前途多難な道のり

 左手をポケットに突っ込み、右手に依頼書を持つ人は『死神』と呼ばれる還魂士であるランさん。私よりも背が高いから、私が見上げる形になるけどその表情はどこか険しい。うーん、何でだろう? もしや、カーフィエルトまではやっぱり無理とか……!?


「ウィーリス」

「あ、奏でいいです。何かありましたか?」

「カーフィエルトまでは一週間以上かかる」

「ですよねぇ」


 地理的な問題は分かってないのだけど、受付員さんの話からして相当遠いということが発覚してから溜息をつきたくなっていた。一週間なら近い方、とか考えるかもしれないけど世間知らずな私でも分かる。この一週間は最短で一週間ということ。地図はかろうじて読めるから、受付員さんの説明の時に見せてもらったけどカーフィエルトって森の中にあったんだね……生前はあの周囲でしか生活してなくて知らなかったけど。というより、村から出たことがなかったことが何も知らない原因なんだけど。だからあの周囲が森だったとか知らないよね!!


「ねぇ、ランってば随分ルート選考迷ってるんだよ~? どの道がいいか君は知らないか!」

「玄」


 ランさんが地図から目を離さずに、私に話しかけてきた少年の名を呼ぶ。ランさんと同様に濃い緑がかった黒髪で綺麗な翠の瞳の少年はにこにこと笑いながら私に断定的な言葉をかけてきた。ううん、ずっと悩んでる姿見せてたからそう思ったんだろうなぁ。事実そうなんだけど。


「うん、知らない」

「あっさり言っちゃうんだ!」

「玄、煩い」

「あのさぁ、ランもいい加減ルート決めてくれない? 僕、すっごく暇なんだけど」

「暇なら還ってろ、それとお前なんで外にいるんだ」


 うん、ゴメン。全く話についていけない。ランさんと玄君? は軽快にも見える言い合いをずっとしている。けれど、どうしてランさんが還ってろって言うのかが分からない……この子、同行する子なのかな? まずはそこから把握してない。


「あの、ランさん」

「どうした」

「非情に聞きにくいんですけど……えっと、玄君って何者なんですか?」

「……。」


 ほんの一瞬の無言。地図から顔を上げたランさんは玄君を一度見て私を見た。


「紹介、まだだったか」

「あ、はい」

「玄、俺のパートナーだ」


 本当は紹介する気はなかった、と小さく呟いたの聞こえてますからね。ランさんの隣でよろしくね~、と緩い口調の彼はどこか楽しそうだ。


「パートナーって、彼はランさんのご家族ですか?」

「……は?」

「あははは、凄いこと言ったよこの子!!!」

「お前と家族とか死んでもゴメンだ……」


 質問が悪かったんだろう、私の発言に驚愕と呆れを混ぜた表情で、低い声で顔を上げたのに対して玄君はめちゃくちゃ笑っている。待って、どういうこと? しかも、ランさんが途端に疲れた顔をしてしまった。あの、私何か発言間違えましたか……!?


「コイツは武器なんだ」

「え、武器……?」


 コイツ、というのは玄君のことだろう。いや、武器って言われても……格好が街ではあまり見ない格好なだけで子供にしか見えないし……? でもよくよく考えると口調が子供っぽくない……? なんて困惑の表情を浮かべる私に玄君はまだ笑っている。


「還魂士じゃないと知らない話だ、分からないのもそう見えないのも仕方ない」

「え、そうなんですか」


 ようやくルートが決まったのか、地図をコートの内ポケットに仕舞う。彼の片手に荷物はない。あれ?


「えっと、あの」

「どうした」

「ランさん、荷物とかはないんですか……?」


 その言葉に、また一瞬の沈黙が降りる。え、なんで沈黙が降りたの?


「今から取りに行くのと買い出しだが」

「え」


 あ、今からだったんですね。はい、あの……。気恥ずかしさに目を逸らすと玄君が隣に来る。


「最初にルートを確認しておかないと、どのくらい必要なものがあるのかっていうのが分からないからね」

「あ、そうなんですね……」

「流石は閉鎖的な村出身」

「玄」


 かけられた言葉が一瞬だけ優しかった……。意図的なのか無邪気なのか、どちらにせよ私が世間知らずだと言うことは協会でよーく分かったことだから気にしないけども。でも考えてみたらそうだよね、何も分かってないのに準備してるってちょっとおかしいよね。



