第二章 -堕天- ⑯
「それじゃああたしはどうなる!!」
僕もルーシーも驚いて顔を上げた。僕からはリーシャの表情は見えないけれど、その悲痛な声の響きだけで、その質だけでわかる。
泣いていたのは、リーシャの方だった。
「リーシャ……」
ルーシーは彼女の涙を正面から見て、驚きを隠せていない。リーシャの様子は、それほど普段からは想像出来ないものだったことが窺える。
リーシャの悲痛な訴えは続く。地下の空間に響き渡る。
「天界に行けば、アンタは確実に消される。それがわかっていて、どうして行くんだよ! 天から堕ちた者は空を見上げるしかない。アンタの幸せはあっちにはないんだ!」
リーシャは駄々をこねる子供のようにルーシーに抱き着いて、顔をルーシーの胸にうずめた。そして離さないと訴えるように、ルーシーの腕を強く握りしめる。
さっきまでの二人の力関係が嘘のようだ。
「行くな。行くなよ、ルーシー……」
僕は誤解していたのか。
ルーシーに死んでほしくないから――堕天使という辛い立場にあるルーシーに幸せになってほしいから、リーシャは憎まれ役になってでもルーシーを連れ戻そうとしていたのか。
今思えば、態度の通り、リーシャが容赦のない性格だというのならば、ルーシーを連れ帰ることなんて本当にどんなに簡単だっただろうか。
有無を言わさず連れ帰るだけなら、本当に僕の魂を抜いてしまえばよかった。それだけで、状況は完全に詰みだったのだから。
もしそれが叶わなくたって、せめて僕を人質に取ったままだったなら、もっと簡単に闘わずして交渉を優位に進めることが出来たはずだ。そしてあのままルーシーを叩きのめしてしまえばよかった。
けれどリーシャはそうしなかった。
なんだかんだ理由を付けて、真正面からルーシーを説得する選択を取り続けていた。
つまるところ――リーシャは底抜けに優しい。
ただ、それだけなのだ。
「なんでだルーシー。魔界であたしたちと過ごした時間は、笑いあった時間は――アンタの心に何も残さなかったのかよ……。バカみたいじゃんか……アンタのこと、良いやつだって、アンタといると楽しいって思ってたあたしがバカみたいじゃんか……!」
悲痛な叫びは、溢れんばかりの愛情で締めくくられた。
ルーシーがリーシャを抱き返した。
紅の瞳に温かな光が灯る。
「わがままでゴメン、リーシャ。でも楽しかった。嘘じゃないよ」
「…………。教えろよ。気持ちが変わらねえなら、せめて天界に行く理由くらい、教えてくれてもいいだろ……」
けれどルーシーは応えない。
ふるふると、首を横に振った。
「これを聞いたらリーシャにも危害が及んじゃう。それはダメなんだ。だから教えない、教えられない」
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