第二章 -堕天- ⑮

「…………!」



 それなのに。それでも。


 ルーシーは立ち上がった。

 おぼつかない足取りで、それでも。


「まだ、だ……まだ、私は……」


 それでも、睨む。

 ルーシーはリーシャを睨みつけている。

 

 意識が朦朧としているのか、その瞳は焦点が定まっていない。

 それでもルーシーは前を見る。


 その紅い瞳に映るのは、何だろう。

 何が彼女をそこまでさせるのか。それほどまでに彼女の体を突き動かすのか。


 

 けれど。



 すとん、とルーシーの膝が落ちた。

 糸が切れた操り人形のように、あっけなく床にうつ伏せで倒れ込む。


 ついに体の限界が気力のカバー範囲を越えてしまったみたいだ。


「まだ……私は、まだ……」


 ルーシーはもがいていた。

 腕を前に伸ばし、なおも立ち上がろうとしていた。


 けれど爪が床を引っかくばかりで、ルーシーはまったく動けない。


 無様で、格好悪くて、見ていられない姿。

 それなのに、僕は彼女から目を離すことが出来なかった。



「ふん」


 リーシャは立ち上がれないルーシーの元へ歩み寄ると、前髪を掴んで顔を無理やり上げさせた。目線の高さを合わせて、互いの顔の距離を一息で詰める。


 紅と金色の目が突き合う。


「いいかルーシー。アンタが相手になると、天界は裏切り者を捕らえるために大天使を出動させるだろう。あたしにさえ勝てないやつが、大天使に勝てるとでも思ってんのか?」


 リーシャはルーシーに、揺るぎない事実を告げるような強い口調で語りかける。



「やめとけ。アンタに光は似合わないよ」



 虚ろな瞳に動揺が走る。

 紅い瞳が、気持ちを代弁するように揺らめいた。


 その時、僕はルーシーが泣いてしまうんじゃないかと、そんなことを思った。


「わか、て、るよ……」


 けれど。

 それなのに。


「わかってる、んだよ。私が、光の下で生きること、許されない、くらい……全部、全部……。でも、それでも、私は……」


 ルーシーは泣きなどしなかった。

 死ぬとわかっていて、赦されないとわかっていて――それでも泣いたりなんてしなかった。


 ルーシーの覚悟は、生半可なものではなかったということだ。

 傷付いても、罵られようとも、罪を背負おうとも、そんなことでは彼女の覚悟をへし折ることなんて出来なかったのだ。



「………………」


 リーシャは何も言わない。


 僕からは彼女の表情が見えないから、彼女がどんな顔をしてルーシーの覚悟を――死ぬことも厭わないという決意を聞いているのかはわからない。


 長い沈黙。


「それじゃあ……」


 リーシャが、空気を切り裂いた。

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