「玄くん、教えてくれてありがとう」

「……アンタ、相当なバカだね」


 お礼を言ったら呆れられました。


「まー、いいや。そのバカさ加減はいつか足を掬われる時が来るだろうから、精々気をつけたら?」

「え?」


 確かに、私は世間知らずだ。それは、過去あの閉鎖的な村から一歩も出ようとせずに死んだ存在だからだ。普通、こんなことを言われたら怒るところなんだろう。でも、怒れなかった。だって、事実であり怒る意味もない。むしろ、気を遣ってくれているように思えて。


「玄くんは、優しいんだね」

「……バカもここまで来ると手に負えないって、このこと?」


 そう声をかけたら、さっき以上に本気で呆れられた。あれ? お礼を言う場面間違ってた? 顔にハッキリと「呆れてます」と描かれたかのような顔をしている玄くんは溜息をついた。


「えっと、あの……?」

「あー、うん。いいよ、気にしないで」


 これは楽しいどころじゃないなぁ、なんて呟く玄くんの発言に少し前を歩いていたランさんの足が止まって、こちらに視線を向ける。主に、玄くんに。


「やめろ」

「だってさぁ、依頼者がこんな感じなんだよ? 面白い以外に何があるの?」

「人で面白がるな」

「こりゃ、ランも苦労するねぇ」

「……本気でやめてくれ」


 買物リストに胃薬入れておかないとね、なんて暢気に言い放つ玄くんにランさんはもう知らないとばかりに顔を逸らし、さっさと行ってしまう。


「あ、待ってください!」

「そーだよー、ラン。この子、これでも女の子だから!」

「そうですよ! 私、女の子ですよ!」

「知ってるからそんな大声で言うな!」


 忘れられていたわけではないらしい。小さく「もうヤダ、こいつら……」と聞こえたのは空耳だったということにしておこう。少しだけ速度が遅くなったランさんに追いついて、彼の隣に並ぶ。


「それで、何を買うんですか?」

「3日分の食料と、薬類」

「……え、それだけですか?」


 やけに持ち物が少ない。しかも、3日分だけ? その疑問が顔に出ていたらしい私に、歩きながらランさんは答えてくれた。その後ろで笑いをこらえている玄くんのことは完全放置で。


「着替えは後で寮に取りに行く。カーフィエルトまでにいくつか街に寄る予定だから、その時に買い足すつもりだ」

「そうなんですね!」


 というか、普通に考えたら長時間に渡って食品を持つのは保存食でない限り危険だっていうことが頭から抜けていた。村でも、生肉や生野菜なんかは保存難しいからすぐ食べてたっけ。


「言っておくけど、肉とか野菜とかは買わないからね? 買うのは保存食と携帯食だからね?」

「わ、分かってますよ!」


 もう、玄くんの意地悪!! ケラケラと笑う彼にちょっとだけむくれていれば、前を見ていたランさんが唐突に面倒くさそうな表情になった。どうしたんだろう?


「あの、ランさん」

「玄、お前少し還っておけ」

「えー? ……あー、はいはい」


 さっきは還る(?)のはあれほど嫌がっていた玄さんが何かに気づいて、適当に返事をしたかと思えば音もなく姿が見えなくなっていた。


「え!?」

「ああ、気にするな」


 いや、隣で人が消えたら気にしますけど!? そんな私のことなどお構いなしに、というより何か……


「あの、ランさん」

「ちょっと後ろにいて」

「え、あ、はい」


 何か、雰囲気が変わった。さっきまでの、ちょっと苦労性っぽい雰囲気ではなくて、触れることすら躊躇ってしまうくらいの鋭い雰囲気。それは、目の前から来る人に対して向けられている気がする。


「セルクト特務隊員!」


 ランさんの名を呼んだかと思うと、ほんの一瞬のまばたき、それだけの時間でその人はランさんの目の前まで来ていた。ただし、それだっけだった。


「ふぎゃっ」

「毎回毎回、俺を見つけては突っかかってくんな」


 雰囲気は変わらず、しかし溜息をつきながら突っ込んできた相手の手を掴んだかと思うと、そのままがら空きの相手の右足にランさん自身の足を引っかけ、体勢を崩す。そこからは早かった。むしろ、そこまで見えてた私を褒めて欲しい。だって、次見た時には、その人は地面とお友達になっていたんだから。


「新人特務隊員、ミズキ・ディレッド」

「だって、他の人は相手してくれないんですもん!」

「だからと言って、街中で突っかかってくんな!」


 新人さん、らしい。ええと、その。


「ランさん、その人はどなたですか?」

「……。」


 そんなこいつのことなんて知らないでいい的な視線は本人の前で辞めてあげてください……!

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白天なる蒼穹に還す者 四月朔日 橘 @yuu-rain

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