第8話 与えられた光

 泣き腫らした赤い目をこすりながら、朱里は釈然としない気持ちで呟いた。

「日光、恐怖症………?」

 場所は、町で一番大きい病院。その一室で朱里と向き合っている白衣の男性が頷く。

「誠悟は生まれつき日の光に弱い体質でね、日を浴びると呼吸困難や発汗があるんだ」

 そう説明する男性は、あの時青年と話していた人だ。カーテンで仕切られて薄暗い部屋で、男性は呆れたようにため息をついた。

「今回は症状が軽めだったからよかったけど、あれほど無茶はするなって言ったのに」

 責められて、ベッドで横になっていた歌鬼―誠悟がごまかすように小さく笑った。

「いや、あれは俺も想定外だったんだって!」

「ふーん………それにしては激情的な告白をしたそうだね?」

「う………それは、その………………」

 しどろもどろに慌てふためく誠悟を見ながら、朱里は頭の中を整理する。

つまり彼は吸血鬼なわけではなく、病気だったのか。そして先生と呼んでいた男性は学校の先生ではなく、彼の主治医だったらしい。

「誠悟さんはどうしてあの場所で歌を?」

 真相を訪ねると、誠悟は言いにくそうに口を開いた。

「俺、こんな体だから夜しか出歩けなくてさ。毎日が退屈で、何か変化がほしくてちょっと遠出してみたんだ。たまたまあの川沿いを歩いてたらカーテンの隙間から朱里が見えて、最初はこの時間に起きてる女の子も珍しいなって思ったんだ。でもしばらく見てたらすごく悲しそうにしてたから気になって………」

「え? あそこで歌っていたのは、最初から私のために?」

「うん。どうやったらあの子を笑顔に出来るかなって考えてみたんだけど、歌なら届くかなって。特別うまいわけじゃないけど、歌もギターも好きだし、誰かに聴いてもらいたいって気持ちは前からあったんだ。試してみたら、少しずつだけど朱里の表情が変わってきて、そんな姿を見ているうちに好きになってた」

 好きという言葉に反応し、視線が交差する。

「約束したよね? 付き合ってくれるって」

「あ、あれはその、勢いでっていうか………」

 とっさに否定するが、その言葉は途中で引っ込んでしまう。誠悟に惹かれていたのは朱里も自覚していたから。

「誠悟君から聞いたけど、日の光が怖いんだってね。でも、今でもそう?」

 先生に尋ねられて、朱里は少しうつむく。

 弥から向けられた視線と言葉は、未だに心から消えない。そういう思いを持つ人がいることもわかる。

「まだ、知らない人と顔を合わせるのは怖いけど、もう太陽は怖くない、と思います」

 だけど、それ以上に優しいまなざしを知ったから。温かい言葉を聞けたから―――今はそれだけで十分だ。

「――彼が、光をくれたから」

 まっすぐに誠悟を見つめながら笑うと、誠悟の顔が一気に赤くなる。

「だめだ、せんせい……おれ、まけた………」

「はは、彼女もロマンチストだったみたいだね」

 からかって笑う先生につられて、朱里も自然と笑っていた。




 ―ずっとほしかった温かさと光

 それをくれたのは、歌う鬼さんでした―


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歌鬼 天川なゆ @amakawa_nayu

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