Gプラ ビルドバトラーズ ―逆襲のレコンキスタ―

めらめら

PhaseⅠ

 ドゴーン!


 闇と静謐に満たされ、彼方に星々の渦の煌めく真空の宇宙空間に、突如耳を劈く爆音が鳴り渡った。


「わぶぅ!」

 紺碧の軽装型宇宙服ノーマルスーツにその身を包んだ聖痕十文字学園せいこんじゅうもんじがくえん中等部二年、冥条琉詩葉めいじょうるしはが、燃え立つ炎のような紅髪を揺らしながら歯を食いしばり、全身を襲った爆発の衝撃に必死で耐えた。


「えーと、被弾状況は? まだ、行けるか!?」

 琉詩葉の座った360度全天周囲モニター・リニアシートから一望できる星々の景色を、みるみる不吉な爆炎が覆っていき、琉詩葉の眼前に展開された立体投影端末ホロ・コンソールには、彼女が搭乗した機体マシンの被弾状況とダメージ・レベルが仔細に表示されていく。

 今、琉詩葉が居るのは、一機のマシンの操縦席コクピットだった。

 その四肢と背部に備わった無数の推進機スラスターを駆使して広大な星の海を自在に航宙する、純白と青灰色に塗り分けられた装甲に覆われた人型のマシン。

 いや、その姿は人型と呼ぶにはあまりにも「過剰」だった。

 まるでハリネズミのハリのように全身から突き出したビーム・カノン、右手に携えられている長大なビームスマートガン。

 背部に装備された巨大なブースター・ユニットは先ほどの爆発音の元だろう。何者かの砲撃で被弾した右部スラスターが無残にひしゃげているのである。

 1/144スケール モビルトルーパー『EX《エクシード》・スペリオルドラグーン』の、痛ましくも雄々しい姿だった。


「くそっ! ブースターユニット直撃か、それにもう、右腕は使えない!」

 そのドラグーンのコクピットで、コンソールのダメージ・レベルを確認しながら、焦燥の呻きを漏らす琉詩葉に、


「何やっとるか琉詩葉! 背中がガラ空きじゃあ!」

 間髪入れず、操縦席コックピットの通信機から、しわがれ声で強烈な怒号が飛んできた。

 通信用コンソールのモニターごしに琉詩葉を厳しい目で見据えているのは、銀色の総髪を闘志で震わせた、彼女も良く知る一人の老人だった。


 琉詩葉の機体を攻撃してきたのは、彼女の実の祖父にして聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎めいじょうごくえんさいその人だったのである。


「くっ!」

 琉詩葉は全天周囲モニターから後方を検める。

 絶対零度の暗黒を切り裂いて、琉詩葉の機体を追ってくる光の奔流があるのだ。

 おお見ろ。ダメージを被った彼女の『EXsドラグーン』に猛然たる勢いで迫り来る白い機影を。

 全身の装甲を煌めかした黄金のレリーフ。背中から迸った鮮緑の光彩翼ビーム・ウィング。そして両手両足を覆った、まるで蝙蝠の羽のような禍々しい強化装甲。

 冥条獄閻斎が駆る1/144スケール 霊長ロボ『ヴルヴルヴァルブⅡ号機宇宙戦仕様 カレトヴルッフ・フルインパクト』の威容である。


「この程度か? 琉詩葉ぁ!!!!」

 両の目に真っ赤な戦火を燃やして琉詩葉に迫る老人に、


「お祖父ちゃん! まだまだぁ!!!!」

 琉詩葉もまた激昂して叫んだ。


 相対する二人。

 琉詩葉と獄閻斎は戦火に身を投じていた。


  #


 無論、ただの中学生にすぎない琉詩葉と、還暦もうに過ぎた彼女の祖父が戦っているのは、本物の戦場でも、本物の宇宙空間でもなかった。

 二人が居るのは、まるで現実のように精巧に構築された仮想世界の内部だった。

 大邸宅、冥条屋敷の一間を改装したトレーニングルームに置かれた競技用卓球台ほどもある卓状マシン、最新のアミューズメントバトルシステムである『プラモ・アクティベーター』によって作り出された異空間、架空の戦場バトルフィールドなのである。


  #


 きっかけは、雑誌の特集だった。


「プラモバトル! そういうのもあるのか!」

 日曜日、布団でゴロゴロしながらローティーン向けファッション雑誌『テスラtesla』を読み耽っていた琉詩葉は、突如驚きの声を上げた。

 編集者の正気度がかなり気に掛る今月号の巻頭企画「今年こそなれる! オタモテ女神ミューズ!」の一節「オタモテ女子はプラモでバトル!」の内容が、強烈にひっかかったのである。


