一ノ瀬 湖太郎の傷
どうか、僕の話をきいてくれませんか。
どうか、お時間があれば僕の話をきいてくれませんか。
僕は作曲家をしています。
作曲家、といっても国民的人気アイドルグループとか、月曜九時から放送される主人公役の長髪茶髪のイケメンとか、街で毎日流れているピコピコサウンドにのせて歌って踊ったりしてるイっちゃってるふりをしている女の子とか、そういう有名な人たちに毎回楽曲提供をしている売れっ子、とかではなく。
地下アイドルグループのアルバムの九曲目に入っている曲とか、でっかい書店のはじっこでやっと売られてるライトノベルのおまけでついてくるCDに入っているヒロインのイメージソングとか、ローカルテレビのニュース番組のつなぎのちょっとしたBGMとか、そういうものを作りながらそれだけじゃ到底生活できないから副業としてコンビニで夜勤バイトをしている男です。
いや、そういう仕事でもちゃんと心込めて真面目に一生懸命に毎回やっていますよ?
文句もありません。それが自分に見合う仕事であるからです。
それに、少なくとも音楽で仕事をしてお金が貰えるっていうのはすごく幸せな事だと思います。
僕は人生が勝利か敗北の2通りであるとするならば、僕は勝ち組であると思いますよ? いや、そんな話はどうでもいいんだ。
そんな勝ち組である僕が「敗北」をした昨日の出来事の話をしたいと思います。
いや、実際に事が起きたのはおとといで昨日ではないのですが。
ちょっと長くなりますがいいですかね、いや、もうすでここまで長々と話してしまっているのですが、
僕には「願い」がひとつありました。
お恥ずかしい話、僕には恋人がいまして、それはもう自慢の彼女で、髪は栗色で肩まであって、目が大きくて、背丈は僕の方ぐらいまであって、透き通るような声で笑って、笑顔はとても煌びやかで、街を歩いていると三人に一人は振り向くような、そんな可愛い女の子です。
ああ、ちょっとさっきの話に戻りますが、僕は作曲家になるまえはバンドマンをしていたのですよ。ベースを担当していました。
中学生の時に組んだバンドは自然消滅。高校の時に組んだバンドはいざこざがあって解散、その一ヶ月後には僕以外のメンバーが全員で新たにバンドを組んでいることを知りました。
高校を卒業した後に年上の人たちと組んだバンドではちょっと無理して作ったPVをYouTubeに上げたら再生数が五千を超えてなかなか良い所までいったなあ、って思ったまさにそのときギターは結婚するからバンドをやめるといいだして、ドラムは失踪して、ボーカルは、……なんかやる気をなくして、
——とまあようするに、上手く行かなかった訳なのですよ。
彼女とはその最後に話したバンドのライブしている時に出会いました。
ライブハウスに大体いつも1人で居て、まあたまに友達と一緒に居たのですが、僕らのバンドを凄く気に入ってくれたらしく五百円で売っていたアルバムを五十円で売っていた缶バッチと一緒に初めて僕らを見たその時に買ってくれて、それから三回に一回ぐらいのかなりの頻度で僕らのライブを見に来てくれていました。
年は僕の三つ下でその頃からすごく可愛いなあ、と思っていました。
そんなバンドも上手く行かず解散を決断してその後、解散ライブをしたのですが、彼女はもちろん来てくれました。最後の曲が終わってステージを降りると彼女は涙を流して僕の前に立っていました。
その顔がとても綺麗だったのを覚えています。
僕には消化試合のような残業のような形だけの解散ライブにしか思えなかったのに、彼女はそれほど感動してくれたのです。
そりゃ嬉しかったですよ。お世話になった色んな人に挨拶をしに回った後でも彼女はずっと残ってくれて、沢山話をしました。
飼っているペットの話、母親とよく言い合いになってしまうという話。学校へなかなか行けないという話。彼女の話を聞くのが主でしたが、それでもその日は彼女の話を聞くのに夢中でした。やがて話し込んでしまったのが原因で彼女は終電を逃してしまい。僕は車でライブハウスまで来ていたので彼女の家まで送る事にしたのです。
彼女の家は僕の家から5駅ほど離れた場所で、ベースやらエフェクターやら一度下ろしてから彼女を家に送ろうとしました。その時、せっかくだから僕の飼っている猫に会いたいと彼女が言ってきたので、それなら、と一緒に我が家に入りました。
猫とじゃれている彼女を見ていたら、とてもとても、妙な気分になり後ろから……
……と、そんな話はあまり必要ないですね。語っていて気持ちのいいものでもありませんし、まあそんなこんなでその日から彼女との交際が始まった訳です。
それからバンドを組むことのなくなった僕は交流があったライブハウスの店員からの紹介で少しずつ作曲の仕事をするようになって。やがて作曲家となっていったのです。
彼女と付き合いだしてから昨日で二年半とちょっと。
まあ、それぐらいだったと思います。安定、とまでは行かないまでもかろうじて過ごしていけるぐらいのお金は稼げるようになって、最近は忙しさに追われる毎日で、彼女ともしばらく会ってなかったんです。
さて、ここから本題に入るのですが、僕には一つの願いがあったのです。
ずっと願っていたのか、それとも突発的なのかはわからないのですけど。
容姿端麗で自慢の彼女ですが、交際を続けているうちにたった一つだけの問題点に気づき始めたのです。
でも彼女は僕の大切な人である為、そして僕は彼女に自分の想いを伝える事が苦手だったこともあり。
それを彼女に指摘する事も無く、ただ時間だけが過ぎていったのです。
問題点、といいましても、そこまで大きなわだかまりではありませんでした。
ただただ、彼女は「めんどくさかった」のです。
彼女は、少し心が弱く、精神の病院へ通っていたり、学校へ行けなかったり、全てを自分のせいにしたり。いや、ちゃんと好きだったのです、紛れもなく愛していたのです。
しかしただ「めんどくさかった」のです。
だから、少しイライラしてしまう毎日が繰り返されるのです。
それも波があって本当に一緒にいて癒されたり、幸せだったりするときは紛れもなく存在して、しかし、彼女がめんどくさくなってしまうと、途端に僕は彼女に会わずにすむようになる方法を考えてしまうのです。
だから最近は作曲の仕事の依頼を沢山受けて、忙しいといって彼女に会うことを避けていたんです。
多分、心のどこかで彼女にいなくなって欲しいと、
そう「願っていた」んだと思います。
彼女が自分の重荷になっていると、そう感じていました。
なんとでも言ってください。
最低ですかね。
でも、あなたにもありますよね? そんなこと。
こんな気持ち抱いたことありますよね?
