第4話
「さあ到着しました!ここがワタシの行きつけのケーキ屋さんです!」
ラミナが嬉しそうに私に言う。中世を意識させるレンガ造りの建物にカラフルな装飾、さながらテーマパークのお土産屋さんのようだった。そしてラミナに手を引かれて店内へ入っていった。
「いらっしゃいませ!お好きな席へどうぞ!……!?」
店内に入ると栗色の毛並みの犬人の店員がいた。私はどことなく彼女に懐かしさを感じた。彼女は私を見ると一瞬嬉しそうな顔をした。しかし隣のラミナを見るなり怪訝な表情をした。私がその行動を不思議に思っていると
「奥の個室、使わせてもらうね!」
ラミナがそう言って私を店の奥へ連れて行った。途中ウェイターが床を掃除しているのが気になった。なんだかずいぶん黒いのがこびりついていた。しかもウェイターの表情はなぜか陰鬱だった。
「ここ!ハイ座って下さい!」
店の奥の半個室とでもいうのか、周りの席から離れた席に座らされた。客は1人もいなかった。
「注文はいつも私が頼んでいるものをお願いしてありますので!」
ラミナはそう言った。その言葉に私はなんだか違和感を覚えた。いつの間に注文したのか、あらかじめだとしたら何故私が来ることを知っていたのか……
手持ち無沙汰に待っていると、ラミナが口を開いた。
「ツヨシさんはぁ、あちらの世界では生きる意味を失っていたんですよねぇ?」
今までと違う、甘ったるいような口調だ。なんだか悪寒が走った。だが私は
「ああそうだった。あんまり気力が出なくてね。でもここはいいよ。なんだかあっちよりも清々しい。」
そう答えた。それに全く嘘は無かったが、声が震えていたような気がする。それからなんだか、話続けなければ行けないような気がして続けて私は
「ああそういえば、注文したものが来ないね!なにを注文してあるの?」
と言った。するとラミナはテーブルの向かいから体を伸ばし、吐息がかかる距離まで近づいた。
そして
「実はぁ、もう美味しいものは来てるんですよぉ。」
と言ってきた。また甘ったるいような口調だ。目は私を逃がさないとでも言うように鋭かった。そして彼女は唐突に長い舌を伸ばして私の唇の隙間に侵入させ、口腔内を蹂躙した。脳の理解が追い付かないまま、体が痺れ頭がボーッとしてきた。
「ワタシの体液が持つ毒です。すぐ死ぬようなもではありませんよぉ。」
私は麻痺した頭で必死に考えた。どく?なんで?どういう・・・?
「いままで私が話してきたことには少しだけ、嘘があるんですよぉ。」
ラミナが話し始めた。
「ここが獣人の世界だということは話しましたね?その話自体はほんとうです。でもぉ、ここの住人はただそれだけってわけじゃないんですよぉ。」
「さきほど『ここはユグドラシアと呼ばれています。いわゆる現実世界の人間の情念が作り上げた世界とも人間の世界の土台となったともいわれていますが詳しいところはよくわかりません。少なくとも私の住んでいた地域はのどかで、争いが少なくて平和です。』と説明しました。『ユグドラシア』という名前と争いが少なくて平和というのは本当ですがぁ、現実世界の人間の思いがどうのというのは嘘です。」
ラミナは楽しそうに、それはとても愉快だというように説明始めた。私は麻痺した頭の中で流れてきた言葉をなんとか理解した。じゃあこの世界は一体……。
「この世界はぁ、死んだ動物たちが転生する前に必ず訪れる世界です。」
私はそんなことが現実にあるのかと驚きながらも、ラミナの言葉を待った。まあ、体が痺れて話すことは不可能だったから、返答しようにもどうもできなかったが。
「つまりこの世界に争いが少ないというのはぁ、ここにいる人々はみんな死んでいてぇ、なおかつ転生を待っているだけなので争う理由が乏しいからです。ワタシたち蛇人はぁ、ちょっと違いますけどぉ。」
確かにそうだ。ここで生きるのが死んだ動物というのなら、なぜ彼女は現実世界に来て、私をここに連れてきて毒を盛る必要があるのか。
「ワタシたち蛇人はぁ、魂をぉ、食べて生きているんですぅ。その中でもぉ、生きた人間の魂というのは格別なんですぅ。」
話が進むにつれてラミナのねっとりと絡みつくような話し方がより強くなってくる。それとともに、頭が冴えてくるのを感じた。私は考えた。では何か?私は初めから食われるためにノコノコこの世界にやってきたというのか?なるほど、そうすると今までの事も納得がいく住人たちの表情は人間が珍しいからああいう表情をしていたのではなく、「ああ、また人間が食われるのか」と憐れんでいたのだろう。この世界に来た時にラミナが巻き付いていたのも、もしかしたら「あまりにも起きないからこのまま食べよう」としていたとも考えられる。理解できると、急に恐ろしくなった『生きるのなんてどうでもいい』と思っていたはずなのに、この期に及んで生きることへの一抹の未練が生まれた。私の顔が恐怖に飲まれていった。それを見たラミナは満面の笑みを見せた。
「いいですねぇその表情!!それが見たくて毒が抜けるまでノロノロと説明してきたんですよぉ!!ネタ晴らしをされてぇ、裏切られたと気づいてぇ、自分が死ぬことへの恐怖を覚えるその表情!!結局人間なんて、生への未練を断ち切れないのよぉ?」
毒は抜けたはずなのに体は動かなかった。まさに「蛇に睨まれた蛙」だった。
「安心してね?あなたの魂はワタシがおいしくいただくから♡」
「それじゃあ・・・いただきます♡」
犬と私の充実ライフ 玉瑛 @3g9
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