグーンがここまでやられるとは……! 琉詩葉、一体何があったんじゃ?」

 無残な姿に変わり果て戻って来た自身の作品『EXsドラグーン』を驚愕の表情で見据えながら、老人は琉詩葉にそう問うた。


「グスッ……お祖父ちゃん、実は……」

 琉詩葉が、果たし合いの顛末を話し始めた。


  #


 話は昼間に遡る。


「くくく、コーちゃん。先週は好き放題やってくれわね!」

「なんだよ、琉詩葉。本当に来たのか?」

 うまの刻丁度。

 コータに送りつけておいた果たし状の時刻に違わず、祖父の『EXsドラグーン』を引っさげた琉詩葉は『ピットイン多摩センター』の敷居を跨いでいた。


「アタボーよコーちゃん! こないだのあたしとは違うんだから! ケツの毛まで抜いてヒーヒーゆわしたるかんな!」

「へ。吠えるなって琉詩葉。見れば新しいプラモを用意してきたみてーだが、どんだけ足掻いたところで、この俺には勝てねーぞ!」

 完全に舐めきった態度のツンツン頭に、


「いいでしょう。ならば、あたしとこの『EXsドラグーン』の力、勝負の二文字で教えるのみ!」

 琉詩葉は、燃え立つ紅髪を逆立てて猛った。


「おっしゃ! 来いや琉詩葉ぁ!」

 プレイルームで相対した二人は、『プラモ・アクティベーター』のアクティブベースにそれぞれの愛機をセットした。

 真昼の決闘ハイ・ヌーンである。


  #


「Battle start!」


 『プラモ・アクティベーター』のナビゲーターが試合開始を告げた。

 戦いが始まる。設定されたダメージレベルは『松』。

 フィールド内で機体の被った損傷がそのまま現実のプラモに反映されるという、一体だれが得をするのか理解しかねる最もシビアなダメージ設定である。


「冥条琉詩葉『EXsドラグーン』、行きます!」

 琉詩葉のドラグーンが発進する。


「時城コータ『D-ベルゼブル』、出る!」

 コータも操縦桿のレバーを引いた。


「Field Ruins!」

 アクティベーターによってランダムに設定されたバトルフィールドは、崩れかけた高層ビルの林立する廃墟と化した市街地だった。


「小細工なし! 最初からクライマックス!」

 フィールドに飛び出した琉詩葉は、間髪入れずに愛機を『D・クルーザー』に変形させた。

 ギュン。瞬時に高速巡航艦へと変じたドラグーンが、コータの機体に一直線に爆進する。


 廃墟の上空に浮揚してそれを迎え撃つ機体は、コータの『D-ベルゼブル』。

 禍々しく肥大化した両手の指先から放出されているのは、紫色に輝いた計十基のビームサーベル。

 そのボディの正面をまるでカブトガニの甲殻のようにすっぽりと覆った漆黒のマント状装甲。

 背中から突き出した蜘蛛の脚のような六本の副腕サブアーム。これまた異様に肥大化した脚部スラスター。

 本来は純白のベビーフェイスである1/144スケール『D-セラフィム』をベースに、とにかく黒くて悪くて尖ってればカッコいい的な徹底改修を加えた暗黒ダークネスな機体である。


「いくよ、コーちゃん!」

 琉詩葉が叫ぶやいなや、クルーザーの前面に展開された四基のビームカノンから、一斉に緑の閃光が放たれた。

 琉詩葉の一斉砲火が空を裂き、ベルゼブルのボディに突き刺さる。かに見えたのだが、


「へっ! こいつにビームは効かねーんだよ!」

 コータが嗤う。琉詩葉の放ったビームは、まるで砂場に撒かれた水のようにベルゼブルの漆黒のマントにそのまま吸い込まれて行ってしまうのだ。


「今度はこっちの番だぜ。いきなりジエンドだーーー!」

 琉詩葉を見据えて叫んだコータ。

 次は彼のターンだった。

 コータのベルゼブルが、背中の副腕を自機の正面に交叉クロスさせてると、


 ジジジジジ……


 六本の副腕サブアームが空中に描いた光の六芒星が急速にその輝きを増していき……


「くらえ琉詩葉! ベルゼブル・バニッシュメント!」

 六芒星から放出された紫光のうねり、高出力ビームの奔流が琉詩葉のドラグーンに襲いかかる!