 自分で組み立てたプラモデルを、自由に操縦して戦わせることが出来る。

 そんな楽しそうな遊戯ゲームを、世のオタク男子どもは、もう三十年以上も昔から自分達だけでコソコソと楽しんでいるというのである。

 雑誌の中で可愛い読者モデルテスモたちが、自作のプラモデルを持ち寄って「あーんヤられちゃった~」とか言いながら楽しそうにバトルに興じている様子に、


「面白そう! あたしもやる!」

 何事にもすぐ感化される琉詩葉は、布団から跳びあがると早速出支度を始めたのである。


  #


「ふえー。いっぱい種類があるのねー」

 そんなわけで、近所の模型店『ピットイン多摩センター』にやってきた琉詩葉が、店内にうず高く積まれた戦車やヒコーキやロボットのプラモデルの山を見回しながら溜息をついていると、


「お嬢ちゃん、雑誌をみて来たんだろ? どうだい、バトルやってみる?」

 カウンターから顔を出したロマンスグレイのイケメン、田中店主が親切にそう声をかけて来た。


「出来るの!?」

 店主を向いて声を弾ませる琉詩葉に、


「ああ、初心者歓迎だよ。そこの棚から好きなのを選んで、あっちのプレイルームでやってみるといいよ」

 見事な塗装が施された戦車や怪獣やロボットの完成品が飾られた陳列棚を指差して、店主はにこやかにそう応じたのである。


 そんなわけで……


「すんげー! 気持ちイイーーーー!」

 田中店主にお店の展示品、1/72スケール『ワルキューレ ロードランナー』を貸してもらった琉詩葉は、プレイルームの『プラモ・アクティベーター』システムを起動して早速バトルフィールドに飛び出していた。

 F-144戦闘機に手足が生えたような、鳥のようなヒコーキのような奇怪なマシンが宇宙空間を縦横無尽に飛び回る。


「えーと、ここのレバーが方向転換で、このボタンが『攻撃』っと……」

 まだ拙い操縦技術ではあるが、持ち前の運動神経でどうにか機体を操る琉詩葉がフライトを満喫していると、


「プラモスキー反応アリ、破壊ハカイ破壊ハカイ!」

「ん?」

 琉詩葉は目を瞠った。正面から三つの機影が迫って来たのだ。

 練習プラクティスモードで起動された『プラモ・アクティベーター』が放った練習用自動操縦機である。

 両手でマシンガンを構えた、いかにも弱そうな丸っこい緑色の機動歩兵、1/144スケール モビルトルーパー『ザコ』の姿だった。


「あいつらが、敵ね!」

 琉詩葉は目を輝かせた。

 見た感じ、機動性はこちらの方が遥かに上。撃って来るビームもまるで貧弱だ。


「やれる! 勝てる」

 右手のビームガンポッドを構えて、琉詩葉は自分に言い聞かせた。

 敵の機影に照準を定めて、ロックオン、一体、二体、三体……


「いっけーーーー!」

 次の瞬間、琉詩葉の放ったビーム連撃は三体の『ザコ』を正確に射抜き、破壊していた。


「ヤッター! これ楽しー! せっちゃんや、コーちゃんにも教えてあげよ!」

 初陣の戦果に大満足の琉詩葉は、早くもクラスメートを誘ってのチームバトルを夢想していた。


 だが三分後……。


  #


「どぎゃ~~~!」

 琉詩葉の悲痛な叫びがバトルフィールド全体に響き渡った。

 宇宙空間には、背面からビームサーベルによる奇襲攻撃を受けて無残にも真っ二つになった『ワルキューレ ロードランナー』の残骸が漂っているのである。


「けっ! 琉詩葉。お前マジで才能ねぇよ!」

 琉詩葉を襲った張本人が自身のプラモ、1/144スケール モビルトルーパー『D-ベルゼブル』を片手に、敗北に打ち震える琉詩葉を指差して悪態をついた。


「もー、コーちゃん! いったい何すんのさーーー!」

 涙目の琉詩葉が、拳を振上げ彼に抗議する。

 なんと、琉詩葉のバトルに途中乱入して背後から『ワルキューレ』を破壊したのは、彼女のクラスメートだったのだ。

 聖痕十文字学園せいこんじゅうもんじがくえん中等部二年、ツンツン頭の時城ときしろコータである。


「そうだぞ、コータくん。プレイルームはみんなで仲良く使わないと……」

 対戦者を愚弄するコータを見かねたのか、プレイルームに入って来た田中店主が彼にそう注意するも、


「何言ってるんすか、店長。西東京予選大会まであと三週間しかない。まだまだトレーニングも機体のチューンも十分じゃないのに、こんな素人トーシロにウロチョロされたら、こっちも目障りなんっすよお!」

 コータはまったく聞く耳を持たない。


「大会……!?」

 琉詩葉は、わが耳を疑った。

 こんなもの・・・・・に、大会とかあるんだ!


