12
どちらにしてもケンジは、おれのいるこの部屋にあがりこむ気でいるらしい。とうぜんながらマユリもそれを拒否しない。
玄関で靴を脱ぐ音がきこえてきた。おれは軽自動車一台がらくらく駐車できるクローゼットの深くに潜るしかないようだ。もっともこのクローゼットは上下二段になっているうえ、ポリボックスやら使用していない電化製品の箱やらでこまかく切りわけられている。このままでは軽自動車は停められないが、その代わりに隠れる場所はいくらでもある。
どうしたものかな。おれはあたりを見まわした。右手上方に冬用の羽毛かけ布団が見えた。むりやりそこに潜りこむ。まわりはハンガーにかけられたロングコートがならんでいる。このクローゼットのなかでは一番あつらえむきな場所だった。居心地も最悪よりはわずかにましだ。クローゼットの格子を見つめる格好で、おれは布団におさまった。
「あれ? マユリ」
キッチンのほうからマユリの彼氏の声がする。姿はまるで見えないが、どうやらこちらの部屋にむかってきているようだ。気配がだんだん近づいてくる。
「ん? なあに」
うわずったマユリの声が、そのあとに続いた。
「誰かいたの?」
ソファのまえにケンジがたどりついたのが見えた。おれの位置からは、やつのつむじとひたいと鼻と手もとが確認できる。マユリの彼氏はやはり昨日会った男だ。服装は昨日とは違うホワイトシャツにダークグレーのスラックス。格子状の扉を挟んでいるので、男の姿は光と影の横縞だ。とうぜんむこうからはクローゼットのなかは見えない。暗い場所から明るい場所はよく見えても、明るい場所から暗い場所はよく見えないのだ。人間の目の性質っていうやつ。
「え? べつに誰もいないよ」
しどろもどろになったマユリもソファのまえにあらわれた。ケンジを挟んでおれの真正面に位置をとる。ケンジとむかいあい、こちらに顔をむけていた。口が歪み目が泳いでいる。まったくこいつは、本当にすぐに顔にでる。
「ふーん」
そんなマユリの表情を読みとったのだろう。一度はおれに後頭部を見せたケンジだったが、ふたたび振りむきクローゼットに目をむけた。
「もしかして」
クリソベリルのプライベート うのたろう @unotarou
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