少女の依頼【1】

 翌日、ルーは軽い朝食の後スラムの入り口にある店を再び訪ね、いくつかの依頼を確認だけすると、今まで立ち寄らなかった冒険者ギルドに足を運んだ。

 冒険者ギルドは、その者の身分やランクを証明する魔力を帯びたカードを発行している。

冒険者にとっては通行手形に使えたり、冒険者ギルドが管理する銀行を利用できたりと色々と便利な仕組みになっている。

 カードの発行だけならば無料で行える上、依頼の達成にかかわらず国外への有る程度の期間の滞在を認められる。

 冒険者毎の依頼達成具合や出入国は、ギルドで管理されている。よって、犯罪行為を行なった場合、速やかに全冒険者ギルドへ通達。資格の剥奪、報奨金をかけての捕縛ないし討伐命令が出る。

 自然、そういう犯罪者は裏ルートの依頼しか受けられなくなるという寸法だった。


「ルー様でございますね。ランクBまでのご依頼でしたら受けられます」


 ギルドのカウンターに座る、赤毛の女性が事務的に案内をする。ギルド職員である彼女は、淡々とルーの受けられる依頼内容について説明していく。このランクは、大まかにAからEまでにわけられている。

 ルーの場合、上から二つ目のランクBまでなら自由に依頼を受けられるのだが、ランクBは大抵一人で受けられる依頼が少ない。それだけ難易度が跳ね上がるのだ。人数が増えれば取り分も減るし、ルーは基本的に誰かと依頼をこなすつもりはない。

 それは驕りでもなんでもなく、ルー一人で熟練の冒険者パーティに勝るという事実に他ならない。

 ランクAともなると、ルーの偽造されたカードの身分では元より受けられないし、そういう理由もあってあまり冒険者ギルドに立ち寄ることはない。

 彼の持つギルドカードの細工は巧妙で、検閲技術に精通した魔術師であっても見破ることは困難であった。

 それほどの技術力を持つ何者かと繋がりのある彼の素性もまた、謎多きものだ。


 そんなことを知る由もないギルド職員は、ルーのギルドカードの内容を確認しつつ内心驚いていた。

 単独でBランク最高難度の依頼を、単独でこなす目の前の青年を見て。彼がこなす依頼内容の多くは、いわば魔境となった場へ赴き強力な魔物を討伐することに一貫していた。

 そのどれもが、本来なら複数のパーティで討伐に当たるべき強さの魔物が跋扈する場所なのにだ。

 そんな芸当ができる人物は、彼女も数人しか知らない。冒険者での筆頭は、Aランク冒険者であるファブリス・パシアンだろうか。このレイダリア最強の騎士であり、美しき王子……エドワールとて、単騎での討伐は難しいかもしれない。


そんなことを頭の中で考えつつ、彼女はそれを表情に出すことはない。稀に、そういう才能に恵まれたものが現れることも承知していたからだった。


「新しい依頼を受けられますか?」


「いや、今日はいい。それよりこれを頼む」


 ルーは、ギルド職員に昨日受け取った報酬を渡す。ギルド職員もまた、それ以上は何も言うこともない。報酬の額を確認すると、ギルド職員はギルドカードのに魔力を注ぐ。これにより、ギルドカードに現在貯められている資産額が書き込まれる仕組みだ。

 最後に、ギルドカードの持ち主も手を翳す。淡い光が収まると、手続きは終わる。ギルド職員と冒険者、相互で手続きをすることにより、偽装を防ぐ。預けられた金は、ギルドが資産運用し、冒険者へと還元される。

 ルーは手続きを終えると、ギルドカードを受け取り冒険者ギルドを後にした。


 冒険者ギルドの外へ出ると、軽装やハーフメイル、ローブ姿の人間が往来を行き来していた。中には希少種であるエルフやドワーフの冒険者も目にすることができた。

 ルーは今までにも、何度か王都にも足を運んだことはあった。多種多様な人種、種族が行き交う街。レイダリア王国、その首都ガレイア。

 潤沢な資金を持ち、賢王と謳われる国王に統治された国。それがレイダリアという国だった。どうやら、区画整理やらなんだと街並みも少しずつ変化しているようだった。


 そんな光景を無関心に眺めつつ、ルーは石畳を歩く。道具屋辺りをうろついていれば、少女ヴァレリーとの約束の時間に丁度いいと思いながら。



+++++++



 ルーが宿に帰りつくと、カウンターの前でヴァレリーともう一人、初めて見る少女が立っていた。朝から出掛けているのを女将からでも聞いたのか。ルーが戻ってくるのを待っていたようだった。


「あ、おかえりなさい!」


 ヴァレリーが笑顔で出迎える。隣に立つ少女もぺこりとお辞儀をして見せる。


「彼女はオルガ。昨日言った、私の友達」


「よろしくお願いします」


 薄幸の美少女とでも言うべきか。

 ヴァレリーが太陽なら、オルガは月だ。ヴァレリーが元気いっぱいの健康的な愛らしさなら、オルガと名乗るこの少女の美しさは完成されたものがあった。下町のむさ苦しい宿にいながら、卓越した美しさなのだ。