「それに、いーんすか店長? 俺たちが全国大会で優勝すれば、チャンピオンが戦う常連店として、この店の売上だって相当なモンになるはずだ。いーんすね店長。俺たちが、優勝できなくて、いーんすね?」

 あげくが、店主の足元を見るような、コータのこの不遜な物言い。


「ななな……どうしちゃったのよコーちゃん!?」

 琉詩葉は唖然としてコータを眺める。

 学校では優柔不断で、いつも学年成績最下位の座を琉詩葉と争っているアホ男子のコータなのに、話がプラモバトルとなると、この豹変ぶりである。


「まったく、しょうがないなー。とにかく、プレイルームではみんなで仲良く遊ぶこと! わかったね!」

 田中店主も匙を投げたのか、コータに今一度念を押すと部屋から出て行ってしまった。


「いいか、琉詩葉!」

 コータが再び琉詩葉を向いた。


「此処は男の戦場だ! 女子供が来ていい場所じゃねーんだよ! 雑誌で取り上げられたか何だか知らねーが、プラモのプの字も知らねーヒヨッ子が、俺たちの前にシャシャリ出て来んじゃあねーっつーの!」

 なんと、自分も子供のくせして、コータは琉詩葉にそう吐き捨てたのである。

 まるでオタクの悪い所を凝縮したような、排他主義の塊みたいなコータの傲慢な物言いに、


「うぅうぅうぅうぅうぅ……」

 琉詩葉は悔しさに貌を真っ赤にしながら、下を向いてプルプル唇を震わせるしかなかったのである。


  #


 そんなわけでその夜。


「お祖父ちゃん、お願いがあります! お祖父ちゃんのプラモを、あたしに貸してください!」

 夕飯時、大邸宅冥条屋敷の茶の間で、琉詩葉は祖父獄閻斎にそう言って頭を下げた。


「なに? いったいどうしたというんじゃ琉詩葉?」

 孫娘の尋常でない様子に首を傾げる獄閻斎に、


「お祖父ちゃん、実は、コレコレこういう訳で、敗けられない戦いがあって!」

 琉詩葉は、祖父に昼間の顛末を話した。

 若い頃から『ジオラマの凛ちゃん』なる異名を馳せて来た、凄腕モデラーでもある祖父から『作品』を借り受けて、あの傲岸不遜なクラスメートのコータと再戦、雪辱を果たそうと言うのである。


「成る程、リベンジ・マッチか!」

 獄閻斎はポンと膝を打ち、やおら卓袱台から立ち上がった。


「琉詩葉よ。その意気や良し! このわしの最高傑作の一機『EX《エクシード》・スペリオルドラグーン』をお前に任せよう!」

 孫の負けん気に感銘を受けたか、着流しの老人は銀色の総髪を揺らしながら、琉詩葉に向かって高らかにそう告げたのである。


「本当に? ありがとう! お祖父ちゃん!」

 祖父のはからいに、再び頭を下げる琉詩葉に、


「だがな、琉詩葉……」

 獄閻斎の表情が一変した。


「わしの『EXsドラグーン』がいかに強くとも、肝心のお前の腕が未熟なままでは此度の死合しあい、お前は敗ける!」

 琉詩葉の話から、敵方の力量にも並々ならぬものを予感した老人は、厳しい顔で孫にそう言ったのである。


「でも、一体どうすれば?」

 不安そうに祖父を見上げる琉詩葉に、


「安心せい。わしがついておる。死合しあい当日まで、このわしがみっちり稽古をつけてやるからな!」

 獄閻斎は力強い口調で琉詩葉に言った。


「お、お祖父ちゃんが?」

 目を丸くして、不思議そうにそう問う琉詩葉に、


「なになに琉詩葉、これでもな、腕に覚えありじゃ!」

 獄閻斎は、自信たっぷりにニカリと笑った。

 琉詩葉は知る由も無かったが、若い頃は『白色彗星はくしょくすいせいの凛ちゃん』なる異名を馳せて、様々なバトル大会の優勝を総なめにしてきた凄腕プラモファイターでもある獄閻斎だ。