 

「うおあ!」

 強烈な閃光に飲み込まれる琉詩葉。絶体絶命か『EXsドラグーン』!

 だが次の瞬間、コータの放ったビームは琉詩葉の機体の正面で……拡散していた。


「なにい!」

 コータが目を剥いた。琉詩葉の機体の正面に展開されてビームを防いでいるのはドラグーン脚部から飛び出した二基の有線兵器ビットだった。

 『リフレクターユニット』。敵の放った粒子砲を拡散、乱反射させるドラグーンの隠し武器である。

 ビームを散らしながらコータに突撃する琉詩葉のドラグーン。空中で乱反射した紫色の光の燦爛が、コータのベルゼブルにも容赦なく襲い掛かる。


「くそっ!」

 咄嗟に身を引くコータのベルゼブル。


「モード・トルーパー!」

 そして琉詩葉が一声。

 と同時に『EXsドラグーン』が高速巡航艦形態クルーザーから、一瞬にしてその姿を人型へと変じた。


「速い!」

 変形の迅速さに、思わず驚きの声を上げるコータ。


「カノンがダメなら、こいつがある!」

 既に琉詩葉の駆るドラグーンの右手には、緑に輝くビームサーベルが握られていた。


「しゃらくさい!」

 コータも咄嗟に両手から生えた十基のビームサーベル『十本刀Xブレイズ』を琉詩葉に向けるも、


 シュラン。


 剣戟のスピードは、琉詩葉の方が遥かに上だった。

 次の瞬間には、琉詩葉のビームサーベルはコータのベルゼブルの両の手の全指、『十本刀Xブレイズ』をその基部から残らず斬り落としていたのでる。


「だああ!」

 間髪入れず琉詩葉が、二の太刀。

 

「ぐうう!」

 劣勢になったコータが、咄嗟に背中の副腕サブアームを構える。


「ベルゼブル・シールド!」

 アームから生じた六芒星が、紫の光彩盾ビームシールドに変じて、琉詩葉の剣をどうにか防いだ。

 だが、苦し紛れにすぎなかった。

 盾は琉詩葉のビームサーベルの出力に抗しきれていなかった。徐々に徐々に押し斬られてゆくコータの光彩盾ビームシールド

 ベルゼブルを着実に追い詰めて行く、琉詩葉のドラグーンの鍔迫り!


「くくっ! コーちゃん。どうやら剣の腕はあたしの方が上みたいね! 今日は、あたしが、勝ぁつ!」

 勝利を確信した琉詩葉が、ニマニマ笑いながらコータにそう宣言した。


 だが……


「へっ! そいつはどうかな?」

 コータもまたニタリと嗤った。


 次の瞬間、ドガン!

 空中で轟いた爆音とともに、『EXsドラグーン』の右手首はビームサーベルごと根元から吹き飛んでいた。


「へ?」

 琉詩葉は一瞬、何が起きているのか理解できなかった。


 そして間髪入れずに、


 ズドン! ズドン! ズドン!


