第4話 compatibility Ⅳ

コの字型五階建て校舎の三階から、グラウンドで部活動にふける生徒たちを見やる。


 放物線を描くボールを必死になって追いかける者、決められた距離を全力疾走する者、相手の陣地にボールを蹴り入れようとする者…。


 最初はあんな風に部活を真剣にやる奴なんてと見下していた。


 頑張っても報われるわけじゃない。


 欲しい結果や称号が、必ずしも手に入るわけでもない。


 だから、部活なんて嫌いだと思っていた、それは今でも変わらない。


 でも、ああいう風に一緒に頑張れる相手がいるということには、羨ましさを感じていた。


 部活に入らなくても、そういう切磋琢磨出来る相手が欲しい、なんて都合のいいことを思っていた。


* * *


 存外厳しい家ではなかったが、やることはちゃんとやりなさいという、ごく当たり前のことだがある意味難しいことを求める両親のもとに生まれた。


 小学校の頃から勉強では誰にも負けたくなくて、クラスで一番を取りつづけた。


 誰にも負けたくなくて、普通の勉強から副教科の勉強まで一切手を抜いたことはなかった。


 けれど、どこか満たされないのも事実だった。


 ただひたすら勉強だけ(・・)を(・)頑張り続けていたせいで、人付き合いというものを一切学ばなかった。


 中学校に上がってからも、関わりを持っていたのは社交性に長けた幼馴染だけ。


 その彼も、夢中になれるものを見つけてそれに没頭していた。


 ユズキだって勉強に没頭していた。


 ただしそれは、自分が他人を蹴落とすための努力で、切磋琢磨するための努力ではなかったのだ。


 何とか変わろうと思って、何度も部活に入ってみたが、小さいころから運動神経が抜群に良く、何をやっても人並み以上にできてしまった。


 そのため、運動部に入部しても、周囲との差を思い知らされ、何よりも、その差を埋めようと努力をしない、同じ部の人間に絶望して退部した。


 文化部に期待をしようかと思ったが、どうせ周りから疎まれて、自分が周りに絶望して終わるのだろうなと、誰かと何かを頑張る、ということを諦めかけていた。


そんな時に、ヨウが声をかけてきたのだ。


 『お前、うちのバンドでギターやってくれよ』


 もともと、ヨウのバンドでベースをやっているのが、自分の幼馴染だったから知り合っただけで、特別親しかったわけではなかった。


けれど、ギターになれと頼まれたとき、ほぼ初対面の相手に唐突すぎるだろうと、呆れたのを今でも鮮明に覚えている。


 いきなり何を言い出すのかと最初は思っていた。


 ―――でも、頼まれちゃったんだよなぁ…。


 何故かヨウの頼みを断ることが出来なかった。


 多分、なんとなく自分が今まで縁もゆかりもなかった世界に飛び込んでみるのもいいのではないか、と考えて、そこで、皆と一緒に頑張る、ということが出来たらいいとも思っていたのだろう。


 ギター譜の読み方も分からない、コードの名前も知らない、機材の名前や接続のしかたなんて全く分からない。


そんなずぶの素人だったが、自分の取り柄ともいえる努力をすることで、理論や用語を一から勉強したし、楽器マニアで機材マニアの幼馴染からギターを譲り受けて、必死に練習した。


いい刺激になるからと渡されたアーティストのライブDVDも、穴が開くんじゃないかというほど見続けた。


 初めて一曲通して弾けるようになったときは、思わずメンバーに喜びのメールを送った。


 それに対して、おめでとうと、よかったねと、自分のことのように喜んでくれるメンバーが、自分にとっては貴かった。


 出来る曲のバリエーションを増やそうと、使うあてのなかった小遣いを、エフェクターを揃えるために使った。


 そんな姿勢を喜んでくれて、後押ししてくれるように指導してくれる皆が大切だった。


 たった数ヶ月だが、自分にとっては本当に価値のある時間だった。


 けれど、問題が一つ出てきた。


 学校での成績が落ち始めたことだ。


 入学してから一年間、学年で二十番以内をずっとキープしてきたのに、ギターを始めて少し経った頃にあった、二年生最初の中間テストで、やってしまった。


 


三百二十七人中 四十八位という、自己ワースト記録を叩き出してしまったのだ。


 


決して、決して悪い数字ではないのだ。


 ただ、今までキープしていた場所が場所だっただけあって、両親は目が落ちるんじゃないかと思うほど驚いていた。


 『バンドが楽しいのは分かるけど、成績が落ちるのはねぇ…』


 『ユズキが一生懸命何かをしているのは嬉しいが…』


 言葉を濁しているが、暗に何を言いたいかは分かりきっていた。




 次のテストで結果を出さないとバンドをやめさせる、ということだと。




 学生の本分は勉強だ、そう言いたい理由は納得している。


 彼らなりに、新しいことを始めて、変わろうともがいている自分を心配しているということも、知っていた。


 けれど、やっと出来ることが広がってきたのに、ここで辞めるなんて嫌だった。


 もっと楽しみたい、挑戦したい、そういう風に思えることがやっと見つかったのに、こんなことで辞めさせられてしまうのか。


そう思ったら、悔しくてたまらなくなった。


 睡眠時間を削ってでも予習復習を毎日したし、ギターの練習も妥協せず、毎日自分が納得いくまでこなした。


 いうまでもなく、睡眠不足に悩まされ、そこから異常な眠気と、集中力の低下や眩暈に苛まれ始めた。


 自分で症状がよく分かっているが故に、どうしたらいいかはよく分かっていた。


 けれど体調を考慮してしまえば、勉強もギターも疎かになってしまう気がして怖かった。


 でも、どんどん悪化していく体調に、体は限界寸前だった。


けれど、でも、けれど、でも―――――。


そんな風に考えが堂々巡りしている最中、[chiave]での打ち合わせと練習だった。


ただでさえイライラしていた時に、歌い方が相変わらず固いくせに自分のミスを指摘するヨウに怒鳴られて、腹が立ってしまった。


経験は向こうの方が明らかに上だ、それはよく分かっている。


それでも、自分は何も変わっていないくせに、人には注文を付けてぎゃんぎゃんと怒鳴り散らすヨウに、言い返さずにはいられなかった。


挙句の果てにライブハウスで怒鳴り合いの大喧嘩をしてしまうなんて、オーナーの鍵谷に申し訳ないことこの上ない。


 大喧嘩をして三日ほど経って、ある程度考えが落ち着いて、ようやく自分の中で整理がついたようだ。


校舎の東側にある道場で部活動に励んでいるであろう喧嘩相手のボーカルを思い出し、そんなことを思い出していたら、校門の近くに真っ赤なミニバンが停車した。


 「派手な色…」


 思わず呟いたと同時に、車から現れた人物が視界に入った瞬間、驚いて思わず二度見してしまった。


 「オーナー…」


 何をしに来たんだろうとか、何の用があるんだろうとか、そんなことを考えている暇はない。


 そう判断した自分の脳みそは、鞄を持って校門へと走れと、身体に指示を出していた。

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