自由業――Suika・Freeter
「スイカ七不思議」の存在を知ったのは、わたしが高校の学生食堂でかけそばを食べている時だった。
「ねえ、まこと、知ってる? この前出たんだって、北22条のコンビニに」
クラスメイトのみゆきが興奮した様子で話しかけてくる。彼女が持っているトレイに乗っているのはカレーライス(280円)。人の事は言えないが、華の女子高校生としてはいささか侘しい昼食だ。
「……何が?」
出たんだって、と言われてもゴキブリか、せいぜいおばけしか想像できない。
「知らないの『スイカ七不思議』の話。五番目のヤツ、『SF』がコンビニに居たらしいよ」
「すいか、ななふしぎ? えす、えふ?」
一体全体、何が何だか分からない。
わたしの住む朝張町は、確かにスイカの名産地である。しかし、だからと言ってこんなチープな都市伝説を流布しなくても良かろう。そんな事をしても、観光客は増えない。
「えーっ!? まこと、知らないの? 最近みんなこの話ばかりしてるよ。斉藤と渡辺も見たんだって、三番目の『SF』。サバゲーやってるときに、現れたんだってさ」
「斉藤と渡辺って……ひろし君とけいすけ君?」
「そうそう!」
斉藤ひろしと渡辺けいすけは所謂「軍事オタク」で、休日は二人でよくサバイバルゲームをやっているらしい。ひろし君のお兄さんは相当な実力者で、そのサバイバルゲーム場では「隊長」なんて呼ばれていると、けいすけ君が自分の事のように自慢していた。
「それで、『スイカ七不思議』って何なの?」
「あんた、本当にウワサ話に興味がないよね。教室では本ばっかり読んでいるし。本当に女子高生?」
みゆきが心底呆れた様な眼でわたしを見る。だって仕方ないじゃない、ハヤカワ文庫がわたしを呼んでいるんだから。
「いいから、早く教えてよ」
「ウチの町ってさ、スイカの名産地じゃん」
「うん」
「でも、全てのスイカが出荷される訳じゃなくて、形の悪いのとか、豊作過ぎて余っちゃったのとかって、全部つぶして捨てちゃうんだって。そうして捨てられたスイカの念が集まって、それが怨霊になったらしいよ。それが『スイカ七不思議』となってわれわれに復讐しているのだー! 一つ目の不思議は『恐怖! 深夜のラジオから聞こえてくるスイカの声』。第二の不思議は……」
「わかった、もう良い」
くだらない。
「あーっ、今くだらない、って顔したーっ!」
「だって、心底くだらないよ、その話。なにさ、スイカの怨霊って」
「いいじゃーん、夏だしさ。一緒に行って確かめてみようよー」
「やだ」
「えー、行こうよー。行こうってばー、おねがいしますぅー。スイカバー奢るからー」
みゆきが鼻にかけた甘ったれた声をだした。
うざったい。
「あーっ、今こいつウザい、って顔したーっ!」
「だって、心底うざったいよ、みゆき。そして暑苦しいから抱きつかないで。お腹揉まないで。……首に息を吹きかけるなぁー!」
「うへへへぇー。やめてほしくば、あたしと一緒にコンビニに行くのだー」
「わかった、わかったから、離れて。そばが食べられない」
「やったー! じゃあ、放課後直行だよ! あたし先に戻ってるからー!」
みゆきは、一方的にまくしたてると。トレイを持ってせっかちに去って行った。あの子、わたしより後に食べ始めたよね……。
***
北22条にあるコンビニは、至って普通のコンビニだった。
喫煙所でつまらなさそうに煙草を吸っているサラリーマン、ガラス越しに見える立ち読みをしている大学生。わたしの良く知るコンビニと同じだ。
「まこと君! 準備は良いかね?」
「みゆき、それは何の真似?」
「言ってみただけ。それよりまこと、ちゃんと数珠とおふだもってきた?」
「……は?」
「持ってないの?! スイカの怨霊に取り付かれたらどうするのさ! 耳からスイカ生えてくるよ!」
――あ、これ突っ込むと長いパターンだ。
わたしはみゆきを無視してコンビニの自動ドアをくぐる。
冷たい空気が急速に汗ばんだ肌を冷やす。コンビニってのはどこでも冷房が利きすぎていて、寒いくらいだ。
「いらしゃいませー」
店員のおざなりな挨拶が聞こえる。
レジの前にやる気なさげに立っている、その店員の頭部は――スイカだった。
「わーっ、まこと、見て見て! 本当にいたよー!」
ちょっと、待て! おかしい! いくら朝張町のスイカをPRするためだって、コンビニの店員がこんなことするか? というか、あのスイカは作りものにしては精巧過ぎる。あの形と言い、艶と言い、本物のスイカでしかありえない。
「ねぇねぇ、まこと。せっかくだからなんか買っていこうよ。あの店員さんの所でさ!」
わたしが混乱しているなんてまったく気にしないで、みゆきがはしゃいだ声をだす。この子は、この事態に、なんの違和感も覚えないのだろうか。
「あたし、これ買う! 持って帰って二人で食べようよ!」
そう言ってみゆきが持ち上げたのは、よりにもよって、真ん丸で真っ黒な、スイカだった。
さいきんでは、地産地消のかんがえ方が広まり、こんびにでちいきのとくさんひんがかえるんだなぁ。
「2人で割れば、大した事ないからさ! あ、値段の話だよ、量の話じゃないよ!」
「ちょっと、まことー聞いてるー? あたしだってさ、一応花も恥じらう?高校生なんだから、1人でスイカ半分は食べられないよー……多分」
「あ、あたし財布忘れた。悪いけど、まこと、立て替えておいて貰えない? 家に帰ったら払うから」
はい、とみゆきがスイカを手渡してくる。
……現実逃避すらろくにさせてもらえないのか。
しぶしぶ、レジへとスイカを持っていく。
店員のスイカ頭は、見れば見るほどスイカだ。てらてらと光っており、緑と黒のコントラストが爽やかだった。頭頂からちょろん、と出ているヘタには産毛がびっしりと生えており、いかにも新鮮。割って食べたら、さぞ甘いに違いない。
「いらっしゃいませー、小玉スイカ一点で、780円になりまーす」
スイカ店員の対応は、至って普通だ。こんなに普通に対応されるなら、いっそもっと突拍子もない対応をされた方がましだと思った。
というか、声はどこから出ているんだ!