恋人じゃなくても、友達でも家族でも会社でも。
そんな感情で溢れていると思うんですよ。この世界は。
この世界は「めんどくさい」事だらけだと、僕は思うのです。
本当にめんどくさい。昨日も、そう思っていました。
昨日は仕事の納期が2日後に迫っていたのですが、作業に使う機材の突然壊れたり、その代わりに注文した機材がなかなか届かなかったり。
そんな時でした。彼女のメールが僕の元に届いたのは、着信音を彼女のものだけ変えていたのですぐに誰からのメールかはすぐにわかりましたよ。
それを証明するかのようにディスプレイには差出人の名前として5文字の文字列が表示されていました。
【今日会えない?】
無視をしました。
会えないことなんか、分かりきっているんだと思いますよ。
作業が山積みで返す暇もないことも原因にありましたが。しかし、そんな精神状態で集中できるはずもなく、イライラは募っていくばかり。ケータイをいじっているとさっきのメールが目に止まり、さらに苛立ちに拍車がかかっていき。
ついに僕は彼女に八つ当たりのようなメールを返信するという方法で強く当たってしまいました。
まあ、その時はそんな自分の愚かしさすら気づいていなかったんですけどね。僕は。
【今日は無理 っていうか今週は忙しいっていったよね 少しは空気読んでくれよ】
メールを送信したところで、やっと荷物が届きました。
安堵し僕は作業に戻ることができたのですが、心が落ち着いてくると、やはり僕にも罪悪感というものが芽生えてきて、そして頭が冴えてくると彼女が突然そんなメールを送ってくるという行為の違和感を感じ始めました。
その日の作業をひと段落させると、僕は急いでケータイを確認しました。
——が返事がなく、とても心配になり日付が変わりそうな時間でしたが、
すぐに彼女にメールを送りました。
【百合子、ごめんね、ちょっとピリピリしてたんだ。今の仕事が終わったらどっか遊びに行こうよ。今回の仕事はちょっとお金になりそうだからどこへでも連れてってあげるよ】
それ以降、僕が彼女にメールを送ることはありませんでした。
彼女はその時間、ホームから電車に身を投げ出しました。当然、即死でした。
ニュース番組は特にその事故を報道したりはしません。
彼女の事を告げてくれるのはただ電車内のモニターだけです。
「電車が遅れている」と、ただその一言で。
さて、
僕の願いは叶いました。
彼女は消えていなくなりました。
僕は、どこまでも自由です。
僕は喜べばいいのでしょうか、
僕は何をして、何をしなければならないのでしょうか
だれも、教えてくれません。
だれか、教えて下さい。
どうか、これを聞いているあなた、教えて下さい。
どこで間違ったのだろう、何を、間違えたのだろうか。
僕はライブハウスでただ自分の作った曲を演奏し続ければそれだけで良かったのだろうか、
彼女はずっと僕のただのファンでいれば、それが一番幸せだったのだろうか。
ああ、
今から僕が追いかけたら、百合子は喜んでくれるのかなあ。
ああ、死んでしまいたいなあ。
百合子は僕からあんな酷い言葉を浴びせられてこんな気分だったのかなあ。
そりゃあ、電車にだって。飛び込みたくなるよ。
しょうがないよ、こんなの、耐えられない。
心が弱いあの子じゃなくても耐えられない。
僕が、殺したのかな。
僕が、殺したんだろうなあ。
今、目の前に電車がなくて、良かった。
きっと、「それ」はちょっとしたきっかけさえあれば実行されてしまうんだろうな。
どこにも行けない悲しみとかどこにも向けられない怒りとか、
ちょっとした反動で回り回って自分に戻って来ているだけなんだな。
きっとすぐに追いかけて、君に、怒られてしまうところだった。
僕は敗北した。これから、ずっと生きている限り、負け続ける。
彼女が僕の送ったメールを無事読めたのか、
ケータイが跡形もなく壊れていたため、確認することができません。
彼女に僕の最後の言葉が届いたのか、それだけが、僕の気がかりです
傷 唯希 響 - yuiki kyou - @yuiki_kyou
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