第二章 -堕天- ⑰
そして、よりにもよって、ルーシーまでもがリーシャのために口を閉ざしていたのだ。
なんて皮肉な話だ。どちらも友人を想い合える優しい心の持ち主で、互いが互いを大切に思い合っているために、この二人が相容れることはきっとないんだ。
「……そっか」
吹っ切れたように呟いて、リーシャがルーシーの胸から離れた。
涙で赤く腫れた目元には、三日月。
小さくて、儚げな微笑み。
リーシャは涙を拭いて立ち上がると、そのまま地下空間の中央へと歩き、白い台座の前で立ち止まった。
そして、最後の問いかけ。
「どうしても、天界に行くって意志は変わらないんだな?」
ルーシーが首肯する。
「それだけの覚悟があるんだな」
首肯。
「……わかったよ」
「え?」
「アンタがそこまで言うなら、もう止めない。いや、もう止められないってのが正直なとこかな。だからさ、あたしに残された最後の選択肢を用意するだけだ」
リーシャは両手を広げて、無防備な姿勢をルーシーに晒す。
「もしこのままあたしを振り切って行くってなら――」
リーシャは笑った。
柔らかく、明るく、優しい笑顔。
おそらく、これが彼女本来の笑顔――
そんな笑顔で、
「あたしを、殺して行け」
リーシャはとんでもない条件を突き付けてきた。
「なっ――!」
僕とルーシーの驚愕が重なる。
「悪ぃな、ルーシー。実はさっき、一つだけ嘘を付いた。今なら王にバレずに戻れるっつったけどさ、実はあたしは王の命令を受けてきたんだ。あんたが素直に説得に応じるようなら、あんたへのお咎めをなしにしてもらう条件付きでね」
「そ、そんな……」
「だからあたしはアンタを連れ帰る必要があった。けど、覚悟だけは一人前にあるみたいだからね。説得でも力づくでも応じないなら、殺す以外にあたしは他の方法を知らない。でもそれは本末転倒だからな、それも出来ない」
つまり――リーシャにはルーシーを止めることが出来ない。
「魔界にのこのこ手ぶらで帰れば、あたしは王の命令を遂行できなかったばかりか、王に交換条件を飲ませた無礼者だ」
乾いた笑みが、リーシャの口から漏れる。
「わかるか? 自分の管理下にある堕天使を外に逃がし、本来救われることのないそいつを救うための条件を王に無理やり飲ませておきながら、何も出来ずに帰って来た純粋魔族が、並大抵の処罰で済むはずがないのさ」
ルーシーは何も言わない。完全に言葉を失っていた。
黒い翼と哀しい瞳の天使 い助 @isuke_178
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