 地上から何者かの放った、ビームの連撃が、琉詩葉のドラグーンを無残に貫いて行った。


「そんなー!」

 慌てて、その場から離脱しようとする琉詩葉だったが、もはやドラグーンにその余力は残されていなかった。


「おわりだ、琉詩葉ぁ!」

 すかさずコータの反撃。ドガン。ベルゼブルが『十本刀』を切り落とされたその両腕で琉詩葉を地上に叩き落とす。


「うわー!」

 ビルの谷間に墜落してゆく琉詩葉のドラグーン。

 落下しながら琉詩葉は見た。

 市街から琉詩葉に不意打ちを喰らわせた、もう一機の敵の姿を。

 いつの間にかバトルに乱入していた謎の機体、真っ赤な長弓ロングボウを左腕に構え、その全身を龍を模した黒金色の鎧で覆った武将の出で立ち。

 そいつの放った光の矢ビームアローが、地上から琉詩葉のドラグーンを撃ちぬいていたのである。

 ドガッ。ドラグーンが街路に叩きつけられた。


「ふっ! どうしたコータ。そんな相手に後れを取るなんて、お前のベルゼブルが泣いているぞ!」

 地上の鎧武者がコータに向かってそう叫んだ。


「そ、その声は!」

 琉詩葉は愕然。声に聞き覚えがあったのだ。

 おお。琉詩葉がバトルに夢中になっている間に、いつの間にかプレイルームに入室して試合に乱入してきたのは、その左眼を真っ黒な眼帯で覆い、アホ毛をニョロニョロさせた一人の男子だった。


 聖痕十文字学園中等部二年、如月きさらぎせつな。

 中二病をグリグリ拗らせた、琉詩葉のクラスメートにして、コータの親友でもある男だった。


「げっ! せっちゃんまで、こんな事やってたんだ!」

 琉詩葉が蒼ざめる。コータがここまでバトルにのめりこんでいるのだから、当然予想できる展開だったのに。


「わりーわりー、せつな、ちょいと油断しちまってさ!」

 地上に降りて来たコータが、せつなに詫びた。

 

