第2話 compatibility Ⅱ

二十年使い込まれてきた高校の道場は、先人たちの努力を知っているからか、風格が出ているように感じる。


自分の家の道場にはもっと歴史があるというのに、ここの方が練習に精が出るのは、自宅に帰れば必ず浴びなければいけないプレッシャーがないからだろうか。


もっとも、いつもなら練習に精が出るというのに、一昨日ユズキと喧嘩したせいで全く身が入っていないのも事実だった。


* * *


好きであの家に生まれたわけではない。


寧ろ何故あの家に生まれたのだろうかと、神様を呪ったこともあるくらいだ。


子は親を選べないという言葉の意味を、物心ついてから痛感したくらいだ。


何も分からない子供の内から竹刀を持たされ、毎日辛い稽古を強いられ、祖父や父からのプレッシャーに怯えて暮らさなければいけないような、心休まらない家になんて。


道場が潰れないかと何度も考えたし、剣道という武術そのものが亡くなればいいとさえ思った。


そんな思いとは裏腹に、門下生は増す一方で、道場はいつもむさ苦しくてたまらなかった。


小学校六年生になったとき、卒業するまでに一級に合格し、中学に入学して卒業するまでに初段に合格するよう言われた。


いちいち決められている理由がよく分からなかったし、何故そこまでして続けなければ


いけないのか疑問でしかなかったし、自分にとって剣道が本当に必要なのかというところまで考えてしまった。


それでも、祖父や父親に逆らう勇気はなく、小学校六年生の秋に、一級に合格した。


ここで少しでも褒めてくれたり、認めてくれたりしていれば、まだ考え方は変わったのかもしれないが、我が家の男達は、一度としてヨウを褒めてくれたことなどなかった。


それどころか、昇級試験でミスをした部分や、未熟な部分をつらつらと挙げ、そこから精神論を展開し、二時間以上のお説教が始まる始末だ、誰が続けようと思うだろうか。


ヨウが中学に入ると、無理やりやらされていることが目に見えたのか、女親二人は真逆の考えをしていて、好きなことをやらせればいいじゃないかと、男二人に食って掛かったことが何度もあった。


その度に家の中では大喧嘩が勃発して、収拾がつかなくなって門下生が宥めに入るというのがいつものパターンだった。


そんな家庭環境の悪化も相まって、中学時代は荒んでいた。


それぞれが好きなことを楽しんでいる同級生たちに嫉妬して、内心でだけ罵倒していた。


なんのためになるわけでもないのにバカ騒ぎしている頭の悪い奴らだと。


好きなことが出来るということの価値を分かっていない馬鹿ばかりだと。


羨望を持ちすぎたが故に、そんな腐った考えしかできなかった自分にも、友人はいた。


その友人・ナルミは、小学生の頃から楽器や音楽の機材が大好きだという金持ちのお坊ちゃんで、自身もベースをメインに色々な楽器を弾いているという音楽バカだった。


最初は金持ちの道楽の話しかできないのだろうと思っていたが、話を聞けば聞くほど、真剣に音楽に打ち込んでいるということが分かって、話を聞くのが楽しみになっていた。


この間買ったベースの音質がどうだ、家に作ったスタジオに置く機材は何にしようとか迷っているとか、この間はこんなところでベースを弾いてきたとか。


音楽のことはよく知らなかったが、彼の話を聞くだけでヨウは自分の世界が少しだけ広がった気がしたのだ。


そんな生活が変わったのは、中学三年生の秋ごろ。


ある日、ライブに出るというナルミについて行って、ライブハウスというところに初めて足を運んだ。


地下への階段を下り、重々しい扉を開いた先にあったのは、自分が全く知らない世界だった。


壁一面に張られたメンバー募集のチラシや、バンドのポスターやステッカー、次のライブの日程を示す案内、ところどころに書かれたサイン―――。


道場とは全く違う世界に、心躍った瞬間だった。


受付でドリンク代を払ってチケットを貰い、ホールに入ると、性別や年齢に関係なく、たくさんの人が楽器を手に集まっていた。


聞けば、今日はセッションライブという形式のライブを行うらしく、初対面の相手とその場で演奏する曲を決め、演奏するというなんとも難しそうな形式だと思われるライブだった。


 「ナルミ君、久しぶり」


 「ナルミ君。こないだのアレ、ありがとう!」


 「ナルミ君、今度あのスコア貸したげるね」


 随分と人気者で、皆の中心と言っても過言ではなかった。


 なんであんなにも人気者なのかと聞いてみると。


 「俺、機材とか触るの好きだから、修理とか調整とかやってたら、自然と知り合い増えてた」


 中学生ながらそんなことできたのかと突っ込んでしまいそうだった。


 好きこそものの上手なれ、が突き詰められるとこうなるのかというのを、見せつけられた気がした。


 「お前、何気にすごい奴だったんだな」


 「そんなことないって」


 ヨウからしてみれば、十分にすごいことだった。


 自分の好きなことを見つけ、それを突き詰め続けられることが。


 好きなことだったら、突き詰めるのも楽しいのだろうという想像を膨らませてしまうほどに。

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