第1話 compatibility Ⅰ

N市にあるライブハウス[chiave]には、変わったライブが存在する。


“キーワードライブ”と呼ばれるそのライブは、毎月設けられるとあるキーワードに沿った、オリジナル曲のみを演奏するものだ。


ここまで聞いただけでは、普通のライブと大して変わりはしないのだろうが、そのキーワードは、[chiave]を運営している、女性オーナーの気まぐれで決定するという、なんとも変わったライブなのだ。


 そして本日は、そのライブの打ち合わせが行われる日。


「おはようございます」


「おはよう」


 打ち合わせのため続々とやってきている、バンドメンバーひとりひとりに挨拶している彼女こそ、ライブハウス[chiave]のオーナー、鍵谷である。


 ライブハウスの名前の由来は彼女の名前からではないかと、もっぱらの噂である。


「あ、オーナー。その鍵のネックレス綺麗ですね」


「彼氏からのプレゼントですか?」


とあるバンドの女の子が言うと、鍵谷はさらりとお礼を述べた。


男から貰ったのかと、野次馬根性丸出しの女の子たちを、鍵谷は笑顔であしらった。


「そんな相手いたら仕事辞めるよ。さぁ、打ち合わせ始めるよ」


鍵谷の一言で打ち合わせを開始した。


基本持ち時間は二十分、機材費が四千五百円、チケット代が千円など、料金に関することを主な話とし、出番などは当日発表の旨を伝えた。


今回は、演者のほとんどが高校生のため、休みの日で、あまり遅くならないようにと時間設定をし直した。


高校生は夜十時までに帰宅させないと少々問題が発生しそうだから。


「あと、何か質問はある?」


「直前リハ出来ますか?」


「音出しも兼ねてオープンの二時間前から出番の順にやるよ。遅れないようにね」


「ノルマは?」


「特になし。ちなみにドリンク代別ね」


 かなり良心的なのが[chiave]の売りのため、チケットノルマは課さないことが多い。


 ノルマよりも人と繋がり、音楽を楽しむが鍵谷のモットーだからだ。


 打ち合わせも終わってきたところで、[carat]というバンドが練習を開始した。


 結成して本格的に活動を始めてからはまだ半年も経っていないが、一人一人が音楽を好きでやっているというのがよく分かる、色んな意味で若いバンドだ。


 [chiave]では一時間千円で練習場所として機材を貸している。


 そこらのスタジオよりはずっと安いだろう。


 他のバンドの子達は、それぞれ帰っていったり残って自分達で打ち合わせをしたりとそれぞれで。


 鍵谷は[carat]の演奏を耳に入れつつPA作業をしていた。


 ―――ちょっと歌が固いなぁ…。


―――あ、今ギター半音高かった。


「いい加減にしろよ!」


 ギターの女の子のミスが耳に入ってきた瞬間、マイク越しにボーカルの彼の怒号が響き渡った。


 そして、先ほどまで演奏に集中していたメンバーも、打ち合わせであーだこーだ言っていた彼女らまでもが、驚いたのだろう、動きが止まっていた。


 そんな周りの様子が目に入っていないのか、ボーカルはさらに怒鳴り散らす。


「ユズキ! お前何回同じところミスしたら気が済むんだよ! そんなんで本番に間に合うかよ! あと十日しかねぇんだぞ!」


一回目で動きを止めたギターのユズキは、二回目で頭に血が上ったのか、負けじとボーカルに対して怒鳴り返す。


「はぁ?! ヨウ、あんた何様のつもり? 大体、人のことばっか言ってるけど、あんただって歌い方が固いのよ! お経みたいな歌い方して! ちゃんと歌えないくせに人のこと言ってんじゃないわよ!」


鍵谷はいったんミキサーのボリュームを落とし、ステージに向かった。


 睨み合っているユズキとヨウを宥めようと、周りのドラムやベースが頑張っているが、どうにも効果がないようだ。


 「二人共ー。怒鳴り合いさせるために場所貸してる訳じゃないんだけど?」


 「オーナー…」


 「…すみません。けど、こいつにやる気が感じられないのは事実です。いつも同じミスばっかりしやがって。やる気ないならやめちまえ!」


 捨て台詞のように言い放った彼は、自分の分の料金を鍵谷に渡すと、マイクケースをひっ掴んで出て行った。


 「…私も帰る」


 気まずくなってしまったのか、ギターの彼女もエフェクターやシールドをまとめて全部ケースに突っ込んで帰ってしまった。


 ドラムとベースの二人は、どうしていいのか分からないのか、戸惑ってしまっていた。


「…どうする? リズム体だけでも残ってく?」


「…そうします」


 ベースとドラムの練習に対する姿勢に感心しつつ、もう一度ボリュームの調整をするため、ミキサーに向かい合った。


一時間後、楽器を片付けて出て行った[carat]の二人を、心配だったが黙って見送った。


 すると、打ち合わせをしていた別のバンドの子が口を開いた。


 「やっぱ大変だね、あの二人」


 「ん? どういうこと?」


 思わず聞き返したら、その子は二人と同じ高校に通っていると前置きして、苦笑いを浮かべながら言った。


 「ユズキ、二年に入って成績落ちたらしくて、次のテストの成績悪かったらバンドやめさせられるかもって言ってたし、ヨウは実家が剣道の道場だから、そっちと両立しないといけないらしいんですよ。色々柵あって、イライラしてたんじゃないですかねぇ」


 その一言で、鍵谷は大体の察しがついた。


 常連の性格はある程度分かっているつもりだから、余計に。


 喧嘩をしてもあまり長引かない[carat]の子達だが、今回ばかりは長引きそうだと。


 何とかしないといけないな、と。

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