二本を差す
雨昇千晴
二本を差す
武士の左腰に差す大小は、ゆうに四百匁を越える。
それは言わば米袋のひとつも腰に付けているようなものであり、鉄塊ゆえにずしりとくるその重さは、何よりも武士としての誇りを刺激した。
「うれしそうですねぇ、近藤先生」
若さと幼さの間を行くような声がころころ笑う。その腰にも二本が差されている。
「お前と違って俺は農家だ。百姓の俺が武士として仕えられる、これ以上のことはない」
「武家といっても名ばかりですよ」
ご存じのくせに、と少年は口をとがらせる。二十歳にもならぬこのどこにでもいそうな少年が、年端もいかぬうちから剣で大人を叩きのめし、本気になれば師と仰ぐ近藤すら手玉に取りかねない達人だと、誰が気づくだろう。
「総司、無駄口はそれまでにしろ」
傍らから冷厳な声に諭され、少年が口を噤む。
御前にて藩士のひとりが声を上げた。
「松平様の御成である。皆の者、控えよ!」
相次ぐ激変に乱れる京の治安を回復し、将軍家茂の上洛を警護するために集められた「浪士隊」。
後の世に長く語り継がれることになる若者たちの、それが歴史の始まりだった。
二本を差す 雨昇千晴 @chihare
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