本当のあなたを知りたいのですが。

anringo

who are you?

笑い声。

甲高い笑い声。

男性を惹きつける笑い声。


その声が聴けるお相手というのは、ある程度の立場とある程度の容姿とある程度の…


「倉本君って、本当に面白いね。もうそんなに面白かったら、私好きになっちゃうよ。」


男子というのはこの言葉で9割がた好きになるのではないだろうか。


「放課後時間ある?教えて欲しい所があって…ここなんだけどね…」


そう言ってすっと近づいて教科書と自分の香りを男子に近づける技を、彼女はいつ取得したのだろうか。


「倉本君って本当に優しいね。彼女になる子が羨ましいな。私みたいなのは到底無理だな…」


この言葉の中に、一体幾つの嘘と、幾つの本当が混じっているのだろうか。

これは絶対学校のテストには出ない。

私にはもしかしたら一生かけてもわからないかもしれない、でもどうしても解答を知りたい難題である。


「相変わらずモテモテだね、彩花。」

「ほんとにね。」

「次のターゲットは倉本なの?あいつ彼女いるよ?」

「知ってる。」


その四文字の重さと彼女の声のトーンに飲んでたジュースの箱を潰しそうになった。


「あれ?香世ちゃん大丈夫?」

「あ、ごめん。ちょっと気管に入っちゃって。」

「大丈夫?それ果汁強そうだし喉傷めるんじゃない?香世っていつもむせてる気がする。」


そう言った彼女の目線は、私ではなくスマホの画面と廊下に見える隣のクラスの、

いかにもヒエラルキーの下位群を平然と見下していそうな匂いの漂う集団に向いていた。


「でもさっきから倉本こっち見てない?彩花の事見てるね。」

「どうするの?彼女確か先輩でしょ?大丈夫?」

「あっちが勝手に好きになったって言えばいいんじゃない。」


彼女は自分の唇を少しだけ触ってちらっと倉本君の方を見た。少し笑った気がした。

こういう人がきっとこの先もずっと幸せな生活を送るのだろうと、少し湿気の多い教室での午後を、私はここで過ごしていた。


放課後。

私は先生に呼び出されて部活を休もうかと思っていた。

私の描いた絵が県のコンクールで佳作を取ったとの報告を受けたからである。

まだ内緒らしいのだが、自分の顔がにやけるのを必死に抑えながら廊下を歩いていた。


西日が差しこむ所に、二つの人影があった。


「林野って絶対にモテるよね。今日も告白されてたでしょ。」


いろいろ情報は耳に入る人なのですね。


「その告った子って他の男子にも告ってるらしいよ。知ってる?」


その情報源はもしやあなた発信ですか?


「やめといたほうがいいね。林野にはもっと合う人がいるよ。きっと近くにね。」


それは自分の事だと言いたいのですか?


「あ、香世だ。今から部活?」


やばい、目が合ってしまった。


「あ、うん。ちょっと呼び出されてて。提出物忘れてて。」


林野君がこっちを見ている。どうしよう。


「そうなんだ。そういうとこあるよね。気を付けなよ。」


私はきっと、彩花ちゃんには同い年だとは思われていないのだろう。

精神的にも、経験値的にも、きっとダイヤモンドとその辺に転がった石ころみたいな差なのだろう。


「うん、ありがとう。」


ごめんなさい。二人の会話を邪魔して。場の雰囲気を乱してしまって。

私は急いで渡り廊下まで向かった。少しだけ外の空気を吸いたくて、あえて遠回りをしたのだ。


「あんな風にはなれないんだろうな…」


私の独り言は渡り廊下の端の所だけで反響した。

私の言葉の影響力など、そんなものなのだ。


「大丈夫?」


声が聞こえた。一瞬何が聞こえたかわからず、その声の方に顔を向ける指示を自分の脳裏にぶつける事が出来ずにいた。


林野君が、いた。


「あ、大丈夫です。何でもないです。」


何が大丈夫で、何に対して大丈夫と言われているかわからなかったけど、とりあえず「大丈夫」という言葉に、私は全てを託してみた。


「いやあ、何か結構…」


結構…何でしょうか?