「まったく、地区予選を前にそんなことでどうする。忘れるなコータ。俺たちのステージは全国大会のはずだぞ!」

「ああそうだな、せつな。俺の『D-ベルゼブル』と、お前の『武鎧黒龍大紘帝ぶがいこくりゅうだいこうてい』!」

「二体で最強! それが俺たち!」


「「チーム『暗黒双剣ダークブレイズ』だ!」」

 コータとせつなが、二人で名乗りを上げた。


「ちょま……っ! なに格好つけてんのよ、あんたたち! 不意打ちで二対一なんて、チョーかっこわるいし!」

 地上に転がったドラグーンから琉詩葉が抗議の声を上げるも、


「へ。だからお前はアホなんだよ琉詩葉! 地獄の戦場で二対一も三対一もあるか!」

 コータが再び『ベルゼブル・バニッシュメント』の照準を琉詩葉に向ける。


「弱いお前が悪いのだー!」

 せつながビームロングボウ『ライジョウドウ』を再び琉詩葉に構える。


「ひ、卑怯よーーー!」

 琉詩葉の無念の叫びが、戦場に響き渡った。


  #


「くきききー! 悔しいよお、お祖父ちゃん!」

 昼間受けた辱めを思い出して、再び憤怒の呻きを漏らす琉詩葉と、


「おのれぇ二対一とは! 彼奴きゃつらめ卑怯な真似を……!」

 孫を愚弄され自信作『EXsドラグーン』をバラバラにされて、怒りに戦慄わななく獄閻斎。


「よくもわしの孫を……よくもわしのドラグーンを……!!」

 苦虫を噛みつぶした様な形相で、しばし銀色の総髪をプルプルさせていた老人だったが、やおら、


「こうなれば琉詩葉、打つべき手は一つじゃ!」

 獄閻斎はキッと琉詩葉を見据えると、孫に向かってそう言ったのだ。


「え……打つ手?」

 獄閻斎のただならぬ様子に、琉詩葉が首を傾げると、


「うむ。このわしが、直々に討って出る!」

 老人は、琉詩葉に重々しくそう応えたのだ。


「な……? お祖父ちゃんが?」

 思いもよらぬ祖父の参戦表明に戸惑う琉詩葉だったが、


「何を驚くことがある、琉詩葉。向こうが二人なら、こちらも二人。条件は対等。琉詩葉、お前とわしで、今度こそ彼奴きゃつらを叩き潰してやるんじゃ!」

 獄閻斎の決意は揺るがず、


「よし。今より、チーム『ごっくん&ルーシー』再結成じゃあ!」

 老人はおもむろに座布団から立ち上がり、力強く琉詩葉に宣言したのである。


「でも、大丈夫かなあ? 言いたかないけど、あいつら強いよ?」

 なおも不安そうな琉詩葉に、


「なに、安心せい琉詩葉。このわしが彼奴きゃつらに、本物の・・・プラモバトルと云うものを見せてやるわ!」

 老人は琉詩葉にそう応えると、獰猛な顔つきでニカリと笑ったのである。


本物の・・・……?」

 何を言っているのか理解できずに、混乱する琉詩葉。

 じゃあ、今までのお祖父ちゃんとのトレーニングは、いったいなんだったの?

 琉詩葉の疑念をよそに、


「そうと決まれば、新たな機体の準備じゃ! 琉詩葉、わしは二、三日『籠る』からな、留守は任せたぞ!」

 獄閻斎は孫娘にそう言って、そそくさと出支度を始めたのである。


  #

 

 その夜遅く。


「ねえ、お祖父ちゃん。もう夜中だし、冷えるし、そんなに根詰めると体に悪いよぉ」

 作業机に向かって新たな『機体』の作成に没頭している獄閻斎の背に、琉詩葉は心配そうに声をかけた。


「なに、案ずるな琉詩葉。ちと昂ぶってな。こいつら・・・・の本体を組み上げるまでは、眠れそうにないわい!」

 机に向かったまま、老人は応える。

 獄閻斎が籠っているのは、冥条屋敷邸内のガレージ。

 老人が模型製作に専念するための作業場であった。


「そうか……それからさ、お祖父ちゃん。さっき本物の・・・プラモバトルって言ってたけど、あれって、一体どういうこと?」

 琉詩葉は思い切って、先程祖父の言葉に抱いた疑念をぶつけてみた。

 ピタリ。機体を組み上げていた獄閻斎の手が止まった。


「ふむ、琉詩葉。わしらが若い頃はな、プラモバトルと言えば『ルール無し』が当たり前。不意打ち、闇討ち、ジャンルも縮尺スケールも全て不問。関節の動かないノリナガチョコスナックの『ザコ』をミノウエアーツ謹製の『キンゴジ』が踏み潰すなどは日常茶飯事よ。そのような無法地帯のバトルロワイヤルにおいて、プラモバトルのテクニックが如何なる怪物的進化を遂げて行ったか、今のぬるいレギュレーションに保護まもられたヒヨッ子どもには、想像もつくまいて……!」

 琉詩葉を振り返りながらも、獄閻斎は半ば自分に話しかけるようにそう呟くと、凄惨な表情でニタリと嗤ったのである。


「ひっ!」

 琉詩葉は、うなじの産毛が逆立つのを感じた。

 ファイターとしての祖父の過去に秘められた、何か底知れぬ「魔」を垣間見た気がしたのである。


「見よ、琉詩葉。これが本物の戦支度・・・というものじゃ! お前と『EXsドラグーン』の仇は、こやつらが取る!」

 そして、獄閻斎は作業机から立ち上がり、作業中の「機体」を琉詩葉に開陳した。


「こ……これは……!」

 琉詩葉は目を見開いた。

 そして老人の作業机に散乱した、異形の機体とパーツ群を目の当たりにして、琉詩葉の貌からみるみる血の気が引いていった。


「見ておれよぉ……! 餓鬼ガキども。天と地とのはざまには、貴様らのっさい戦闘哲学では思いもよらないいくさがあるということを、このわしが身を以って教えてやるわい!」

 そう言ってほくそ笑んだ老人の眼には嗜虐の炎がチロチロと煌めき、その顔は来るべきリベンジの刻に思いを馳せたか、獰猛な悦びの色に染まって行ったのである。

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