第3話《0秒ー4秒後》


静かだった。耳が麻痺してたのかも知れない。不覚にも目を奪われた。目が麻痺してたのかも知れない。グロテスクで見るも無惨……なはずなのに。彼女は赤で。もうそれは彼女じゃなくて……。

空を仰ぐと雲一つない青い空。青に赤。白なんて邪魔なものがなくて……。邪魔なものが……。感覚が麻痺してたのかも知れない。綺麗だって、呟いた。その声はかすれてその辺に消えた。


彼女が赤になった後、4秒間は何の音もしなかった。誰も何も動かず……。きっと『彼女』を焼き付けていたんだと思う。赤くなって、動かなくなった彼女を。


4秒たった後、既に世界は元通りになり多くの人は……いや俺以外の人は「ああ、またか」と、その程度に終わった。そうして4秒遅れの日常が始まる。

ある人は悪態をつき、ある人は気持ち悪いと顔をしかめ、ある人は何の関心も持たず。全てが終わり、そうして電車へ乗り込む。結局、彼女が世界に残せたものは駅にいた人への4秒だけ。……俺以外の。



彼女が赤になる前。まだ、彼女が彼女であったとき。彼女は……━━━━。



俺が最後に見た彼女は、泣いていた。今まさに、自ら命を絶とうとしている者とは思えないほど、何かにすがるように助けを求めるように顔を歪めて。

やはり俺は、どうして俺に助けを求めるのか分からない。俺は彼女の4秒以上にはなれなかった。だから彼女は赤になることを……死ぬことを望んだのだろう。

俺が彼女のせいでこの世から消えられなかったというのに、どうして彼女がいなくなる。どうして俺にすがる。何も出来ない、無知で無力な俺に。どうして、なんで。なんで、なんで、なんで。


『またね』


いつ会うと言うんだ。君はもういないのに。君が俺を生かしたのに。俺だって死にたかった。楽になりたかった。頑張ることが嫌いな俺には、この世界で生きることは辛かったんだよ。なのに……なんだよ。分かんないよ、分かんない。俺には君にとって4秒以上の価値があった? ねえ、俺は君に何も言ってないよ。憧れてたよ、もっと話したかったよ、知りたかったよ、もっともっともっと……。


力を入れすぎてたせいで、フェンスが歪む。手には血が滲んでいた。彼女が俺にくれたものは大きすぎて、俺はいつものように逃げ出したかった。楽になって、彼女に会いに行きたかった。なのに……あの時の泣き顔と言葉が俺をこの世界に縛る。彼女は俺が逃げることを決して許してはくれないようだ。


彼女が居てくれたから、俺は自分を嫌いになりきらなくてすんだ。俺は彼女に憧れていて、彼女は俺になりたかった。なら、俺は俺でいいんだろうか。馬鹿な俺にはそう結論を出すことだけで、精一杯だった。彼女がいないことを受け止めることも、俺を受け入れることも全て辛いことで。彼女はそれを望んでいる。


空を仰ぐと太陽はまだ高く昇ってはいなかった。


「変わらない……」


『普通』から踏み外したものを、世界は受け入れないし吐き捨てていく。そうやっていつまでも、平気な顔をして回り続けてる。


「……本当に?」


だけど、そこに殴り込めば歪は生じる。彼女がそうしたように。


「ざまあみろ」


彼女の存在意義はあの4秒間だ。

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