「きついからさ、二宮って。」


二宮とは彩花ちゃんの名字であります。参考までに。


「優しいです。いつも、優しいです。」


もし何かしらのタイミングでこの話になって、もし私が「きついよね、彩花ちゃん。」って言ったなんて伝わったら大変だ。


「あれはきついでしょ。綺麗ではあるけどね。」


やはりあなたもああいう人がタイプなのですね。


「彩花ちゃんは自慢の友達です。」


私の顔は、強張っていないだろうか。

早く鏡を見たい。

表情がちゃんと自分の脳裏に描いたとおりに彼に示せているか、私はそればかりを考えていた。


「谷原ってさ。」


あ、谷原とは、私の事です。谷原香世です。好きな食べ物はオムライスとおくらです。


「今日の放課後暇?」


え?


「え?」

「部活あるんだったら暇じゃないんだろうけど、部活の終わる時間わかれば、校門のとこで待ってていい?」

「えっと、でも遅くなっちゃうかも。」


遅くはなりません。文化部だし、基本的にしっかりと決められた時間内に終わります。


「遅くなるんだったら時間教えてくれたら一回家帰るし、もう一回学校行くから。」


これは、いったい、どういう時間を私は過ごしているのだろう。


「あ、はい。」


私はこの言葉しか言えなかった。

これは、現実なのか、それとも…


「林野。」


その声が私の夢のような現実を、いつもの現実に引き戻すような空気を纏って聞こえてきた。


「あ、何?」

「告ってきた子、林野の教室の前で待ってるよ。返事じゃない?」

「そう。谷原、待ってるから。じゃ。」

「あ…」

「じゃあな。」

「また明日ね、林野。」


私は知っていた。噂でちらっと知っていた。

林野君は、あまり人の名前を呼ばないという事を。


それで、

直接名前で呼ばれる人と言うのは大抵、後に彼女になる人か、今気になっている人だけだと、

女子の間では知られていた。


当の本人は、きっと気付いていないだろう。

でも、それを意図的にしているとしたら、

今、私は、彩花ちゃんに、少しだけ、ほんの少しだけ、勝った事になるのだろうか。


沈黙。


一番二人になりたくない瞬間に、二人になってしまった。


“谷原、待ってるから。”


これはまずい。これはどう考えてもまずい。


私と彩花ちゃんとの間に、少しだけの沈黙が続く。


少しだけなのかな。凄く長く感じるけど、おそらく1分も経ってない気がする。


「香世って、好きな人いるの?」

「え?」


彼女が私に恋バナを振ってきた事は正直、一度もない。

きっと私には何の興味を持っていないのだ。恋愛における敵と見做す対象ではないのだ。

なので、彼女が私に恋バナを振ってきた事は正直、一度もない。


「いないよ。」

「そうなんだ。」

「何か渡すものがあるらしくて、それで放課後時間があるか聞かれて。」

「へえ。」

「明日でも良いと思うんだけど、今日中の方がいいだろうって。」

「そっか。」


沈黙が二人を重く包み込む。


「部活、行かなくていいの?」

「あ、うん。行ってくる。また明日。」

「うん。また明日ね。」


この場所からすぐにでも、


立ち


去り


たい


「香世ちゃん。やっぱ私待ってていい?香世ちゃんと一緒に帰りたい。」


彩花ちゃんが、私を引きとめた。こういうことはあまりないことなので、思わずびくっとなった。

でも、彩花ちゃん、それは本心なのかな。


「ちょっと話したい事もあるし。」


それは私の事を本当に知りたいのかな。


「あんまり香世ちゃんと話してなかったし。」


あなたは気づいてますか?


私の事を、今まで、


“香世”と


呼び捨てで呼んでいた事を。


「ごめん。今日少し部活長引くみたいで。」


沈黙がまた二人を重く包み込む。


「暗くなって彩花ちゃん一人で待たせるのも悪いし。」


沈黙と友達になりたいと、私は切に願った。

そうすれば、この沈黙もろとも消えてしまえるのではないだろうか。


「そっか。じゃあ、また明日ね。香世。」


彼女は綺麗な髪をこの沈黙を切り裂くかのように颯爽と振り乱しながら歩いて行った。


「ごめんね。」


私は今度はあえて廊下に反響しないような声で、自分の本当の気持ちを吐き出した。

本当の事を言っていないのは、彼女ではなく、私、なのかな?


本当の私は、どんな私なの、かな?

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本当のあなたを知りたいのですが。 anringo @anringo092

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