アーサー国王の誕生祭 3

 あれから一週間後。

 約束通りローズウェルが馬車で再び私の家にやってきた。


「ずきん様!」

 しかし最初に馬車から飛び出してきたのはアルスフェイト王国第一王女のルカだった。

「え?ルカ姫も来たの!?」

「ええ。実は先週も来たかったのですけど歩いて行くというので私は連れて行ってもらえなくて。私は歩きでも全然構いませんのに」

 きっと歩きではなにかあった時に対処しきれないということでルカ姫はついて来れなかったのだろう。


「会いたかったですわ、ずきん様。こちらがずきん様のお住まいなのですね。私の想像していたのとは随分違いますわ。でもこういうところで暮らすのも楽しそうですわね」

「ルカ姫。今日は遊びに来たわけではございませんぞ」

 そう。私がローズウェルを呼んだのはルカ姫を連れてきてもらいたかったからではない。アーサー国王の誕生祭に贈り物をしたかったからだ。できれば熊の剥製を贈りたかったので馬車で来てもらったのだが、あいにくそれは準備できなかった。


「そうですね。私としたことが、すみません」

「いいのよ。ちょうど今日がアーサー国王の誕生祭よね」

「ええ、夜からですわ」

「それで、私は誕生祭には出席できないけど贈り物だけでもと思ったの。これをアーサー国王に渡しておいてくれると嬉しいわ」

「まぁ」

「おお」


 私が見せたものに二人は驚嘆の声を上げていた。私がアーサー国王のために準備したのは木彫りの獅子だった。この森で一番太くて立派な木を切り倒し、そこから切り出したものだ。獅子の姿はアルスフェイト王国の紋章でしか見たことがなかったので詳しくはなかったが、ジョアナの持っていた本の中に世界中の動物を紹介している本があり、その中に獅子の絵もあったのでそれを参考にした。


「王家の紋章をイメージしたの。似ていればいいのだけれど」

「いやはや、夜にこれを見たら本物と見間違えそうですな」

「素晴らしいですわ、ずきん様!」

 二人の反応からして失敗作にはならなかったようだ。


「ではこちらを馬車に乗せて運んでいくことにいたしましょう」

 そう言ってローズウェルは護衛の者に指示を出して木彫りの獅子を運んでいった。私はルカ姫と一緒にその様子を見守っている。


 しかしその後ろから声がした。

「ずきん。ごはんは?」

 私は一瞬にして背筋が凍りついた。こんな感覚、“ウルフェン”を相手にした時だって感じなかった。

 私が恐る恐る振り返ると、そこにはルイーズがいた。まさかルカ姫が来るとは思っていなかったので、ルイーズを隠しておくのを忘れていた。ルイーズだって、私がルイーズを他人に見せたくないと思っているのは分かっているのだからずっと家の隅に居てくれればいいのに。でもそれよりも食欲が勝ったらしい。


「あら?そちらは?」

「あ、え……」

 私は言葉を失った。ルカ姫がルイーズを知っているはずはない。しかしアルトディーテ王妃は知っているのかもしれない。以前におばあちゃんから聞いた話だと確かそうだった気がする。今のルイーズはまったく脅威はないが、過去の忌まわしい記憶がアルトディーテ王妃に蘇ってもおかしくはない。

「ずきん様と同じ金髪ブロンドの髪ね。ずきん様の妹さん?」

「え、ええ。そうなの」

 嘘ではない。

「まぁ、妹がいたなんて知りませんでしたわ。あなた、お名前は?」


 まずい!まずい!まずい!!


「なまえ?は?ルーイ?」

「ルーイ様ね。いい名前だわ。私はルカと言います。よろしくね」

 そう言ってルカはルイーズに右手を差し出し、握手を求めた。ルイーズも訳の分からないままそれに応じる。ルイーズは食べ物以外のことは本当にどうでもいい。だから自分の名前もまともに覚えていない。呼ばれればその音に反応するが、自分で言うことは滅多にない。それが今回は幸いしただろうか。

 ルカ姫とルイーズが握手している。ルイーズはルカ姫より年上のはずだけど、こう並んでみると明らかにルイーズの方が背が小さく年下に見える。これも魔術による弊害なのか。もしかしたら魔術により融合生物は身体的成長が著しく遅いのかもしれない。


「ずきん。おなかすいた」

 ルイーズは一国の王女と握手をしているというのに、顔だけ私に向けてご飯を要求してきた。本来は剥製にしるはずだった熊の肉を大量に食べられると思っていたのに私が失敗してしまった。そりゃわがままにもなる。本当はもっと文句を言いたいのかもしれないけど、知らない人の前で自粛をしてくれているみたいだ。


「そうだ。忘れていましたわ。ローズ!アレを持ってきて頂戴!」

 そう言われたローズウェルは、従者に言って馬車の荷台から大きな箱をこちらに持ってきた。

「ずきん様が誕生祭には来られないということで、代わりに今日出すご馳走を少しお持ちしました。森の生活ですと、十分な食事も取れないかと思いまして。僭越だとは思いますが、どうぞ召し上がって下さい」

 そう言って開けられた箱の中には、今まで作ったことも見たことも、そして食べたこともない料理が入っていた。しかしその匂いだけで美味しい料理であることが分かる。


「ありがとう、ルカ姫……って、ちょっと!」

 私がお礼を言う前にルイーズが箱に手を突っ込んで食べ始めた。まったくルカ姫の前ではしたない……。


 一口食べ終わって、手についたのもペロペロと舐めとったルイーズ。

 そしておもむろに立ち上がったルイーズはいきなりルカ姫に「すき!」と言って抱きついた。

「やめなさい!」と言って、私は慌ててルイーズをルカ姫から引き剥がす。

「姫の洋服が汚れちゃうでしょ!」

「大丈夫ですわ、ずきん様。これは遊ぶ時のための、汚れてもすぐ洗える服ですから」

「ルカもいいって」

「呼び捨てなんかしないで!ルカ姫でしょ!」

 私は泣きそうに、いや、半分泣きながらルイーズをルカ姫から引き離した。

 いくら本人がいいと言っても王家の服だ。想像を絶する価値のある服だろう。


「でもうちの料理を気に入ってくれて嬉しいわ。また持ってくるわね」

「やくそく!」

 どうやらルイーズはルカ姫を気に入ってしまったらしい。私としては、嬉しいやら悩みが増えるやらで複雑だ。


「ルカ姫。そろそろ」

「そうね。じゃあずきん様。今日は父のために立派な贈り物をありがとうございます。父もきっと喜びますわ」

「アーサー国王によろしくね。アルスフェイト王国の繁栄を願っているわ」

「確かに伝えておきます。それじゃあ」


 そう言って去っていく馬車を私は見えなくなるまで見送った。

 私とルイーズはカルエナの血で繋がっている。そして私とルカ姫はアーサー国王とアルトディーテ王妃の血で繋がっている。だからルイーズとルカ姫も腹違いの姉妹と言えなくもない。


 家族の繋がりが増えるというのは喜ばしいことだが、夢中でアルスフェイトのご馳走を食べているルイーズを見ていると、素直に喜んでいいものか不安になる。

 私はルイーズを見ながら大きくため息をついた。


「ちょっとルイーズ。私の分も取っておいてちょうだい」

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ブラッディーずきんちゃん 咲良 潤 @ce1039

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