第2話《◯秒前ー0秒》


いつもより早い時間に家を出た。俺がいつも電車に乗る時間だと、俺の通っている学校の生徒や通勤の人たちが少ないから。いつも乗る側の反対のホームに立つ。向かい側には、同じ学校の生徒がたくさんいた。


「……よかった」


これでいい。これでよかったんだ。そう自分に言い聞かせるように呟くと、周りの人が怪訝な顔をしてこちらを見てきた。思わず自分の足元を見る。……こんなことばかりだなあ……なんて思いながら。


「~♬」


アナウンスが流れる。……電車がもうすぐ来るらしい。


「黄色い線の内側に━━」


ぐっと前のめりに重心を傾け……。この世とさよならをする様に目をつむろうとしたとき。向かい側のホームに君を見つけてしまった。思わず頭を後ろに引いてしまい、そのまましりもちをつく。また周りからの視線を集めてしまった。

心臓がドクドクと激しく動いていた。死の恐怖からか、彼女を見つけられたからか。


ずっとしりもち状態のまま動かない俺を、かなり邪魔そうに……というか邪魔なんだが、横を通り抜けていく人たち。

俺の心臓はまだ、大きな音をたてていた。俺は……生きている。左胸に手を当てようとして、自分が震えていることに気づいた。恥ずかしくて、情けなくて。その思いを絶ちきるようにホームから逃げ出した。


ホームが見える道端で足が止まった。そのままフェンスにもたれ掛かるとフェンスはカシャンカシャンと耳障りな音をたてた。

学校に行く気力は失せ、かと言って家に帰るわけにもいかず……。何をやってんだと、自分に腹が立つ。


「本当に何やってんだか…。」


あのときホームの向かい側にいる彼女を見つけた瞬間、死ぬことが怖くなった。俺は死ぬことも出来ない……?

……違う。ただ、彼女と会えなくなることが、話せなくなることが猛烈に嫌だっただけ……。本当は今日、俺の存在を少しでも多くの人に覚えてて欲しいが為だけに、飛び込み自殺をするはずだった。


俺は努力をしなかった。というよりも、何かを最後まで成し遂げることをしなかった。出来なくてもいい、そうやって何事からも逃げていた。その結果周りの人たちは、俺を腫れ物として扱うようになった。当然のことだが、哀れみの目はとても耐えられたものじゃなかった。自業自得すぎて、何も言えないが。


ただ彼女は、俺に何の隔てもなく接してくれた。最初は何か企んでいるんじゃないかと思うほど、自然だった。自然過ぎたんだ。それに、彼女は俺とあまりにも違いすぎた。誰にも見られていなくとも努力をし、結果を出し……。どうしてそこまで出来るのか、俺は不思議でたまらなかった。そして、どうして俺に話し掛けてくれるのか、しかも相談までもしてくれるのか……分からなかった。


『貴方と私は似た者同士なの……』


すごく悲しそうな顔をしながら彼女がそう言ったことを覚えている。そのとき俺は驚きすぎて何も言えなかった。俺が馬鹿だから、その言葉の意味を汲み取れないだけなのかも分からないが……。

全てのものから逃げ続けている俺と彼女のどこが似ているのか、全く分からなかった。俺からしたら彼女は憧れの存在だった。憧れることすら恐れ多いくらいだったんだ。だけど。


『でもね、私と貴方は違う。私は貴方になりたい』


彼女は俺になりたいと言った。何も持っていない俺になりたいと。出来損ないの失敗作であろう俺に、何を期待しているのか。


「~♬」


アナウンスが流れる。もうすぐ彼女の乗る電車がくるらしい。


「黄色い線の内側に━━━━」


ふと、彼女の匂いがした。……気がした。ホームの方を振り返る。時間が止まった気がした。少なくとも俺と彼女の時間は止まっていた。彼女の口が微かに動く。



次の瞬間彼女は俺の視界から消えていた。

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