プロローグ・b

 まだ夏の日差しが差していて、もう9月に入ったとは思えないほどの日差しが窓に反射している。夏特有のカラカラした空気に身をつつませながら、エリーゼは汽車に揺られていた。前の席では緩々のネクタイをしめた学生上がりともみられる男性がなにやら熱心にメモ帳に筆記していた。

サンドウィッチにかじりつき、必死にペンを動かす彼を見てエリーゼはなんとも言えない気持ちになるのだった。


 今年の秋から士官学校に通う彼女、エリーゼは少し緊張が取れない顔でぎゅっと切符を握りしめている。荷台に載せてあるトランクには寮に送った分とは別の下着や筆記用具なんかがつめこまれている。

 有力貴族から平民まで、たくさんの同級生達と日々精進しあうのは正直考えただけで胃が痛くなりそうだ。エリーゼはそんなに運動神経がいいわけではないし、特別頭が冴えるわけでもない。

 両親はなぜ士官学校に入ろうと思ったのか聞かないでいてくれた。うまくいけば出世できるのだが、なにせ死ぬ危険だってあるのだ。そう簡単には行かせてくれなかった。それに家業を継ぐことも期待してくれていたし、結構反対されたけれどなんとか行かせてくれるようになったのだ。半分親子の縁もきれかけたがこうして荷物も用意してくれたし毎月仕送りもしてくれるという。そんな親に感謝しつつ、キリキリする胃をおさえて汽車に揺られるのだ。


 汽笛の音と車掌の、「もうすぐ王都ハイランサー」というアナウンスを聞き、エリーゼはゆっくり立ち上がった。

 足元が非常にグラグラしているので荷台から慎重にトランクを下ろそうとする。そのときちょっと足を滑らせてこけそうになったがさっきの男性が手をひっぱってくれたのでなんとか持ちこたえられた。気前のよさそうな笑顔でトランクをさっととってくれた男性にお礼を言い、駅のホームに降り立つ。

 蒸気や油、おいしそうな購買のお菓子を横目に地図をにらんで一気に改札に向かう。

 これから本格的に新しい生活が始まるんだと考えると、また胃が痛んだ。

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