 一線を退いて久しい老人だったが、かわいい孫のためとあらば全力を上げてバックアップしようと、何時でも戦場に身を投じる構えであった。


「わかった! お祖父ちゃん、おねがいします!」

 琉詩葉もやる気十分だった。


 そんなわけで、有り余る財力カネにものを言わせて、定価800万円もする『プラモ・アクティベーター』の筐体そのものを大人買い(これほど大人気ない買い物も無いのだが)した獄閻斎は、次の日には早速邸内にトレーニングルームを設置。自身の愛機『ヴルヴルヴァルブⅡ号機宇宙戦仕様 カレトヴルッフ・フルインパクト』をひっぱりだして、琉詩葉とのバトル・トレーニングに没入する日々が始まっていたのである。


  #


「どうした? もう終わりか、琉詩葉ぁ!」

 被弾した琉詩葉の機体に止めを刺さんと、近接戦闘用にあつらえた身の丈ほどもある巨大なビームサイズを頭上に振りかざして、老人の操縦する『ヴルヴルヴァルブ』が迫ってきた。

 かわいい孫娘に相手を請われた「模擬戦」とはいえ、祖父獄閻斎の追撃の手に容赦はなかった。老人の卓越した操縦技術によって繰り出される霊長ロボの猛攻の前に、琉詩葉のMT『EXsドラグーン』は、もう十戦連続で大敗を喫しているのである。

 絶体絶命。とうとう十一敗目か冥条琉詩葉。だが、その時だ。


「お祖父ちゃん、まだまだぁ!」

 祖父の飛ばす檄に、琉詩葉は炎の紅髪を震わせながら猛り応えた。


「モード・クルーザー!」

 そして、迫り来る敵機を目前、操縦桿を引きながら琉詩葉は叫んだ。


 ヒィィィィィ.....ィ..ン......


 琉詩葉の声に呼応して機体の各部を覆った装甲の隙間から金属の擦り合わさるような掠れた音が漏れ出し始めると、

 次の瞬間、『EXsドラグーン』の手が、足が、その基部からガクリと大きく角度を変えた。

 背部のプロペラントユニットと両肩のスラスターが機体の前面に寄り合わさっていく。

 背面からせり出したセンタースタビライザが、展開した胸部装甲の先端へとその位置を変えて行く。

 機体の後尾に折りたたまれていく脚部ユニットが、二対の尾翼を形成する。

 腰部装甲から展開された純白の主翼が機体の両側面に広がっていく。

 

 『EXsドラグーン』が、その姿を人型から『高速巡航艦形態』へと変形させたのである。

 数多ある可変モビルトルーパーV・F・M・Tの中でも、最も複雑にして不毛な変形機構を有することで知られる琉詩葉の『EXsドラグーン』。1/144スケール、15センチ足らずのそのボディに詰め込まれた戦闘機三体による合体分離機構、追加武装の装着機構、および装着によって初めて実装される連動式変形機構は、百戦錬磨の模型愛好家たちの間でも「一回変形させると二度と元に戻せない」「二回変形させるとバラバラに砕けて自動的に消滅する」などと、まことしやかに囁かれるほどにピーキーな変形難度を誇る逸品であるが、製作者ビルダーである祖父の獄閻斎によって施された各パーツの入念な擦り合わせとチューンナップ、そして琉詩葉自身の弛まぬ操縦訓練の甲斐もあって、いまや変形プログラムの起動から僅か1秒にして、高速巡航艦形態『D・クルーザー』へのトランスフォームが可能になっていたのである。


 ギュン。


『D・クルーザー』の機体各部に設置されたスラスターから一斉に推進剤が噴出、獄閻斎の追撃を振り切らんと凄まじいスピードで戦闘領域から離脱する。


「逃がすかあ!」

 だが、獄閻斎は追撃の手を緩めない。

 『ヴルヴルヴァルブ』の光の翼がその輝きを増し、老人の機体は『D・クルーザー』を凌ぐほどのスピードで瞬く間に琉詩葉に追いつくと、高速巡航艦のスラスターユニットむかって、巨大なビームサイズを振り上げた。

 

「これで、終わりじゃあああ!」

 老人が、不吉に輝く緑の光の鎌を『D・クルーザー』に振り下ろした。

 だが、その時だった。

 

 シュ。


 振り下ろされた光の鎌の切っ先が、一瞬にして消失すると。


 ビュビュビュ!


