第3話 compatibility Ⅲ
「…あ、お前今日歌ってけよ!」
「はぁ?!」
いきなり何を言い出すのかと思ったら、反論の余地なくあれよあれよという間にステージに上げられていた。
「おい、どういうつもりだよ」
「ん? だってお前この間のカラオケですっげぇ歌よかったからさ」
このライブの二週間ほど前に同級生何人かと行ったカラオケを思い出すと、確かにナルミは自分の歌を絶賛してくれていた。
それは今ここで歌う理由にはならないだろうと反論したが、それらは全て受け流されてしまい、今からステージ上で歌うということは変わらなかった。
ナルミはげんなりしているヨウのことなどお構いなしに、勢いそのままにドラムとギターを連れてきて、演奏する曲を教えていた。
「…下手でも文句言うなよ」
「大丈夫だって」
軽いノリで言っているだろうが、こっちはそんな軽く流せるような問題ではない。
ヨウはライブに関しては、初心者どころかど素人だ。
音楽をやっているわけでもなく、ただ偶然、今日ライブについてきただけでいきなりステージに上げられてしまっているのだから。
「後ろでカラオケの生演奏が流れてると思ったら入れるから」
「簡単に言いやがって…」
バカヤロウという思いを込めて睨み付け、マイクをスタンドから抜く。
シールドの繋がったマイクなんて初めてだから分からなかったが、カラオケのマイクなんかよりずっと重く感じる。
これは緊張からなのかもしれないが。
そして、曲が始まった。
ナルミは後ろでカラオケの生演奏とか言っていたが、そんなものではなかった。
音がカラオケの比ではないくらい重く、分厚く、身体に直接響くような感覚だった。
しかも三人とも、今さっき曲を言い渡されたばかりで、一切練習をしていないというのに、示し合わせたかのようにぴったり合っていたし、原曲と何ら変わらず弾いていることにも驚いた。
衝撃が大きすぎて、思わず自分が入るべき場所を間違えるところだった。
上手すぎる三人になんとかついて行こうと、必死で歌っていてほとんどその時のことは覚えていないが、ただ一つ分かったこと。
歌うことが楽しい。
今まで、好きなことを自由にさせてもらえなかったから、こんな風に楽しいと思えることがなかった。
ステージの上で、観客の目の前で、楽器を従えて歌うことが、何よりも楽しいと思えた、 たった四分足らずの時間が、終わりに近づくにつれて、とてつもなく名残惜しいと感じたのだ。
―――もっと歌ってみたい。
その演奏が終わってすぐ、ナルミにバンドを組もうと申し込んだのが、ヨウの音楽の始まりだった。
一緒に演奏したドラムとギターにも話をしてみて、ドラムの女の子は話に乗ってくれたが、ギターの男性は年齢の違いから断られてしまった。
無理もない、四人中三人が中学生だというのに、そんな中に三十をゆうに超えた男が入るのは、いくらなんでも無理がある。
しょげる自分に、ナルミは提案した。
自分たちと同年代なら、学校で見つければいいと。
ドラムの彼女とは学校が別だから、二つの中学で探すことが出来るから、妥当ではないかと。
確かに、自分たちの身近なところから攻めていくのが正攻法だと思った。
思い立ったが吉日、次の日からギター探しが始まった。
最初はギターをやっている同級生は見つかった。
しかし、音楽性というか、あまり一生懸命やっていそうな人はいなかった。
ドラムの方の学校の人とも何度か会ってはみたものの、結局ヨウの思うメンバーは見つからなかった。
ギター探しを始めて二週間ほど経った頃。
そろそろ打つ手がなくなってきて、どうしようかと焦り出していたのだが、ナルミは相変わらずのほほんとしている。
悠長な奴だと呆れていたその時、ナルミを見て思いついた。
「なぁ、お前がいつも喋ってる女子、誰だっけ」
何の前触れもなく聞いてやると、ナルミは目を丸くした。
そして、頭の中で誰のことかと考えを巡らせているのだろう。
割とナルミの交友関係は広いから、喋っている女子なんて山ほどいるのだろう。
