第5話 エピローグ

 彼はぼくが部屋から出る間際に、こう告げた。

 「力になれなくてすまなかったね」

 悪びれた様子はなかった。

 「得るものはありました。それでは、失礼します」


 結局のところ。ぼくは生きていくしかないのだ。何のよりどころもなく、風に吹かれたら消えてしまうろうそくのように不安定だ。

 生きる意味は自分で見つけるしかないんだろうな。

 与えられた人生ではなく、きっともっと自分に合った人生が存在するはずだ。それは、この社会の中にはないかもしれない。けれど、どこかにきっと。必ずある。


 探そう。きっと、ぼくはそういう生き方をするべきだ。


---□□□---


 少年が居なくなった部屋には男がひとり。机の引き出しからハンドサイズの電話機を取り出す。そして机上に並べられた資料とにらめっこ。

 「もしもし―――ええ、お世話になっております。またひとり出ましたんで処理の方よろしくお願いします。―――はい、では、失礼いたします」

 男は表向きはカウンセラーを生業にしていた。いや、そういう役目を与えられている。無数の歯車から成り立ったこの社会からあふれた粗悪品を検品し、しかるべき場所にその見解を報告する。

 規格から外れた人間は社会からはじき出される。そのはじき出す作業の一端を男は担っていた。

 トントントン。控えめにドアをノックする音がした。男が返事をする前にガチャリとドアは開かれた。小柄な少女が姿を現した。ふんわりとした白い帽子が小さな頭に覆いかぶさっていた。

 「……あの、ここはアイゼン相談事務所であってますでしょうか」

 「ああ、そうだよ」

 「あの―――」

 どんな相談でも聞いてくれるって聞いたんで。と前置きをして少女はおずおずと口を開く。

 「―――生きている意味って、いったい何なんでしょうか」

 男は昔、この手の質問にこう答えたことがある。

 生きる意味っていうのはね、神様が君に与えてくれるたったひとつの贈り物さ

 

 「話を聞こうか。力になれるかもしれない。ああ、お金はいいよ。話をするだけでお金を取られるなんて馬鹿馬鹿しいだろう」

 男の役目は少女の話を聞くことだ。どういう過程で何を見て何を感じ、その答えにたどり着いたのか。その疑問にたどり着いたのか。判断する。



 神様はきっと今日も忙しい。



 珈琲の煙はHDを傷つける

 おわり

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珈琲の煙はHDを傷つける 行方かなた @roco

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