 鎌の切っ先、緑の光彩が拡散。逆に『ヴルヴルヴァルブ』の機体の方に飛来してきた。


「ううお!」

 咄嗟に拡散した切っ先をかわしながら、獄閻斎は驚きの声を上げた。

 鎌の切っ先を遮ったのは小さな遠隔兵器ビットだった。

 『D・クルーザー』の脚部から飛び出した光り輝く二基の有線兵器が、『ヴルヴルヴァルブ』のビームサイズを無効化し、逆に老人の方へと跳ね返してきたのだ。


「航行しながら、リフレクターユニットを作動させただと! 小癪な真似を!」

 戸惑う老人だったが、再び鎌を構え直し、横から、上から、下から、刃先のサイズを変えながら縦横無尽に『D・クルーザー』に切りかかるも……、


 シュ。シュ。シュ。

 

 その度に座標を変えた琉詩葉の『リフレクターユニット』が老人の振う鎌の刃を無効化、逆に老人の方へと跳ね返してくる!

  

「わしの動きを、読んでいる!?」

 老人は驚嘆した。

 次の瞬間、更に奇妙な事が起きた。


 琉詩葉の『D・クルーザー』の巨大なスラスターユニットが、真っ赤な光を放ちながら一瞬にして倍ほどに膨れ上がると、


 ドカン!

 

 老人の『ヴルヴルヴァルブ』の眼前で炎を吹きあげ、爆発を起こしたのだ。


「馬鹿な、自爆……いや、違う!」

 襲い来る爆炎を振り払いながら、老人は全天周囲モニターから必死で辺りを伺った。


 右か、左か、正面か、背中か、


「違う! 上だ!」

 老人がモニターを見上げて再び鎌を振り上げる。


「うおお琉詩葉!」

 『ヴルヴルヴァルブ』の頭上から老人に襲い掛かって来たのは、琉詩葉の『EXsドラグーン』のその上半身だった。

 背部スラスターユニットと下半身を犠牲にした自爆攻撃、決死の目眩ましを経て、琉詩葉の機体が今、老人の『ヴルヴルヴァルブ』の懐中に飛び込んだ!


「だああ! 敗けるものかぁ!」

 何かを振り切るような琉詩葉の叫びと共に、


 ズドン


 出力を最大にして放たれた『EXsドラグーン』のビームサーベルの刃先が『ヴルヴルヴァルブ』の胸部装甲を貫いていた。


 次の瞬間。


「Battle ended!」


 『プラモ・アクティベーター』システムのナビゲーターの機械音声がトレーニングルームに響いて、試合が終了した。

 バトルフィールドのイメージは急速に薄らいでいき、トレーニングルームは日常の光景を取り戻した。

 アクティベーターの卓上に転がっているのは琉詩葉と獄閻斎が死闘を演じたプラモデル二体。

 戦場ではあれだけ激しい死闘を繰り広げた『EXsドラグーン』と『ヴルヴルヴァルブ』であったが、『ダメージレベル梅』設定において行われるバトルでは、現実世界のプラモデルは全くの無傷のまま。

 何度でも再試合が可能なのである。

 

「よし、合格じゃ琉詩葉!」

 獄閻斎が快哉を上げた。


「ほんとに? お祖父ちゃん?」

 喜びの声を上げる琉詩葉に、


「ああ。このわしから一本取るとは! 腕を上げたな!」

 老人は誇らしげに孫の貌を見た。


「琉詩葉、これだけ動けるようになれば、もうそんじょそこらのファイターには絶対に敗けん。存分に戦ってこい!」

 そう言って孫娘の肩を叩く老人に、


「わかったお祖父ちゃん! 絶対に勝つからね! 再試合リベンジは明日! 待ってなコーちゃん。今度はコテンパンにやっつけてやるからな!」

 『ピットイン多摩センター』でコータに申し込んだ明日の果し合いを前に、琉詩葉は闘志満々で祖父にそう誓ったのである。


  #


 だが次の日。


「どうじゃ、勝ったか? 琉詩葉!」

「ううう……お祖父ちゃん……」

 涙目の琉詩葉が紅髪を震わせて、獄閻斎に戦果を報告しに来た。


「コテンパンに、やられちゃいました~~」

 とうとう耐え切れず、琉詩葉は畳に膝をついて泣き出した。


「なん……じゃと!」

 獄閻斎は驚愕に両の目を見開いた。

 琉詩葉が持って帰って来たのは、全身の装甲板をバラバラに砕かれ、完膚なきまでに破壊し尽くされた『EXsドラグーン』の残骸だったのである。


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