「どの子のこと? いっぱいいすぎて分かんないや」
「三つ向こうのクラスの気が強そうな同級生」
「気が強そうな…。あぁ! ユズキのことか」
たった一つのヒントで思い出してしまうくらいに、そのユズキという人は気が強いものなのかと、少し突っ込みたくなってしまったが、今は我慢だ。
「それで? ユズキがどうかした?」
「…ちょっと会ってみたい」
ヨウが言った瞬間、ぽかんとしていたナルミだったが、すぐにニヤリと笑っていた。
多分色恋のことなんだろうと推測を立てているのだろうが、まったくもって違う。
その証拠に、この後ヨウは、ナルミの期待を大きく裏切るのだから。
三つ向こうのクラスに行くと、賑やかで楽しそうな喋り声が聞こえる中、窓際に一人で座り、ぼーっと外を見ている女子生徒が一人。
何度か言葉を交わしたことはあるものの、まずはナルミに先陣を切ってもらうことに。
勘違いをしたままのナルミは、喜んでその役をかってでてくれた。
その後すぐに自分も話の中に入り、ほんの少し彼女を観察していたら、何かを感じた。
一目惚れとかそんなものじゃなく、彼女の性格的な部分。
負けん気の強さのような、強い芯を持った人なんだということが分かった。
そう思ったら、口が勝手に動いていた。
「うちのバンドで、ギターやってくれないか?」
何の前振りもなくいきなりだったため、ユズキははぁ?という声を漏らし、ナルミに関しては、こいつ何言ってんだと言わんばかりの顔だった。
「ヨウ、お前こいつを誘うためにここに来たわけ?」
「あぁ。寧ろそれ以外に目的はなかった」
「いやでも、こいつ音楽とは無縁だから」
「そんなの俺も一緒だろ」
「そりゃそうだけど…」
「…あのさ、私ギターなんて触ったこともないんだけど」
我に返ったのか、ユズキがヨウとナルミの会話に入ってきた。
「練習すればいい」
「やること前提なわけ?」
「嫌なら断ってくれて構わない。他を探すまでだ」
「…嫌とは言ってないでしょうよ」
ユズキは仕方ないなと言いたそうな顔で、ヨウの申し出を受け入れた。
これにはヨウではなく、幼馴染のナルミが驚き、そして喜んでいた。
ユズキを強引に説得して、ナルミの家で遅くまで、彼女に会うギターを選び、ケースや換えの弦、カポ、教本などを吟味していたというのを、後から聞いた
* * *
思えばあの時から、ユズキの芯の強さを知っていた。
それから演奏を通して、彼女は誰より努力を惜しまないし、負けず嫌いで頑固だということを知った。
そんな彼女が、同じ個所をいつまでもミスするなんて、よっぽどの理由があるのではないか、という考えに何故ならなかったのか、ヨウは後悔していた。
心無い言葉を浴びせてしまった。
あの喧嘩の後、普段温厚なナルミに、「あんな言い方する必要がどこにあったんだ」と怒られてしまったほどだ。
何故あんなことを言ってしまったのか、原因は分かり切っていた。
春に行われた昇段試験に失敗し、祖父や父親にしぼられた。
音楽に感けているからこんなことになったと、ひたすら言われ続けた。
それを聞いていた母親と祖母が、祖父と父にいい加減にしろと怒鳴り、門下生に止められていたのも記憶に新しい。
今までは、家でのストレスを学校や音楽で解消していたが、今回の失敗はそのどちらでも解消することが出来ないくらい大きなものだった。
だから、自分の成長のなさを棚に上げて、ユズキのミスに八つ当たりした。
最低だ、自分で思うのだから、その状況を見ていたナルミ達は余計に思っただろう。
どうしたら元のように楽しく音楽が出来るだろうか。
どうしたら彼女に謝る機会を作れるだろうか。
真正面から謝るというのがどうにも照れ臭くて、尻込みしてしまっていたが、今はもうそんなことを言っている場合でもなかった。
胴着から制服に着替え終わったところで、決心がついた。
そうなったら行動は早い、鞄から携帯を取り出し、見知った番号を呼び出した。
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