第8話

「しんちゃん・・」

しんちゃんは、怖い顔でずっと黙っている。


「ねぇ、どうして怖い顔しているの?嬉しくないの?」

「は?何言ってんの、お前。そんな事知らねぇよ。

だいたい俺だけじゃないだろ?そもそも俺の子じゃないし。」



『おれのこじゃないし。』

それ、前にも聞いた事ある。

それ、お父さんがお母さんに言っていた。


「ほら、やっぱり黙ってるって事は

俺の子じゃないんだろ?」

「お前、他にも男いるんだろ?初めてじゃないしな。」

「噂は知ってるんだからな。」

伸司はようこに返事をさせまいと捲し立てた。

否定しないと言う事はYESという事だ。

そういう事にして逃げ出そうと思っていた。


確かに初めてじゃない。

なんとなく噂になっているという事も知っていた。


あの時の事を思い出すとお腹がギュッとなる。

思い出したくもないけれど・・・あの時

1回目が終わって体の痛みと恐怖に耐えていた時

誰かがそっと何かをかけてくれた。

ふんわりと体を包み、優しい風が頬を撫でた。

じんわりとした優しさに触れたような気がした。

きっと誰かがいたはずだけど、確信は持てなかった。


「とにかく、俺は知らない。

間違っても産むなんて事しないでくれよ。」

そう言って、自分の服をつかみ部屋から出て行った。


「どうして怒ってるの?私が望んだのはしんちゃんだけなのに。」

いつも優しかったのは、自分の欲を満たしたいからだったの?

あの時のおじさんのひきつった笑顔と一緒だったの?


いつも一緒にいてくれたのに

また誰もいなくなった部屋の中を見渡した。

「また、ひとりぼっちになっちゃった。」

と呟いて、ようこはもう一人じゃなかった事に気が付いた。


しんちゃん、私がいつも一人で寂しいって

言っていたからプレゼントをくれたんだ。

お腹がじんわりとあたたかくなった。


ようこはベッドから裸のまま階段を降りて

チェストの引き出しから自分の保険証をとりだした。

「もう、3ケ月に入るから、あと2ケ月くらい待てばいいんだっけ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

窓から捨てる 樋口司 @dropje

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る