その、低くて良い声は、どこから出ているんだ!
「ねぇねぇ、おにーさん。おにーさんは大学生?」
みゆきが物おじせず、スイカに話しかけている。今レジを通している小玉スイカ(780円)ではなく、店員の方のスイカだ。
「いや、フリーターっすよ」
その言葉を聞いた瞬間、みゆきの目が本日で一番輝いた。
「ねぇ、まこと、聞いた?! 本物だよ、本物の『SF』、スイカ・フリーター
だよ!」
「そうだねー……」
「それに、ちょっとカッコイイね! アドレス聞いちゃおうかな」
「そうだねー……って、『カッコイイ』?! みゆきにはスイカの美醜が判断できるの?!」
「おにーさん、もしよかったらアドレス、交換してくれませんか?」
みゆきはわたしの話を聞かない。それはいつものことだった。
「あー……、わりぃ、今店長いるからそう言うのはちょっと……」
「そっかー、残念っ」
「また今度来てね」
「うんっ」
スイカと話がはずんでいる女子高生の図。なんともシュールな世界だ。ルネ・マグリットの絵画に迷い込んでしまったような気分だ。
「2人は友達なの?」
「そうだよ! これからあたしの家で、2人でスイカ食べるんだー」
「へー、このスイカ甘くておいしいよね」
どうやらこの店員はスイカを食べるらしい。口はどこだ。共食いを気にしろ。
「そうなんだー、楽しみ」
「はい、お待たせ。気をつけて持って帰ってね。えーっと、名前は?」
「あたし、みゆきって言います」
「うん、みゆきちゃんね。君は?」
スイカが急に私の方へ話題を振ってきた。
なんて答えるべきか。
というか、名前を教えて良いのか。
こんな見ず知らずの人に。
というか、人?
見ず知らずの、スイカ?
「す、スイカに教える名前は、ありません」
あまりにも混乱しすぎて喧嘩腰になってしまった。
「ふーん、君には俺がきちんとスイカに見えてるんだ」
スイカが、びっくりした顔をした後、にやりと笑った。そんな気がした。
「まこと、初対面の人に失礼だよ!」
「あ、すみません。あの、えーっと……行こう、みゆき」
わたしは出来るだけ早く、でも不自然にならないようにコンビニの出口へと向かう。あ、待ってよー、という声が後ろから聞こえる。
「じゃあ、また会おうね、まことちゃん」
みゆきの声のさらに後ろの方から、静かだけど良く通る声が、聞こえた。
***
知らずに購入したが、スイカは種なしだった。
「あまーい」
縁側でスイカを食べながら、みゆきがはしゃいでいる。
「種なしってなんだか、見た目寂しいね」
「そうかな、食べやすくってわたしは好きだけど」
種なしのスイカを食べるのは初めてだけど、こんなに食べやすいとは思わなかった。今度からスイカを食べる時は種なしを買おう。
「それにしても、まことはイケメン嫌いだよねー。店員さんにもぶっきらぼうだったし」
「別にイケメンが嫌いなわけじゃなくて、すかした人が苦手なだけ。それにさっきのは、イケメンとか、そういう問題じゃないと思うんだけど」
そう言いながらスイカをほおばる。シャクシャクとした歯触りの中、一瞬ガリッという音がした。種を噛んだ感触だった。
「あっ」
「どうしたの、まこと?」
「……種、一粒だけ入ってたみたい。そのまま飲み込んじゃった……」
「えーっ! 種飲んじゃったの? スイカ生えてくるよ!」
「そんなことあるわけないじゃない」
「そんなことあるよ! きっと明日朝起きたらおっぱいが2つともスイカに置き換わっているに違いない!」
「そんなことあるわけないじゃない。というかセクハラやめて」
「そんなことあるよ! おばあちゃんが言っていたもん。種を飲み込むと……」
みゆきが熱い口調でおばあちゃんの知恵袋を語っている。
わたしは、その話を半分だけ聞きながら、空を見上げた。晴天だった。なんとなく、今夜も暑くなりそうな、気がする。
さっきコンビニで嫌ほど冷房を浴びたからだろうか。なんだか身体の芯が火照っていた。スイカを食べると身体が冷える、なんて言うけれど、お腹の辺りからじわじわと熱せられるようだった。
スイカ・自由業 百里芳(ももさと・かおる) @pasteque
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