 銀色の髪に空のように澄んだ瞳。色素の薄い肌は、絹のような滑らかさだ。おどおどとしてはいても、その瞳はどこか慈愛に満ちている。

 ルーは目を細めつつ、少女たちを見遣った。


「……ルーだ。とりあえず、依頼の話は部屋で」


 ルーはそれだけ言うと歩き出した。ヴァレリーとオルガは、かっこいい! などとはしゃぎながら後をついてくる。

 部屋に入ると、少女達にベッドに腰かけるよう言うと、ルーは粗末な椅子に腰かけた。

それまではしゃいでいた少女達も、途端に真面目な顔になる。


「それで。簡単には昨日聞いたけど、具体的な話はまだだったな」


「あ! そうですよね。えっと、課題の内容は王都ガレイアから南に3日ほど行った場所にある、フレミアの森に咲く花を持ち帰る事なんです」


 フレミアの森。ヴァレリーの言うように、王都から南に広がる大森林だ。

 太古より、長い年月を掛けて魔力を持った植物が魔物化し、森を支配している。

 動物のような魔物もいないわけではないが、弱いものは魔物すら糧にしてしまう。


 だが、このフレミア……つまりは森の名前にもなる魔物から取れる花弁や茎、葉などマジックアイテムとして利用価値が高い。ヴァレリーやオルガのような駆け出しの魔術師やヒーラーにとっては非常に高価なものだ。


「フレミアか。それで、フレミアは生け捕りにするのか? お前たち、あの森に咲くフレミアがどの程度の大きさなのかわかってるか?」


「ええと……大きいものは人間よりも大きいと聞きます」


オルガが教本の内容を思い出しているのか、目を細めて答える。


「生死は問わないと思います……。持ち帰ってマジックアイテムの材料にするので、必要な部位を必要な分持ち帰らないといけないので……」


 ヴァレリーが必死に思い出しながら呟く。

 他の冒険者に断られるはずだ。マジックアイテムはそれ自体が希少で、作るのに膨大な素材が必要になる。

 まして、今回の依頼はヴァレリー達がそのマジックアイテムを持ち帰ることが目的である以上、一般の冒険者にとっては実入りが少ない。かといって、欲を出して多目にフレミアを狩れるほど、この二人に実力はないだろう。


「なるほど。それで? 俺が手伝うとして、お前達が俺に支払えるものはあるのか?」


「あう……。やっぱり、そうですよね……」


「仕方ないわよヴァレリー……。私達の実力じゃ、まだフレミアの森は難易度が高すぎるもの」


「そ、そうね……。あの、これ少ないんですけど、前金です。残りは無事に課題を達成出来て、マジックアイテムを作れたら、それをお金にして払います。多分結構な金額になるはずなので」


 ヴァレリーが差し出した袋には、お世辞にも前金と呼ぶには少ない枚数の金貨が入っていた。

青年はそれを受けとると、そっとテーブルに置いた。

 ヴァレリーもオルガも、緊張の面持ちでルーの所作を見ている。彼女たちにとって目の前の青年が冒険者としてどの程度のランクにいるのかは不明だが、課題提出への期限が迫っている以上、これに賭けるしかなかったのだ。


「まぁ、いいだろう。じゃあこっちの条件を言おう。まずひとつ。俺は個人的にお前たちから依頼を受ける。だから、課題は二人で達成したことにしろ。他の人間に何か突っ込まれても、そこだけは嘘を突き通せ」


「え……? そんなことですか? でも、ルーさんにメリットがないんじゃ」


 安堵しつつも、素直に疑問を口にするヴァレリー。そんなヴァレリーを、ルーは肩をすくめつつ見遣る。


「……ふたつめだ。道中、フレミア以外の魔物から採れる素材は俺が貰う。お前たちの取り分はフレミアのみだ。俺はフレミアからはなにも採らない」


 ルーの言葉に、二人はゆっくりと頷く。頷いてはいるものの、その表情は驚きの色を隠せない。何故なら、あまりにもヴァレリーたちにとって条件がよすぎるのだ。


「最後に。明日は一日、俺と準備に付き合うこと」


「え?」


 思わずヴァレリーが首を傾げる。


「お前たち、どうせ学校の支給品で旅をするつもりだろ。そんなんじゃ死ぬぞ」


「で、でも」


「嫌なら断ればいい」


「い、行きます、けど」


 ヴァレリーが渋々といった様子で頷く。前金があの額なのだ。懐事情も想像に難くない。


「準備金位は用意してやるさ。マジックアイテムの金で釣りが来る」


 なんでもないとでも言いたげに、ルーが呟く。

 駆け出し冒険者にとっては決して安くない装備品を用意するというこの青年に声をかけた幸運を。ヴァレリーとオルガは、すぐに実感することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

vivreー黒い翼ー すずね ねね @ayatan21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